事件番号:JP2004-0004
裁定

申立人:
(名  称)   エデュケイショナル  テスティング  サービス
(所在地)  アメリカ合衆国  ニュージャージー州  08541
            プリンストン  ローズデイル  ロード(番地なし)
代理人:弁理士  福田  秀幸
登録者:
(名  称) 有限会社常磐恒産
(所在地) 神奈川県川崎市中原区木月731

  日本知的財産仲裁センター紛争パネルは、JPドメイン名紛争処理方針(以下
単に「方針」という)、JPドメイン名紛争処理方針のための手続規則(以下単
に「規則」という)及び日本知的財産仲裁センターJPドメイン名紛争処理方針
のための手続規則の補則並びに条理に則り、申立書並びに提出された証拠に基づ
いて審理を遂げた結果、以下のとおり裁定する。

1.裁定主文
    ドメイン名「TOEIC.CO.JP」の登録を申立人に移転せよ。
2.ドメイン名
    紛争に係るドメイン名は、「TOEIC.CO.JP」である。
3.手続の経緯
    別記のとおりである。
4.当事者の主張
  a  申立人
  (1) 登録者による本件ドメイン名の登録
          「toeic.co.jp」(以下、本件ドメイン名」という。)は、有限会社常
       磐恒産(以下、「登録者」という。)により、2003年12月9日に登
       録され、現在も登録されている。また、本件ドメイン名は登録者により
       現実に使用されている。
  (2) 申立人の商標と登録者の本件ドメイン名は混同を引き起こすほど類似
       している。
     ・  申立人の商標
         申立人であるエデュケイショナル・テスティング・サービスは、世界
       で最も大きな民間の非営利教育研究・能力測定機関であり、年間6億U
       Sドルを超える歳入がある。申立人は1947年に成立して以来、とり
       わけ大学進学予備校、カレッジおよび大学院に入学するために米国人や
       その他の国々の国民のための技能、進学適正および学力、並びに職業上
       の適正や専門的能力、技術・専門職補佐員の仕事に対する能力の証明、
       教師の能力の証明に必要なテストの開発・実施において主導的な役割を
       果たしてきた。
         申立人は、ほぼ200にも亘る国々において、教育機関および政府機
       関の要求にかなうよう努力しており、世界中で1,200万人以上に対
       し、試験を開発し、実施している。申立人やその関連会社が開発し実施
       する多くの著名なテストのなかには、「GMAT」(経営大学院入学適正試
       験)、「GRE」(一般大学院入学適正試験)、「TOEFL」(米国留学のための英
       語力検定テスト)、および「TOEIC」(国際コミュニケーション英語能力
       テスト)がある。このうち、「TOEIC」テスト(以下、「本件テスト」とい
       う。)は申立人が、1979年に開発したテストである。本件テストは
       職場環境における英語能力の習熟度を測る世界における屈指のテストで
       あり、毎年60か国以上において300万以上の人々に対して実施され、
       4,000以上の法人が使用している。本件テストは、英語能力の習熟
       度の客観的評価を表すものであり、世界で30以上の代理機関やパート
       ナーのネットワークを介して実施されており、特に日本では、東京都千
       代田区永田町2-14-2山王グランドビル所在の財団法人国際ビジネ
       スコミュニケーション協会によって実施運営されている。
         申立人は、わが国において、「TOEIC」に関連し、英文字から成る各商
       標「TOEIC」、デザイン化された英文字から成る各商標「TOEIC」、片仮名か
       ら成る商標「トーイック」、英文字から成る商標「TOEIC TEST OF ENGLISH
       FOR INTERNATIONLAL COMMUNICATION」、英文字から成る商標「TEST OF
       ENGLISH FOR INTERNATIONLAL COMMUNICATION」、英文字から成る商標
       「TOEIC BRIDGE」、英文字から成る商標「TOEIC Bridge」及びデザインの施
       された英文字から成る商標「TOEIC Bridge」の商標権(以下、「本件商
       標」という。)を所有しており、しかも本件商標を使用している本件テ
       ストは、全世界約60国で年間約340万人が受験するのみならず、わ
       が国においても、受験者は年々増加の一途を辿り、2003年度には年
       間142万人が受験しており、個々の受験者の他、わが国におけるほと
       んどの主要企業や多くの大学等(年間約2,200の企業・団体・学
       校)においても広く利用されているほか、本件テストについての書籍は
       申立人の許可の下に、多くの出版社がおよそ500冊にものぼる数を出
       版し、さらに我が国の多くの名の通った語学学校が本件テストの準備対
       策コースを設けている。こうしたことから、大学生、社会人の間では本
       件テストの存在を知らない者はいないといっても過言ではなく、本件商
       標も著名な商標となっている。
     ・  登録者のドメイン名
         本件ドメイン名における「co.jp」の部分は登録者の属性を示す部分
       であるから、本件ドメイン名と申立人の上記商標が同一または類似して
       いるかの判断は「toeic」を対象として行なわれるべきである。すると、
       本件ドメイン名、申立人の登録商標「TOEIC」および「(デザイン化した
       文字から成る)TOEIC」と比較すると、両者は英文字のつづりも同一であ
       る。この結果、本件ドメイン名は申立人の著名な登録商標と全く同一で
       ある。両者は称呼を同じくし混同を引き起こすほど類似しているのは明
       らかというべきである。
  (3) 登録者が権利または正当な利益を有していないこと。
         申立人と登録者とは無関係である。登録者は、本件ドメイン名の登録
       時である2003年12月9日において、当該商標について使用する権
       利を何ら有しない。申立人は、登録者に登録商標「TOEIC」の使用を承
       諾したことはない。登録商標「TOEIC」の著名性を考慮すれば、申立人
       が、本件ドメイン名を善意で使用するというようなことは考えられない。
       申立人は、テストを準備するための商品やサービスを含め、商標登録に
       より保護を受けている商品やサービスとの関連において、登録商標
       「TOEIC」を使用する独占排他権を有しており、申立人の承諾を受ける
       ことなく、登録者が本件ドメイン名を善意で使用することは決してでき
       ることではなく、登録者が提供する商品やサービスは、申立人が提供す
       る本件テスト準備商品やサービスと全く同一であり、直接に競合してい
       るものである。以上に鑑みれば、登録者は、本件ドメイン名の登録につ
       いての権利または正当な利益を有していないことは明らかである。
  (4) 登録者の本件ドメイン名の不正目的での登録・使用
         申立人の本件商標は、著名であり、かつ、本件商標は、「TEST OF
       ENGLISH FOR INTERNATIONAL COMMUNICATION」の各語の最初の文字を
       とってTOEICとした造語商標である。登録者は、上述したとおり、
       “TOEIC”とは全く無縁であり、本件商標についての申立人の独占的権
       利を考慮すれば、登録者が“TOEIC”として正当に知られてくるような
       ことはない。しかも、登録者による本件ドメイン名の使用は商業上のも
       のであり公正な使用には該当しない。以上から、2003年の本件ドメ
       イン名の登録当時、登録者には、本件ドメイン名の登録について、権利
       または正当な利益を有すること等の特段の事情は存在しない。
    ・   登録者の過去の行為
         登録人は当初、申立人の登録商標を許諾なく使用した「toeic.co.jp」
       および「(デザイン化したETS所有の登録商標)TOEIC.Co.jp」を表示した
       ウェブサイトで、スクール掲載申込を多くの英会話学校に働きかけた。し
       かもその際、ドメイン名を(財団法人)国際ビジネスコミュニケーション
       ズ協会の使用するTOEICロゴ表示と色彩まで全く同一にして使用した。そ
       の結果、多くの英会話学校から(財団法人)国際ビジネスコミュニケーシ
       ョンズ協会等に、このようなウェブサイトは申立人(あるいはその代理機
       関である(財団法人)国際ビジネスコミュニケーションズ協会)が扱って
       いるものか否か聞合わせを受けるに至った。こうした点からも、登録者は、
       申立人の有する商標と同一のドメイン名を使用することにより、インター
       ネット上において一般需要者を登録者のウェブサイトに不正に誘引し、営
       業上の利益を得ようとしていたのは明らかである。
         さらに、申立人に対し、日本におけるTOEICオフィシャルウェブサイト
       にリンクさせてほしい旨申し込みをしてきたが、その際の主張は、『登録
       者のURLは日本におけるTOEICオフィシャルウェブサイトに多少似てい
       るものの明らかに異なっていること、登録者のウェブサイトは日本の
       TOEICオフィシャルウェブサイトにアクセスすることを目的としたビジタ
       ーを引き寄せることになるかもしれないこと、登録者は、誤り導かれたビ
       ジターのために彼らが最初に行きたいと思っているところへ行くために日
       本におけるTOEICオフィシャルウェブサイトにリンクさせて欲しいこと』
       というものであった。
         そこで、申立人は、登録者が、直ちに本件ドメイン名を申立人に移転す
       ること、“TOEIC”なる商標の使用を止めることを要求するとともに、登録
       者が要求を受諾した場合には、申立人が本件ドメイン名の登録に正当に発
       生した費用を支払う意思のあることを回答した。
         ところが、登録者からは、申立人が本件ドメイン名を登録できないこと
       から、他の者が本件ドメイン名を登録するかもしれないこと、その際には、
       申立人は登録者から本件ドメイン名を賃借すべきこと、さもなければ、登
       録者が、本件ドメイン名を登録するに要した費用として、登録料に関連し
       た56万8560円の他に、登録者が、本件ドメイン名を登録するのに要
       した費用(220時間分)を支払うよう求めてきた。
         以上の経緯に鑑みれば、登録者が不正の目的で本件ドメイン名を登録し
       ていることは明らかである。



(5)   結語
         以上述べたように、本件ドメイン名は、申立人の本件商標と混同を引き
       起こすほど類似しており、登録者は本件ドメイン名について正当な利益を
       有していない。さらに、本件ドメイン名は不正の目的で登録され、かつ使
       用されている。
         よって、申立人は、本件ドメイン名の登録の申立人への移転を請求する。

  b  登録者
      答弁書の提出期日である平成16年12月6日までに、登録者によって答
    弁書は提出されなかった。

5.争点及び事実認定
    規則第15条(a)は、パネルが紛争を裁定する際に使用することになって
  いる原則についてパネルに次のように指示する。「パネルは、提出された陳述
  及び文書の結果に基づき、方針、規則、及び適用されうる関係法規の規定、原
  則ならびに条理に従って、裁定を下さなければならない。」
    方針第4条aは、申立人が次ぎの事項の各々を証明しなければならないこと
  を指図している。
  (1)登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標そ
       の他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること
  (2)登録者が、ドメイン名の登録についての権利又は正当な利益を有してい
       ないこと
  (3)登録者のドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること

  a  申立人商標の周知・著名性
(1)申立人が権利または正当な利益を有する商標その他の表示が周知・著名で
    あることは,申立人が証明すべき事項には含まれていない。しかし、本件申
    立人は、申立人の有する商標が周知・著名であることを主張し、また、申立
    人の商標等が周知・著名であることは、方針第4条aの要件の存否の認定に
    影響を及ぼし得る間接事実であるので、まず、この点について判断する。
(2)申立人により開発された「TOEIC」テスト(以下「本件テスト」という)
    は英語によるコミュニケーションの能力を測るテストであり、2003年度
    は世界の約60カ国において約340万の人々に対して実施されている。本
    件テストは世界で30以上の代理機関やパートナーのネットワークを介して
    実施されており、特に日本では、東京都千代田区永田町2-14-2山王グ
    ランドビル所在の財団法人国際ビジネスコミュニケーション協会によって実
    施運営されている。我国においては、1979年から実施され、2003年までの
    累積での受験者数は1000万を超え、2003年度の受験者数は約142万人を数
    え、また、年間約2,400の企業・団体・学校で採用されている。以上の事実
    が認められ(甲第18号証)、これに反する証拠はない。
      また、「TOEIC」なる商標は、英語において特定の意味を有する語ではなく、
    従って、申立人の主張の通り、「TOEIC」は、申立人が実施している英語能力
    の習熟度を測る本件テスト「TEST OF ENGLISH FOR INTERNATIONAL
    COMMUNICATION」の各語の最初の文字をとって創作した造語商標であると認
    められる。ところで、申立人は、わが国において、上記「TOEIC」に関連し、
    英文字から成る各商標「TOEIC」、デザイン化された英文字から成る各商標
    「TOEIC」、片仮名から成る商標「トーイック」、英文字から成る商標「TOEIC
    TEST OF ENGLISH FOR INTERNATIONLAL COMMUNICATION」、英文字から成る商
    標「TEST OF ENGLISH FOR INTERNATIONLAL COMMUNICATION」、英文字から成る
    商標「TOEIC BRIDGE」、英文字から成る商標「TOEIC Bridge」及びデザインの施
    された英文字から成る商標「TOEIC Bridge」につき商標権を有し、このうち商
    標登録第1687560号(商標:「TOEIC」、指定商品:昭和34年法第24類「語
    学学習用録音済みテープ、その他本類に属する商品」)、同第1700309号(商
    標:「TOEIC」、指定商品:昭和34年法第26類「印刷物、書画、彫刻、写真、
    これらの付属品」)、は1981年8月14日に出願され、1984年5月29日に登
    録を得ており、また、我国商標法にサービスマーク制度が導入された直後の
    1992年5月22日には、商標登録第3321502号(商標:「TOEIC」、指定役務
    第42類「英語能力検定試験に関する研究・開発」)につき商標登録出願し、
    1997年6月13日に登録を得ている(甲第1号証~第17号証)ことが認め
    られる(以下、これら3件の登録にかかる商標を「申立人商標」という)。
    これらの商標は、我が国において、年間142万人が受験するテストで使用
    されており(甲第19号証)、わが国におけるほとんどの主要企業や多くの
    大学等(年間約2,200の企業・団体・学校)においても広く利用されて
    いる(甲第20号証~第23号証)ほか、本件テストについての書籍は、多
    くの出版社がおよそ500冊にものぼる数を出版し(甲第24号証)、さら
    に我が国の多くの名の通った語学学校が本件テストの準備対策コースを設け
    ている(甲第27号証)と認められ、これに反する証拠はない。
      以上の認定事実からすれば、申立人商標は、登録者が本件ドメイン名の登
    録を受けた2003年12月9日はもとより、これより相当に早い時期に日本国
    内で周知・著名な商標となるに至っていたものと認められる。



b  同一または混同を引き起こすほどの類似性
  ・  申立人商標
      申立人は、申立人商標につき、商標登録第1687560号(商標:「TOEIC」、
    指定商品:昭和34年法第24類「語学学習用録音済みテープ、その他本類に
    属する商品」)、同第1700309号(商標:「TOEIC」、指定商品:昭和34年法第
    26類「印刷物、書画、彫刻、写真、これらの付属品」)ならびに商標登録第
    3321502号(商標:「TOEIC」、指定役務第42類「英語能力検定試験に関する
    研究・開発」の商標権を有している。(甲第1号証~第3号証)
  ・  登録者のドメイン名
      本件ドメイン名「TOEIC.CO.JP」のうち、「JP」は国別を示すトップレベル
    ドメインであり、「CO」は組織種別を示すセカンドレベルドメインであるこ
    とから、いずれも特段の識別力を有するものとはいえない。すると、本件ド
    メイン名のうち、「TOEIC」部分が、本件ドメイン名の要部となる。
    ・  申立人商標と本件ドメイン名の類似性
    申立人商標は「TOEIC」の文字をブロック体により横一連にあらわしてなり、
    一方本件ドメイン名の要部は、「TOEIC」であることから、申立人商標と登録
    者の本件ドメイン名の要部は、同一であって、申立人商標と本件ドメイン名
    は、混同を引き起こすほど類似していると認められる。

  c  権利又は正当な利益
(1)方針第4条cは、
     「申立書を受領した登録者は、手続規則第5条を参照し、答弁書を紛争処
     理機関に対し提出しなければならない。パネルが、申立人および登録者の
     双方から提出された全ての証拠を検討し、本条a項(ii)号の事実の存否
     を認定するに際し、特に以下のような事情がある場合には、登録者は当該
     ドメイン名についての権利または正当な利益を有していると認めることが
     できる。ただし、これらの事情に限定されない。
     (i)  登録者が、当該ドメイン名に係わる紛争に関し、第三者または紛
          争処理機関から通知を受ける前に、何ら不正の目的を有することな
          く、商品またはサービスの提供を行うために、当該ドメイン名また
          はこれに対応する名称を使用していたとき、または明らかにその使
          用の準備をしていたとき
    (ii)  登録者が、商標その他表示の登録等をしているか否かにかかわらず、
          当該ドメイン名の名称で一般に認識されていたとき
    (iii) 登録者が、申立人の商標その他表示を利用して消費者の誤認を惹き
          起こすことにより商業上の利得を得る意図、または、申立人の商標
          その他表示の価値を毀損する意図を有することなく、当該ドメイン
          名を非商業的目的に使用し、または公正に使用しているとき」
     と規定する。
     本件において、登録者は提出期限までに答弁書を提出していない。よって、
   申立人の提出する証拠に基づき、登録者がドメイン名に関する権利または正
   当な利益を有しているか否かを判断する。
(2)申立人は、本件テストを準備するための商品やサービスを含め、商標登録
   により保護を受けている商品やサービスとの関連において、商標「TOEIC」
   を使用する独占排他権を有していることが認められる。登録者が申立人から
   申立人商標を含む申立人の登録商標を使用する権利の許諾を受けたことを認
   める証拠はない。
     少なくとも2004年5月25日には本件ドメイン名の元にウェブサイトが開
   設されており、本件ドメイン名が使用されていたことが認められる。しかし、
   当該ウェブサイト上において冒頭にある「TOEIC.CO.JP」の表示
   は特徴的な字体からなり、この字体の特徴は、申立人が現に各種印刷物上で
   使用している商標であって、商標登録第3192939号、同3197693号、同
   4133196号、同4239461号、同4004188号の各登録に係る、デザイン化され
   た文字からなる商標「TOEIC」が有する特徴と共通するものである。また、
   登録者が運営すると推認される上記ウェブサイト上で表示される内容は、本
   件テストの受験生向けスクールの広告掲載の勧誘と受験生向けの問題と解説
   の提供を内容としているが、「現役TOEIC講師達の解説を聞くことがで
   きる。」「無料で現役TOEIC講師達による学習のアドバイスが聞けTOE
   ICの知識を得られる。」などと記載されている。また、勧誘しているスク
   ールの掲載についても、「掲載はTOIEC.co.jpが適切と判断した
   時期に行います。」として、申し込みに対する掲載時期について明言を避け
   ている。(甲第28号証)
     以上の事実に鑑みれば、登録者の使用と推認される上記ウェブサイトの使
   用態様は、申立人ないし日本における本件テストの実施団体から正式にみと
   められた上での事業の運営であるとの誤解、あるいはウェブサイト上の事業
   が申立人と何らかの関係があるとの誤解を生じせしめる意図を有しており、
   また、申立人を困惑させる意図を有していたと見るのが相当である。
     とすれば、登録者の本件ドメイン名の使用と推認される上記ウェブサイト
   の運営は、不正な目的を持ったものという他はない。従って、方針第4条a
   (ⅰ)および(iii)のいずれに使用にも該当しないものである。
     また、登録者が「TOEIC.CO.JP」ないし「TOEIC」の名称で一般に知られて
   いることを認める証拠は無く、他に、登録者が本件ドメイン名の登録につい
   て権利または正当な利益を有していると認めるべき証拠はない。
     以上に鑑みれば、登録者は、本件ドメイン名の登録についての権利または
   正当な利益を有していないと認められる。

  d  不正の目的での登録及び使用
      ここでの不正の目的とは、“bad faith”に由来し邦訳した意味である。こ
    の意味から見ても、以下のとおり、登録者は、本件ドメイン名を不正の目的
    で使用しているものと認められる。
(1)方針第4条bは、
   「紛争処理機関のパネルが、本条a項(iii)号の事実の存否を認定するに際し、
  特に以下のような事情がある場合には、当該ドメイン名の登録または使用は、
  不正の目的であると認めることができる。ただし、これらの事情に限定され
  ない。
    (i)   登録者が、申立人または申立人の競業者に対して、当該ドメイン名
          に直接かかった金額(書面で確認できる金額)を超える対価を得る
          ために、当該ドメイン名を販売、貸与または移転することを主たる
          目的として、当該ドメイン名を登録または取得しているとき
    (ii)  申立人が権利を有する商標その他表示をドメイン名として使用でき
          ないように妨害するために、登録者が当該ドメイン名を登録し、当
          該登録者がそのような妨害行為を複数回行っているとき
    (iii) 登録者が、競業者の事業を混乱させることを主たる目的として、当
          該ドメイン名を登録しているとき
    (iv)  登録者が、商業上の利得を得る目的で、そのウェブサイトもしくは
          その他のオンラインロケーション、またはそれらに登場する商品お
          よびサービスの出所、スポンサーシップ、取引提携関係、推奨関係
          などについて誤認混同を生ぜしめることを意図して、インターネッ
          ト上のユーザーを、そのウェブサイトまたはその他のオンラインロ
          ケーションに誘引するために、当該ドメイン名を使用していると
          き」
    と規定する。

(2)前述の通り、申立人商標は、我が国において周知・著名な商標である。こ
    のように周知・著名な商標と同一のドメイン名を登録する場合、不正の目的
    での登録ないし使用でないことを示す特段の事情が必要と言うべきであるが、
    登録者は答弁書を提出すらせず、当該特段の事情を主張立証していない。

(3)却って、登録者は、申立人に対し、日本におけるTOEICオフィシャルウェ
    ブサイトへのリンクを希望する内容の連絡を行っているが、その際の具体的
    内容は、「当社のURLは日本におけるTOEICオフィシャルウェブサイトに
    多少似ているものの明らかに異なっております。当社のウェブサイトは日本
    のTOEICオフィシャルウェブサイトにアクセスすることを目的としたビジタ
    ーを引き寄せることになるかもしれません。当社は、誤導されたビジターの
    ために彼らが最初に行きたいと思っているところへ行くために、日本におけ
    るTOEICオフィシャルウェブサイトにリンクさせて欲しいのです。」とし、
    最後に「また、貴社が本件を極めて重大な問題とお考えの場合は、当社へお
    知らせください。貴社と共に解決方法を見出すべく努力する所存です。」と
    述べたものであった(甲第29号証)ことが認められる。この登録者からの
    連絡に対し、申立人は、登録者が、直ちに本件ドメイン名を申立人に移転す
    ること、“TOEIC”なる商標の使用を止めることを要求するとともに、登録者
    が要求を受諾した場合には、申立人が本件ドメイン名の登録に正当に発生し
    た費用を支払う意思のあることを回答した(甲第30号証)ところ、登録者
    は、2004年7月10日付けのemailにて、登録者による本件ドメイン名の登
    録が「bad faith」によるものでなく、申立人に売却する目的でも、申立人
    の事業を妨害する意図でもなかったことを述べた上で、「ドメイン名の取得
    は早い者勝ちなので、常盤恒産がtoeic.co.jpを登録できました。ETSは当
    社が登録する前にtoeic.co.jpを登録すべきだったのです。ETSが常盤恒産
    より先にtoeic.co.jpを登録しておけば、このような難問は生じなかったし、
    私がこれほどの時間と労力と心労を使うことも、問題解決のために弁護士を
    依頼することもなかったでしょう。」とし、しかしながら、登録者は
    toeic.co.jpを使用してTOEIC関連ビジネスを行うことを諦めた旨述べ、条
    件として「メールで貴殿が述べられたとおり、同様の事態が再度生じること
    のないよう、常盤恒産としては、ETSが常盤恒産に(1)ドメイン名を取得す
    るに要した合理的な費用、および(2)何らかの手段でtoeic.co.jpを登録し、
    このドメイン名を得るための登録変更費用を補償すること、を提案します。
    常盤恒産としては、ESTに(3)toeic.co.jpを諦める対価と(4)toeic.co.jp
    の登録に要した当社の人件費を支払っていただきたい。登録費用および人件
    費の総額は、会社ごとに異なるものです。4項目に付いては、常盤恒産は
    220時間(5時間×44日)の労力をかけています。あるいは、常盤恒産として
    は、ESTがco.jpドメインを取得できない場合に、toeic.co.jpをESTが賃
    借することを提案します。」とし、登録費用として税込みで50万4千円、登
    録変更費用として税込みで6万4560円である旨を表示し、最後に「貴社が
    お考えの3項と4項の妥当な額をお知らせください。」と述べていることが
    認められる(甲第31号証)
      上記申立人と登録者のやり取りに現れた登録者の発言、ならびに申立人商
    標の周知・著名性を考慮すると、登録者はまずリンクの許諾を求めることを
    口実に、申立人に登録者が本件ドメイン名の登録を有することを知らせ、申
    立人からの回答を待って、登録費用、移転費用の名目で一定の金額を要求し、
    さらに、方針第4条b(ⅰ)の要件に該当しないように配慮した上で、実質的
    に実費を超える多額の金銭を得ようとしていたことは明白である。
      登録者が、申立人に本件ドメイン名の移転をするに際し、申立人に支払う
    よう求めた金額は、登録費用として56万円余であり、しかも登録者は、登
    録に要した費用として人件費などの支払いを求めているが、まず登録費用と
    しての56万円余の金額は、ドメイン名を登録するのに通常必要な費用と比
    較して相当に高額であると言わざるを得ないし、登録者はメール中で登録代
    行業者のものと思われるウェブサイトを示しているが、登録者が実際に当該
    金額を支払ったことを示す証拠はない。さらに、登録者が、本件ドメイン名
    の登録に要した人件費として、44日間にわたって5時間かかったこと、す
    なわち合計220時間を要した旨主張している点については、通常のドメイ
    ン名の登録と比較して特段に費用を要する事情が伺えない点を前提とすると、
    そのような時間を要したという点自体が到底措信しがたく、かえって登録者
    において、上記の時間数に応じた請求を申立人に行なっていること自体、申
    立人に対し登録者が本件ドメイン名の高額での買い取りを求めてたというべ
    きである。
      以上の事実からすると、本件ドメイン名は、登録者により、不正の目的で
    登録され、また、使用されていると言わねばならない。

      なお、属性型(組織種別型)・地域型JPドメイン名登録等に関する規則第
    9条第2項、及び第29条4項によれば、申立人が非営利団体を示すドメイ
    ン名(「.or.jp」)を取得していても、裁定を理由として、法人ドメイン名
    (「.co.jp」)の移転を求めることが可能であるから、法人組織の日本の会社
    のみが「.co.jp」を取得することができ、登録者が、申立人との通信におい
    て述べた、申立人が非営利団体を示す「.or.jp」を取得している場合、
    「.co.jp」を同時に取得することができないとする点(同規則第9条1項)
    は、申立人が本裁定に基づいて本件ドメイン名の移転を受けることの妨げと
    はならない。

6.結論
    以上に照らして、紛争処理パネルは、登録者によって登録されたドメイン名
「TOEIC.CO.JP」が申立人の商標と混同を引き起こすほど類似し、登録者が、ド
メイン名について権利または正当な利益を有しておらず、登録者のドメイン名が
不正の目的で登録され且つ使用されているものと裁定する。
    よって、方針第4条iに従って、ドメイン名「TOEIC.CO.JP」の登録を申立
人に移転するものとし、主文のとおり裁定する。



  2005年1月7日

    日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル
                            鈴  木      修
                            単独パネリスト


別記(手続の経過)
(1) 申立受領日
    電子メール  2004年10月20日    書面  2004年10月25日
(2) 料金受領日
    2004年10月20日  金189,000円入金
    申立人はセンターに対して上記の日に規定料金を支払った。
(3) ドメイン名及び登録者の確認日
    センターの照会日(電子メール)  2004年10月20日
    JPRSの確認日及び確認内容(電子メール)
    1)  2004年10月20日
    2)  申立書に記載の登録者はドメイン名の登録者である。
    3)  登録担当者は松浦徹である。
(4) 適式性
  日本知的財産仲裁センターは、申立書が社団法人日本ネットワークインフォー
メーションセンター(JPNIC)のJPドメイン名紛争処理方針(方針)、J
Pドメイン名紛争処理方針のための手続規則(規則)、JPドメイン名紛争処理
方針のための補則(補則)の形式要件を充足することを確認した。
(5) 手続開始日    2004年11月5日
(6) 登録者・登録担当者への通知日及び内容
    1)  2004年11月5日
    2)  申立書、申立通知書(郵送及び電子メール)
    3)  答弁書提出期限   2004年12月6日
(7) 答弁書の提出の有無及び提出日
    登録者は答弁書を提出しなかった。
(8) 答弁書不提出通知書の登録者への送付日  2004年12月7日
(9) パネリストの選任
    単独(センターの選任)
    パネリストの氏名  鈴木  修
(10)紛争処理パネルの指名及び予定裁定日の通知日  2004年12月13日
(11)中立宣言書の受領日  2004年12月15日
(12)予定裁定日  2005年1月7日