事件番号:JP2010-0007

               裁   定

申立人:
(名称) スルガ銀行株式会社
(住所) 静岡県沼津市通横町23番地
代理人: 弁護士  増田 雅史
     同    吉羽 真一郎
登録者:
(名称) WIXI株式会社
     代表取締役 ナドー・ダーシャン
(JPドメイン名登録情報上の名称) WIXI ID Protect
(住所) 静岡県下田市田牛711番地の47
(JPドメイン名登録情報上の住所) 東京都 以下不詳
(メールアドレス)info@wixi.jp
代理人:なし

 日本知的財産仲裁センター紛争処理パネルは、JPドメイン名紛争処理方針、
JPドメイン名紛争処理方針のための手続規則及び日本知的財産仲裁センター
JPドメイン名紛争処理方針のための手続規則の補則並びに条理に則り、申立
書・提出された証拠に基づいて審理を遂げた結果、以下のとおり裁定する。

1 裁定主文
  ドメイン名「SURUGABANK.JP」の登録を申立人に移転せよ
2 ドメイン名
  紛争に係るドメイン名は「SURUGABANK.JP」である。
3 手続の経緯
  別記のとおりである。
4 当事者の主張
 A 申立人の主張
 (1) 当事者
  ア 申立人は、1895年に株式会社根方銀行の商号で設立され、商号変
更を経て2004年10月から現在の「スルガ銀行株式会社」名(以下「申立
人商号」という。)で銀行業を営んでいる。また、1996年に
「SURUGABANK.CO.JP」のドメイン名(以下「申立人ドメイン名」という。
なお、申立書ではローマ字の小文字で表記されているが、甲3から、本裁定書
では大文字とする。)を取得し、現在も申立人ドメイン名を使用して申立人の
ホームページ(以下「申立人ホームページ」という。)を運営しており(甲1
~4)、役務の区分第36類指定役務「預金の受入れ及び定期積金の受入れ」
等とする登録商標「スルガ銀行」(登録第3081991号)(以下「申立人
登録商標」という。)を所有している(甲10)。
  イ 登録者は、2009年5月1日に「SURUGABANK.JP」のドメイン
名(以下「本件ドメイン名」という。なお、申立書ではローマ字の小文字で表
記されているが、JPドメイン名登録情報に合わせ、本裁定書では大文字とす
る。)を登録したものであるが、そのJPドメイン名登録情報の登録者名及び
住所は架空であり、登録情報の電子メールアドレスから調査し、内容証明郵便
による警告書を送付した結果等から、会社名は、WIXI株式会社、所在地は、静
岡県下田市田牛711番地の47、代表取締役は、ナドー・ダーシャン、メー
ルアドレスは、info@wixi.jpである(甲5~9の2)。
 (2)登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標
その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること
   ア 登録者のドメイン名
 本件ドメイン名は、「SURUGABANK.JP」である。
  イ 申立人の商号、ドメイン名及び登録商標
 申立人の商号は「スルガ銀行株式会社」であり、申立人ドメイン名の登録を
しており、申立人ホームページを運営している。また、申立人登録商標を所有
している。
  ウ 同一性及び類似性
 本件ドメイン名のうち、「.JP」の部分は、使用主体が属する国を表示するド
メインとして一般的に用いられている表示に過ぎないので、主たる識別力を有
するのは、「SURUGABANK」の部分であり、これが本件ドメイン名の要部で
ある。他方、申立人ドメイン名のうち、「.CO.JP」の部分は、使用主体が属す
る国及び組織を表示する一般的に用いられる表示に過ぎないので、主たる識別
力を有するのは、「SURUGABANK」の部分であり、これが申立人ドメイン名
の要部である。
 したがって、本件ドメイン名と申立人ドメイン名は、その要部が完全に同一
である。
 また、申立人商号のうち、「株式会社」は会社の種類を表示していることか
ら、主たる識別力を有するのは「スルガ銀行」の部分であり、これが申立人商
号の要部である、そして、①「SURUGA」は「スルガ」をローマ字表記したも
のであり称呼が全く同一であること、及び②「BANK」は「銀行」を英訳した
ものであること等から、本件ドメイン名と申立人商号は明らかに酷似している。
 (3)登録者が、当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有して
いないこと
   ア 申立人の著名性
 申立人は、東証一部に上場し、資本金約300億4300万円、総資産約3
兆2827億円(連結)の規模を有し、著名な有力地方銀行である(甲11~
15の3)。したがって、本件ドメイン名が登録された2009年5月1日時
点で、申立人の「スルガ銀行」の標章は申立人を表す標章として著名である。
 なお、登録者は申立人の主たる営業地域である静岡県に所在しており、その
代表者も同所に住所を有していたので(甲8)、「スルガ銀行」及び
「SURUGABANK」を申立人を表示するものであると認識していた。
   イ 登録者には、「JPドメイン名紛争処理方針」4条c.に定める事情が
存在しないこと
 登録者が、本件ドメイン名を自己の商品又はサービスの提供に使用している
客観的事実は全くなく、申立人からの警告書の送付の際にもかかる事実やその
予定があるとの主張もしていない。登録者のサイト(以下「登録者サイト」と
いう。甲16)ではいわゆるアフィリエイト広告がおこなわれており、検索エ
ンジンを利用した第三者を誘引し、登録者サイトを申立人のウェブサイトと誤
認混同させる意図があったことが窺える。
 現在では登録者サイトは削除されているが、何らかのサービスを提供するよ
うな様子も見られない。
  したがって、「JPドメイン名紛争処理方針」4条c.に定める「(i)  登録者
が、当該ドメイン名に係わる紛争に関し、第三者または紛争処理機関から通知
を受ける前に、商品またはサービスの提供を正当な目的をもって行うために、
当該ドメイン名またはこれに対応する名称を使用していたとき、または明らか
にその使用の準備をしていたとき  (ii) 登録者が、商標その他表示の登録等
をしているか否かにかかわらず、当該ドメイン名の名称で一般に認識されてい
たとき  (iii) 登録者が、申立人の商標その他表示を利用して消費者の誤認を
惹き起こすことにより商業上の利得を得る意図、または、申立人の商標その他
表示の価値を毀損する意図を有することなく、当該ドメイン名を非商業的目的
に使用し、または公正に使用しているとき」に該当するような事情は存在しな
い。
 (4) 登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されてい
ること
 登録者サイトの構造及び目的、登録者のおこなっている「ドメインパーキン
グシステム」の存在、登録者が多数のドメイン名の登録をしていること(甲1
9)、登録者との交渉経緯等からすれば、不正の目的で登録されていることは
明らかである。なお、登録者サイトは現在は削除されているが、再開する可能
性は極めて高い。
 (5)よって、申立人は、本件ドメイン名の登録を申立人に移転せよとの裁
定を求める。
 B 登録者の答弁
  登録者は答弁書を提出しなかった。
5 争点および事実認定
 A 登録者の答弁書不提出の効果
 (1) 本件において登録者は、JPドメイン名紛争処理方針のための手続
規則(以下、「手続規則」という。)第2条に基づいて申立書が送付されたに
もかかわらず、答弁書提出期限までに答弁書を提出しなかった(別記「手続の
経緯」参照)。
 (2) 答弁書が提出されなかった場合、手続規則によれば、例外的な事情
がない限り、パネルは申立書に基づいて裁定を下すものとするとされている(第
5条(f))が、本手続には弁論主義は適用されず、パネルは登録者が答弁書を提
出しないという事実により申立人の主張事実等について擬制自白があったもの
とすることはできず、JPドメイン紛争処理方針(以下、「処理方針」という。)
および手続規則の定める要件が充足されているか否かの判断を、申立人の陳述、
提出した証拠等に基づいてしなければならないというべきである(手続規則第
14条(b)・処理方針第4条a等)。
 (3) 手続規則第15条(a)は、パネルが紛争を裁定する際に使用すること
になっている原則についてパネルに次のように指示する。「パネルは、提出さ
れた陳述・文書および審問の結果に基づき、処理方針、本規則および及び適用
されうる関係法規の規定・原則、ならびに条理に従って、裁定を下さなければ
ならない。」
 処理方針第4条a.は、申立人が次の事項のすべてを立証しなければならな
いこと、としている。
  ① 登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標そ
の他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること
  ② 登録者が、当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有してい
ないこと
  ③ 登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されているこ
と
 (4)登録者の特定について
 本件では、JPドメイン名登録情報によれば、登録者の所在地情報が、[郵便
番号]000-0000、[都道府県]東京都、[住所]WIXI ID Protect となっており、そ
の他の連絡先の電話番号も00-0000-0000とされているので、明らかに架空であ
る。しかし、申立書及び甲号証等によれば、登録者情報は甲8のとおりに特定
できると思われる。もっとも、裁定結果の実施等に必要な特定でよいと考えら
れるので、本裁定の「登録者」欄には「JPドメイン名登録情報上の名称」等
を併記しておくこととする。
 B  処理方針第4条aの各号についての当パネルの判断
 (1)登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標
その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似しているか否か
 申立人は、申立人登録商標「スルガ銀行」を所有している(甲10。登録商
標の字体はIPDL(特許電子図書館)で確認した。)。なお、申立人は、永
年にわたり周知性を有する地方銀行のハウスマークとして同一称呼の「駿河銀
行」、「スルガ銀行」を使用してきている。
 したがって、申立人は、申立人登録商標について正当な権利及び正当な利益
を有する。
  一方、登録者の本件ドメイン名は、「SURUGABANK.JP」であり、この
うち「.JP」の部分はトップレベルドメインであって国別コードの日本を意味し、
使用主体が属する国を表示するものに過ぎない。したがって、本件ドメイン名
から「.JP」の部分を除外して,混同を引き起こすほど類似しているが否かの判
断をすべきである。
 そこで、登録者の本件ドメイン名の「SURUGABANK」の部分と、申立人登
録商標「スルガ銀行」とを比較すると、「銀行」の英訳は「BANK」であるか
ら全体としての両者の観念は同一である。また、「銀行」と「BANK」は普通
名詞にすぎないので、両者はいずれも「SURUGA」と「スルガ」が要部として
把握され類否判断で対比されるべきであり、その結果、称呼も類似すると解さ
れる。
 そして、本件ドメイン名の表示は、申立人登録商標から流用されていると客
観的に認識できるので、本件ドメイン名は全体として誤認混同を生ずるほど類
似すると認められる。
 なお、申立人は、「株式会社」の部分を除外した申立人商号との対比等を主
張しているが、申立人商号の周知性も後記の通り肯定され、その対比した結論
は上記と同じになるが、申立人登録商標との対比結果だけでこの処理方針の要
件は満たされる。
 (2)登録者が、当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有して
いないか否か
  申立人には、権利または正当な利益を有する登録商標を所有している事実
はすでに認定したとおりである。これに対し、本件ドメイン名に関係する権利・
利益の有無は登録者において立証容易な事項であるが、本要件について、登録
者は、答弁書を提出せずこれを主張立証しない。
 また、申立人が登録者に申立人登録商標の使用許諾をした事実は認められず、
さらに、登録者は、本件ドメイン名の登録を受けた以後、一時的に登録者サイ
トを開設していたが、なんら申立人から許諾を受けることなく申立人とあたか
も提携関係等があるかのようなサイトと誤認させ、いわゆるアフィリエイト広
告による収入を得ようとしていたものと推認される(甲16等)。
 よって、登録者が権利または正当な権利を有していないと認めることができ
る。
 (3)登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されている
か否か
 申立人が東証一部上場企業であること、地方銀行としての歴史や企業規模か
らして、申立人の登録商標に化体された信用は相当に高く、登録者が本件ドメ
イン名を登録した2009年5月1日の時点では、少なくとも周知商標であっ
たことが認められる。しかも、登録者は申立人の主たる営業地域である静岡県
に所在しており、その代表者も同所に住所を有していた(甲8)。さらに、上
記のとおり、登録者サイトが申立人と何らかの提携関係等があるかのようなサ
イトと誤認させ、いわゆるアフィリエイト広告による収入を得ようとしていた
ものと推認される。
 そうすると、登録者は、周知な申立人のハウスマークとしての商標の存在を
認識しながら不正な目的で本件ドメイン名の登録を受けたものであると推認す
ることができる。
 なお、登録者サイトは現在は削除されたままであり、本件ドメイン名が使用
されている事実はないようであるが、過去における使用態様等からして、再度
再開される可能性があり、不正の目的で登録された非活動的所有といえる。
 よって、本件ドメイン名は不正の目的で登録されているものと認められ、「不
正の目的で登録または使用されている」という要件を満たす。
6 結 論
  以上に照らして、紛争処理パネルは、登録者によって登録された本件ドメ
イン名「SURUGABANK.JP」が申立人登録商標と混同を引き起こすほど類似
し、登録者が、ドメイン名について権利又は正当な利益を有しておらず、登録
者のドメイン名が不正の目的で登録されているものと認定する。
 よって、処理方針第4条i.に従って、紛争処理パネルは、ドメイン名
「SURUGABANK.JP」の登録を申立人に移転するものとし、主文のとおり裁
定する。

  2010年12月24日
   日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル
               小 松 陽一郎
               (単独パネリスト)



別記  手続の経緯
(1)申立書受領日
      電子メール 2010年10月22日 書面 2010年10月25日
(2)手数料受領日
      2010年10月26日  申立手数料の受領確認
(3)ドメイン名及び登録者の確認
      2010年10月26日  JPRSへ照会
      2010年10月26日  JPRSから登録情報の確認
      確認内容:申立書に記載された登録者はドメイン名の登録者であること
(4)適式性
      日本知的財産仲裁センター(以下、センターという。)は、2010年10月2
    8日に、申立書が処理方針と規則に照らし適合していることを確認した。
(5)手続開始日  2010年10月29日
      手続開始日の通知  2010年10月29日に申立人、登録者、JPRS及び
    JPNICへ通知(電子メール、ファクシミリおよび郵送)
(6)登録者への通知日及び内容
      1) 2010年10月29日(電子メールおよび郵送)
        ただし、JPドメイン名紛争処理方針のための手続規則第2条(a)ⅲ後段の
        送付先宛に行ったもの。
      2) 申立書及び証拠等一式
      3) 答弁書提出期限  2010年11月30日
(7)答弁書の提出の有無及び提出日
      日本知的財産仲裁センターは、提出期限日までに答弁書を受領しなかったので、
    2010年12月1日に「答弁書の提出はなかったものと見做す」旨の答弁書不出
    通知書を、電子メールと郵送にて申立人および登録者に送付した(登録者について
    は、上記(6)1)のただし書に同じ)。
(8)パネリストの選任  2010年12月7日
      申立人は1名のパネルによって審理・裁定されることを選択。
      中立宣言書の受領日:2010年12月13日
      パネリスト:小松 陽一郎
(9)紛争処理パネルの指名及び裁定予定日の通知
      2010年12月9日  JPNICおよびJPRSへ通知(電子メール)
                          申立人および登録者へ通知
                       (電子メール、ファクシミリおよび郵送。登録者については、
                           上記(6)1)のただし書に同じ)
      裁定予定日:2010年12月28日
(10)パネリスト指名書及び一件書類受け渡し
      2010年12月7日(電子メールおよび郵送)
(11)パネルによる審理・裁定
      2010年12月24日  審理終了、裁定。