事件番号:JP2020-0006

                  裁 定

  申立人:
  (名称)Boehringer Ingelheim Pharma GmbH & Co. KG
  (住所)Postfach 200 D-55216 Ingelheim ドイツ

  登録者:
  (氏名)Li
  (住所)Weihai Road 750 200041 Shanghai, China

 日本知的財産仲裁センター紛争処理パネルは、JPドメイン名紛争処理方針、JPドメイン
名紛争処理方針のための手続規則および日本知的財産仲裁センターJPドメイン名紛争処
理方針のための手続規則の補則並びに条理に則り、申立書・答弁書・提出された証拠に基
づいて審理を遂げた結果、以下のとおり裁定する。

1 裁定主文
  ドメイン名「BOEHRINGER.JP」の登録を申立人に移転せよ。

2 ドメイン名
  紛争に係るドメイン名は「BOEHRINGER.JP」である。

3 手続の経緯
  別記のとおりである。

4 当事者の主張
 a 申立人
 申立人は家族経営の製薬会社グループで、アルベルト・ベーリンガー(1861年~1939年)
によりインゲルハイム アム ラインにて1885年に設立された事業を礎とする。それ以来
ずっと、申立人は世界規模の研究開発型の製薬企業で、今日では約5万名の従業員を擁す
る。申立人の主要な事業分野は医療用医薬品、アニマルヘルス、バイオ医薬品の3分野で
ある。2019年において、申立人を構成する会社の純売上高は約189億9700万ユーロに達
する(添付書類1)。
 申立人は、「Boehringer」および「Boehringer Ingleheim」という言葉を含むブランドと
して、日本においては、商標登録第474792号、登録商標「BOEHRINGER」、
指定商品第1類 化学品(界面活性剤及び化学剤を除く。)、第5類、薬剤(蚊取線香その
他の蚊駆除用の薫料・日本薬局方の薬用せっけん・薬用酒を除く。)、商標登録第2380
272号、登録商標「Boehringer\Ingelheim」(Boehringe
rとIngelheimを二段表記)指定商品第1類、化学品、第5類 薬剤、カプセル、
ばんそうこう、包帯の商標登録を有している。その他国際商標登録第799761号他の
登録も行っている(添付書類2)。
 また、申立人は、上記以外にも、申立人は、商標「Boehringer」および「Boehringer
Ingleheim」を含む複数のドメイン名(boehringer.com他)を所有している(添付書類3)。
 登録者のドメイン名「BOEHRINGER.JP」は2020年8月22日に登録さ
れている(添付書類4)。このように登録者が、申立人の商標の一つである「BOEHRI
NGER」と紛らわしいドメイン名を登録し、申立人の高い知名度を利用する意図を有し
ていることを主張する。申立人は、ドメイン名は、申立人の商標と混同を引き起こすほど
に類似し、登録者はドメイン名に関係する正当な利益を有しておらず、ドメイン名は不正
の目的で登録または使用されていると主張する。
 従って、申立人は、ドメイン名登録の申立人への移転を請求する。


 b 登録者
 登録者によって答弁書は提出されなかった。

5 争点および事実認定
A 本件ドメイン名の紛争処理に適用すべき判断基準について
 規則第15条(a)は、パネルが紛争を裁定する際に使用することになっている原則に
ついてパネルに次のように指示する。「パネルは、提出された陳述・文書および審問の結果
に基づき、処理方針、本規則および適用されうる関係法規の規定・原則、ならびに条理に
従って、裁定を下さなければならない。」
 方針第4条aは、申立人が次の事項の各々を証明しなければならないことを指図してい
る。
 (1)登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示
と同一または混同を引き起こすほど類似していること
 (2)登録者が、ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないこと
 (3)登録者のドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること

B 処理方針第4条a項各号についての当紛争処理パネルの判断
(1)登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と
同一または混同を引き起こすほど類似していること(処理方針第4条 a 項ⅰ号)
 申立人は、特許庁のJ-Plat  Pat(特許情報プラットフォーム)によれば、商
標登録第474792号他2件の商標登録の他にも、商標登録第2697256号等の「B
OEHRINGER」を含む商標を登録していることが認められる。
 紛争の対象となっているドメイン名「BOEHRINGER.JP」には、商標「BO
EHRINGER」がそっくりそのまま含まれている。日本を意味するトップレベルドメ
インの「.JP」を追加するだけでは、同ドメイン名が申立人の商標と同一であると見な
される。
 本件ドメイン名と申立人の本件商標とは、本件商標が本件ドメイン名に関連があるとい
う混乱を引き起こす可能性がある。
 なお、以下の UDRP(統一ドメイン名紛争処理方針)裁定例は、申立人の主張を認めてい
る。
〇WIPO 事件番号 D2020-0586 Boehringer Ingelheim Pharma GmbH & Co.KG 対 高海生(Hai
Sheng Gao)<boehringerplus.xyz>
〇CAC 事件番号 102943 Boehringer Ingelheim Pharma GmbH & Co.KG 対 Anonymize, Inc.
<tas-boehringertaleo.net>
〇CAC 事件番号 101761 Boehringer Ingelheim Pharma GmbH & Co.KG 対 Private Registry
Authority
<boehringer.cloud>
〇NAF 事件番号 1717146 Boehringer Ingelheim Pharma GmbH & Co.KG 対 注册局联系人
<boehringer.信息>
 以上より、本件ドメイン名は、本件商標と称呼が同一であり、類似しているので、登録
者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標と同一または混同を引き
起こすほど類似していると認められる。

(2)登録者が当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないこと(処
理方針第4条a項ⅱ号)
 紛争処理方針第4条 c 項は「ⅰ.登録者が、当該ドメイン名に係わる紛争に関し、第三
者または紛争処理機関から通知を受ける前に、商品またはサービスの提供を正当な目的を
もって行うために、当該ドメイン名またはこれに対応する名称を使用していたとき、また
は明らかにその使用の準備をしていたとき、ⅱ.登録者が、商標その他表示の登録等をし
ているか否かにかかわらず、当該ドメイン名の名称で一般に認識されていたとき、ⅲ.登
録者が、申立人の商標その他表示を利用して消費者の誤認を惹き起こすことにより商業上
の利得を得る意図、または、申立人の商標その他表示の価値を毀損する意図を有すること
なく、当該ドメイン名を非商業的目的に使用し、または公正に使用しているとき」には、
登録者は当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していると認めなければな
らないと規定している。
 申立人は、登録者がドメイン名に関連する権利または正当な利益を有しておらず、申立
人といかなる形でも関係がなく、申立人は、登録者のために事業を遂行することはなく、
登録者と取引がある訳でもないし、申立人が使用したり、紛争の対象となっているドメイ
ン名の登録を申請したりするために、登録者に対しライセンスや許可を与えたことはない
ことから、登録者がドメイン名に関連する正当な利益を有していないと主張する。
 当該ドメイン名は申立人の事業に関連する商用リンクにリダイレクト(転送)するよう
になっている(添付書類5)。当パネルが「https://www.boehringer.jp」を確認したとこ
ろ、パーキングドメインと確認できる、「沢井 製薬 会社」、「AGA 病院」、「ビオスリー」、
「膝 に 効く コラーゲン」、「血圧 値 を 下げる 食べ物」、「セコム 設置」等の関連リン
クが表示された。
 そして、「沢井 製薬 会社」をクリックしたところ、「ジェネリック業界を牽引する会社
-リーディングカンパニー沢井製薬」というリンクが表示され、沢井製薬のウェブサイト
(https://www.sawai.co.jp/future/now/?utm_source=google&utm_medium=cpc&utm_campa
ign=C6&utm_content=2)にリンクしていた。
 前記「https://www.boehringer.jp」には、「このドメインの購入/ドメイン
boehringer.jpは売り出し中です!」というリンクもあり、
 「このドメインの購入」をクリックしたところ、「sedo/Buy, Park, S
ell Domains」と表示されたホームページ
(https://sedo.com/search/details/?partnerid=14460&language=ja&domain=boehringer
.jp&origin=parking&utm_medium=Parking&utm_campaign=template&utm_source=3000)にリ
ンクしていた。申立人の添付書類5も同様である。
 以上のように、「https://www.boehringer.jp」は、パーキングドメインとして利用され、
かつ仲介会社を通じて、売りに出されていることが認められる。
 以上より、登録者は申立人の商標を利用して消費者の誤認を惹き起こすことにより、消
費者がリンクをクリックして、各ページに転送される毎に報酬を得られ、商業上の利得を
得る意図で、当該ドメイン名を商業的目的に使用していると認定できるから、登録者が当
該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないことが認められる。

(3)登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること
 申立人の主張によれば、登録者は過去に台湾の STLI 事件番号 2015-004  Boehringer
Ingelheim Pharma GmbH & Co. KG 対 Ye Li <boehringeringelheim.tw>(以下、「STLI
2015-004事件」という。)で申立人との間で、ドメイン名紛争の当事者になったことがあ
る。登録者は申立人に対し、ドメイン名「boehringeringelheim.tw」を 5000 ドルで譲ると
持ちかけており、裁定では、登録者が、商業上の利得を得る目的で、そのウェブサイトも
しくはその他のオンラインロケーション、またはそれらに登場する商品及びサービスの出
所、スポンサーシップ、取引提携関係、推奨関係などについて誤認混同を生ぜしめること
を意図して、インターネット上のユーザーを、そのウェブサイトまたはその他のオンライ
ンロケーションに誘引するために、当該ドメイン名を使用している旨認定された(添付資
料6)。
 STLI 2015-004事件の申立⼈は、Boehringer Ingelheim Pharma GmbH&amp;Co.KGで、住所は
Postfach 200 D-55216 Ingelheim Germanyであり、本件申立人と同一の法人である。
 STLI 2015-004 事件の登録者は、Ye Li、住所:南京⼈ 路 2100、上海、200000、CN であ
り、登録者は、Li と上海に住所地がある点で、本件登録者と同一であるが、住所地の番地
等で一致しているかは不明である。また本件ドメイン名の登録者の氏名が、Li であり、STLI
2015-004 事件の登録者の氏名が、Ye Li であるから、氏名の一部が共通するが、両者は、
同一人と断定は出来ない。
 STLI 2015-004事件では、係争中のドメイン名は、SEDOプラットフォームにおいて
8000米ドルで販売されていた。
 そして、STLI 2015-004 事件では、2015年3月5日、申立⼈ は、登録の理由を理解
するために、登録者の電子メールアドレス(namepros@163.com)宛てにメールを送ったと
ころ、登録者は「5000米ドル、ありがとう!」と返信していた。
 このように、本件事件と STLI 2015-004 事件は、登録者が、氏名の一部で一致し、居住
地が上海で共通するが、番地等で一致しているかは不明であり、同一性については疑問が
残る。しかしながら、両事件は登録者のメールアドレスが、namepros@163.com で一致して
おり、また、STLI 2015-004 事件はSEDOプラットフォームでの販売価格が8000米
ドルであったが、本件事件とSEDOプラットフォームでドメイン名が販売されている点
で共通する。なお本件事件は、販売価格については証拠がない。
 以上より、全体として本件事件と台湾の STLI 2015-004 事件では、登録者が同一である
と推定できる。とすると、本件事件でも登録者は、本件ドメイン名を同様の額で販売しよ
うとしていたと推認できる。
 以上より、登録者の本件ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていると認定
できる。
 ちなみに申立人が主張する以下の WIPO の5件の事件は、登録者が、Ye Li であり、氏名
の一部が一致し、居住地は中国、上海である点で共通する。  そして、WIPO 事件番号
DCO2014-0026 Stuart Weitzman IP, LLC 対 Ye Li の事件は、Sedoドメインマーケッ
トプレイスで販売されており、登録者側からは合計8000米ドルの複数のカウンターオ
ファーを受け取っている。
 WIPO 事件番号 D2014-1647 Capital IQ, Inc. Standard & Poor's Financial Services
LLC 対 Ye Li の事件では、申立人がSedoを通じてドメイン名を購入しようとしたこと
に応じて、回答者は6500米ドルで販売することを申し出ている。
 WIPO 事件番号 DMX2014-0020 Enterprise Holdings, Inc. 対 Ye Li の事件では、係争
中のドメイン名のウェブページには、SEDOによって付された「このドメインはSed
oのドメインパーキングに参加しています。このページに表示される広告は第三者からの
ものであり、Sedoもドメインの所有者も、表示されるコンテンツと直接の関係はあり
ません。」という説明文が表示されていた。
 WIPO 事件番号 DCO2014-0020 Solvay SA 対 Ye Li の事件では、登録者側が2014年
8月1日付けの電子メールで、係争中のドメイン名を5000米ドルで販売することを書
面で申し出ている。
 WIPO 事件番号 D2013-1947 Lange Uhren GmbH 対 Ye Li の事件では、係争中のドメイン
名は、登録者の収入を生み出すことを目的として、申立人に向けられたインターネット
トラフィックを、競合する製品やサービスへのスポンサー付きリンクを含むウェブサイトに
リダイレクトするために使用されていた。
 以上の5件の事件は、ドメイン名、申立人は個々の事件で異なるが、登録者は中国、上
海の Ye Li であって共通であり、少なくとも3件は、Sedoを仲介者として、ドメイン
のパーキングを行って、クリック転送による報酬を得ていた。また、少なくとも3件の事
件で、5000米ドル以上の対価でドメインの譲渡に応じる提案をしていた。
 以上の各事件と本件事件や台湾の事件とは共通性があると認められ、前記登録者の本件
ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていると認定できることの補強証拠と考
える。

6 結論
 以上に照らして、紛争処理パネルは、登録者によって登録されたドメイン名「BOEH
RINGER.JP」が申立人の商標と混同を引き起こすほど類似し、登録者が、ドメイ
ン名に関係する権利または正当な利益を有しておらず、登録者のドメイン名が不正の目的
で登録または使用されているものと判断する。
 よって、方針第4条iに従って、ドメイン名「BOEHRINGER.JP」の登録を
申立人に移転するものとし、主文のとおり裁定する。


 2021年1月6日

    日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル
           単独パネリスト         渡  邊    敏



別記 手続の経緯
(1)申立書受領日
   2020年9月25日(電子メール)及び10月9日(書面)
(2)手数料受領日
   2020年10月7日 申立手数料の受領
(3)ドメイン名及び登録者の確認
   2020年10月9日 JPRSに照会
   2020年10月9日 JPRSから登録情報の回答
   回答内容:申立書に記載された登録者がドメイン名の登録者であること、JPRS
        に登録されている登録者の電子メールアドレス及び住所等
(4)適式性
   日本知的財産仲裁センター(以下「センター」という。)は、2020年10月1
  2日に補正(補正書)が必要と判断してその旨を申立人に通知し、2020年11月
  4日に補正書類を受領し、申立書が処理方針と規則に照らし適合していることを確認
  した。
(5)登録者への通知日及び内容
   1)申立書送付日(手続開始日) 2020年11月5日(電子メール及び郵送)
   2)申立書及び証拠等一式
   3)答弁書提出期限:2020年12月4日
(6)手続開始日 2020年11月5日
   センターは、2020年11月5日に申立人及び登録者には電子メール及び郵送で、
  JPRS及びJPNICには電子メールで、手続開始日を通知した。
   (登録者宛の通知については、JPRS登録情報の登録者住所に送付した通知は
   「あて名不完全で配達できません」として返送された。また、申立書に記載された
   登録者の住所に送付した通知は「保管期間経過」として返送された。)
(7)答弁書の提出の有無及び提出日
   センターは、提出期限日までに答弁書を受領しなかったので、2020年12月7
  日に「答弁書の提出はなかったものと見做す」旨の答弁書不提出通知書を、電子メー
  ル及び郵送で申立人及び登録者に送付した。
(8)パネリストの指名 2020年12月11日
   申立人は、1名のパネルによって審理・裁定されることを選択。
   言明書の受領日:2020年12月15日
   パネリスト:弁護士  渡邊  敏
(9)紛争処理パネルの指名及び裁定予定日の通知
   2020年12月11日  JPNIC及びJPRSへ電子メールで通知
              申立人及び登録者へ電子メール及び郵送で通知
   裁定予定日:2021年1月7日
   (登録者宛の(7)答弁書不提出通知書及び(9)紛争処理パネルの指名及び裁定
   予定日の通知については、JPRS登録情報の登録者住所に送付した通知は「あて
   所に尋ねあたりません」として返送された。また、申立書に記載された登録者の住
   所に送付した通知は、裁定時において、中国の配達局で配達できず、保留となって
   いる。)
(10)パネリストへのパネリスト指名書及び一件書類受け渡し
   2020年12月11日(電子メール及び郵送)
(11)パネルによる審理・裁定
   2021年1月6日 審理終了、裁定。