ニュースレターNo.22/2002年12月発行
巻頭言:効率化と「失礼」
JPNIC理事 山口 英
皆さんは留守番電話、あるいは、ボイスメールをオフィスで使っているでしょうか。席を外しがちで電話を受けられないときには、とりあえず電話をかけてきた人が簡単ながらも用件を残せるということで便利なツールであり、欧米の企業では当たり前のように使われている道具です。あるとき、大学の自分のオフィスで使っている電話に留守番電話を仕掛けたら、ある先生から「君、それは電話をかけたものに対して失礼だよ」ということを言われたのです。
電子メールは、もはや生活必需品といってもよい状態になりつつあります。携帯電話までを含めれば、大多数の人達が電子メールを使いこなす時代となってしまいました。電子メールを仕事で利用する場合には、他の方に会議の日程設定や講演といったことを依頼するようなことも頻発しています。最近、ある大学の先生に講演を依頼するべく電子メールをお送りしたところ、全く反応が無かったので電話でご都合をお伺いしたら、会話の最後に「電子メールでの講演の依頼もよいけども、やはり口頭での説明、できれば直接会って詳細な説明をうけるほうが、君、失礼にならないし親切ってものだよ。」というお小言をいただくことになりました。
留守番電話や電子メールは、私たちが日頃ネットワークを介して行うコミュニケーションにおいて、便利なツールとして使われています。なぜ便利なのかといえば、留守番電話にしても電子メールにしても、相手と通信をするときに時間的に同期する必要のない、非同期型通信を行うことができるようになるからです。この非同期型通信を行うことによって、これらのツールを使う人は通信をしてきた人に自分の時間を奪われない、別の言い方をすれば、主体的に通信を自分がコントロールすることができるようになるのです。たとえば、オフィスで忙殺されている別の仕事があれば、留守番電話状態にして外からかけられてくる通話をシャットアウトして、一段落してから処理をする。電子メールの場合も、メールを送る側は相手の都合に合わせず情報を伝達することができ、さらに、受け取る側では必ずしも送られてきたメールを逐次迅速に処理する必要は無く、時間に余裕がある状態で処理をする。これらのツールは、通信をする二者が時間的に同期をしなくても通信ができる方法を与えることで、実は通信をする二者の時間制約を大幅に緩和する道具なのです。結果として、時間の使い方を自分でコントロールでき、さらに、そのことによって自分自身の作業の効率化を図れるという効果が期待できるのです。
ところが、これらのツールの長所を見出している人達と違って、この非同期型通信は傲慢で自分勝手な時間制御であるということを思う人もいます。留守番電話や電子メールの利用が「失礼」だと感じる人達は、通信相手に時間制御の主導権を握られていることが我慢ならないのでしょう。つまり、相手とコミュニケーションをするときに自分勝手な都合で道具を使わされるのはかなわないと。わざわざ相手と時間的に同期をしたコミュニケーションをしようとしているのに、それを一方的に拒否するような道具は、失礼千万であると感じるわけです。
失礼にならない、つまり相手に礼を尽くすということは、相手の状況に思いを致し、相手が納得する手間を惜しまないということに他ならないというのは、世の中のヒューマン・コミュニケーション・アドバイザーなる人達が口をそろえて言っていることです。この意味で、情報通信の便利なツールを使わされることで、結果として相手の都合に自分が合わせなければならない状況に遭遇してしまうわけですから、そのような状況を生み出した人を失礼であると考えるようになっても無理もないといえましょう。
考えてみれば、私たちが20世紀から生み出してきた技術の多くが効率化の推進を目標としたものでありました。効率化を進めることで、私たちはより多くの利用可能な時間を手に入れることができる。これによって生産性を高めようということが謳われてきたのです。一方、礼を失さない振る舞いのためには、相手のことに心を配り、そのための手間を惜しまないことが肝要であるといえましょう。その意味で、コミュニケーションに便利なツールを導入し効率化を図ることによって手に入れた時間が、コミュニケーションする人に対して心を配ることに真の意味で使われるようになれば「失礼」であると思う人達も納得するようになると思われて仕方ありません。しかし、現実は効率化と「礼を失さない」ことを両立させることを目指しているのではなく、過酷でスピーディな日々の活動を維持していくために効率化を優先させるということが、現時点での私たちの社会では普通になってしまいました。特に、経済的スランプに陥っているこの10年は、効率化が最優先される風潮を社会に蔓延させてしまったのも事実といえましょう。
さて、私は「だから、インターネット社会になじんだ形での、失礼に当たらない新たなコミュニケーション手法が必要だ」ということを主張する、新手のヒューマン・コミュニケーション・アドバイザーの衣を纏うつもりは毛頭ありません。ここで問題にしたいのはJPNICです。
JPNICはサービス機関としての側面をもっており、会員の皆様を含め国内の多くの方々にインターネットにかかわるさまざまなサービスを提供してきています。インターネットを用いたスピーディなサービスを提供する一方で、現在のJPNICのサービスや事業に何がしかの不満をもっている人達がいることも事実です。また、JPNICとの種々のやりとりの中で失礼な対応をされていると感じている方も確かに存在しています。サービス機関としては、これは大きな問題です。
JPNICは効率優先と「手間を惜しまない対応」が見事に同居する組織として成り立たなければならないことは、誰もが認めることでありましょう。会員の皆様とのコミュニケーションでは、十分な意思疎通ができるように工夫され、会員の皆様の満足度が高くなるような努力が絶え間なく必要です。また、会費によって成り立つ組織としては、業務の効率化も追い求めなければならないのも事実です。このためにJPNIC職員が日々の業務でさまざまな努力されており、この面ではJPNICは良くやっていると思うことが、私自身数多くあります。しかし、職員の努力だけでは実は十分ではないのです。
このゴールを追い求める中で重要な役割を果たすのがカスタマー、JPNICでいえば会員です。カスタマーからのフィードバックによって課題を認知し、改善も可能になるのです。「よいお店はお客様の言葉を聞くよい耳を持ち、よい耳を持つことでお店がよくなる言葉を発する口を持ったよいお客様が増える」というのは、サービス業でのコンサルタントがよく発する指導の文句です。この意味で、JPNICもよい耳を持つように努力するのは当然のことながら、会員の皆様からのJPNICへの言葉が大きな役割を持つことになるのは言うまでもありません。
