事件番号:JP2006-0006

                                    裁  定

    申立人:
    (名  称)株式会社ラビトン研究所
    (住  所)兵庫県西脇市中畑町338番地
    (代表者)代表取締役  金 田  平八郎
              代理人  弁護士  岸 本  佳 浩
                        同    入  倉    進
                        同    牧    隆  之
                        同    深川  真紀子

    登録者:
    (名  称)株式会社システム企画
    (住  所)大阪市豊中市新千里東町1-4-2
             千里ライフサイエンスセンター1340
    (代表者)代表取締役  新谷  俊哉

  日本知的財産仲裁センター紛争処理パネルは、JPドメイン名紛争処理方針(以下「紛争
処理方針」という。)、JPドメイン名紛争処理方針のための手続規則(以下「手続規則」と
いう。)および日本知的財産仲裁センターJPドメイン名紛争処理方針のための手続規則の
補則並びに条理に則り、申立書・答弁書・提出された証拠に基づいて審理を遂げた結果、
以下のとおり裁定する。

1  裁定主文
    申立人の請求を棄却する。
2  ドメイン名
    紛争に係るドメイン名は「RABITON.CO.JP」である。
3  手続の経緯
    別記のとおりである。
4  当事者の主張
  a  申立人
(1)  登録者のドメイン名「RABITON.CO.JP」(以下「本件ドメイン名」という。)が、
        申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と同一または混同を引き
        起こすほど類似していること
          申立人は、1983(昭和58)年以降、一貫して「株式会社ラビトン研究所」
        を商号として使用し、「ラビトン」および「RABITON」の名称を自らを指称する商
        標(ただし未登録)として用いてきた。「rabiton.co.jp」は、「ラビトン」をロー
        マ字表記したものであるから、申立人の商号そのものであるし、「RABITON」の商
        標を小文字にしたものに過ぎず、申立人の商標と同一または類似している。
(2)  登録者が、本件ドメイン名の登録についての権利または正当な利益を有していない
        こと
     (ア)登録者は、「株式会社システム企画」の商号を用いており、本件ドメイン名とは何
         ら関係がない。
     (イ)本件ドメイン名は、申立人が登録者に委託した「インターネットサーバー一式等
         のシステム管理委託契約」(甲4)に基づく委託業務の一つとして登録されたもの
         であり、本件ドメイン名の登録および維持に関する費用は申立人が全て支払って
         いるのであるから、本件ドメイン名は登録時点から申立人名義で登録されるべき
         ところ、委託の趣旨に反して登録者が自らの名義で登録したものであり、登録行
         為自体が申立人との間の契約に反し、不正・不当なものである。
(3)  本件ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること
          2005(平成17)年12月ころ、申立人が、本件ドメイン名の名義について
        調査したところ、登録者名義で登録されていることが判明した。申立人が登録者に
        連絡を取り、名義変更手続を求めたところ、登録者はこれまでの使用料として20
        0万円、名義変更料として300万円(以下総称して「譲渡対価等」という。)の
        合計500万円を支払うように要求し、要求に応じなければ本件ドメイン名の廃止
        手続を行う旨通知してきた。このように、登録者は、申立人に対して本件ドメイン
        名に直接要した費用を超える対価の支払いを要求しており、その行為に照らしても、
        本件ドメイン名が不正の目的で登録されていることは明らかである。
  b  登録者
(1)  本件ドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と同一
        または混同を引き起こすほど類似していること
          この点について、登録者から特段の主張・立証はない。
(2)  登録者が、本件ドメイン名の登録についての権利または正当な利益を有しているこ
        と
    (ア)本件ドメイン名は、申立人と登録者が、兵庫県の「平成7年度新産業創造プログ
        ラム」(以下「新産業創造プログラム」という。)に共同事業者として参加するた
        め、登録者が自己の費用と名義で登録したものであり、委託業務の一つとして登
        録したものではないから、本件ドメイン名が申立人名義で登録されるべきである
        というのは何の根拠もない。
    (イ)本件ドメイン名は、新産業創造プログラムの代表者が兵庫県に所在地のある申立
        人でなければならないという理由により、あえて申立人の名称をその許諾の下に
        使用しただけである。
(3)  本件ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されているのではないこと
    (ア)登録者が申立人に対して請求した譲渡対価等は、登録者のドメイン名を無断使用
        してきたことや、申立人の現在の企業価値からすれば、いずれも妥当な金額であ
        る。
    (イ)当時、地方の経営の安定しない一小企業のドメイン名を計画的に詐取して将来的
        に大きな利益を得ようなどということは、よほどの物好きでもないと考えないし、
        本件ドメイン名登録時、申立人と登録者の関係は非常に良好であった(よって登
        録者は本件ドメイン名を不正の目的で登録したものではない)。

5  争点および事実認定
  手続規則第15条(a)は、パネルが紛争を裁定する際の原則についてパネルに次の
ように指示する。「パネルは、提出された陳述・文書および審問の結果に基づき、処理方
針、本規則および適用されうる関係法規の規定・原則、ならびに条理に従って、裁定を
下さなければならない。」
  紛争処理方針第4条aは、申立人が次の事項を申立書において主張しなければならな
いとしている。従って、次の事項についての主張責任は申立人にあるが、そのことは、
次の事項の全ての立証責任が申立人にあることを意味するものではない。各事項につい
ての立証責任は、規定の文言、立証の容易性、当事者の衡平などに基づき、その所在が
決められるべきである。
      (i)登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その
          他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること
      (ii)登録者が、当該ドメイン名の登録についての権利または正当な利益を有して
           いないこと
      (iii)登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること

(1)  本件ドメイン名と申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示との同
        一性または類似性(紛争処理方針第4条a(i))
     (ア)申立人が正当な権利または利益を有する商号および営業表示
           申立人の提出した証拠によれば、申立人は、遅くとも1985(昭和60)年
         には「株式会社ラビトン研究所」の商号の使用を開始し、かつ自己の営業をあら
         わす表示として「RABITON」を使用し、その後も継続してこれらの表示を使用
         していた事実が認められる(甲5ないし8、甲9の1ないし4)。「株式会社ラビ
         トン研究所」のうち、「株式会社」の部分は法人としての種別を示すものであり、
         「研究所」の部分は一般名称に過ぎないから、いずれも特段の識別力を有するも
         のではなく、識別力を有する要部は、「ラビトン」である。
           申立人は、「ラビトン」ないし「RABITON」の標章につき、商標権を有してい
         ない。また、申立人の主たる業務は、「実験動物の生産・販売、非臨床試験の受託
         並びに受託試験の管理、臨床試験の業務受託並びに受託試験の管理」であるとさ
         れるが、申立人の当該業務について上記各標章が使用されることにより、申立人
         の営業を表示するものとして周知・著名となった旨の主張も立証もない。従って、
           申立人は、これらの標章について、商標法および不正競争防止法第2条1項1号
         ないし2号により保護される利益を有しているとは認められない。しかしながら、
         不正競争防止法第2条1項12号は、一定の要件のもと他人の特定商品等表示(商
         号、標章その他の役務を表示するものを含む)と同一または類似のドメイン名の
         登録・保有・使用行為を不正競争行為とし、当該「他人」の利益の保護を図って
         おり、申立人が1985(昭和60)年以降、長年に亘り「株式会社ラビトン研
         究所」を商号として、また「RABITON」を自己をあらわす営業表示として使用
         してきたことからすれば、申立人がこれらについて正当な権利または利益を有す
         るものと一応認められる。
     (イ)本件ドメイン名
           本件ドメイン名は、「RABITON.CO.JP」であるが、このうち「JP」は国別コ
        ードを示すトップレベルドメインであり、「CO」は組織種別コードを示すセカン
        ドレベルドメインであるから、いずれも特段の識別力を有するものではなく、識
        別力を有する要部は、「RABITON」である。
     (ウ)申立人の商号および営業表示と本件ドメイン名の類似性
           申立人の商号の要部である「ラビトン」および申立人の営業表示である「RAB
        ITON」と、本件ドメイン名の要部である「RABITON」を対比すると、その外
        観および称呼の両方(営業表示であるRABITON)または称呼(商号の要部であ
        るラビトン)において同一であり、本件ドメイン名は、申立人の商号および営業
        表示と同一または混同を引き起こすほど類似しているということができる。
     (エ)まとめ
         以上により、本件においては、紛争処理方針第4条a(ⅰ)の要件を充足する。
(2)  登録者の本件ドメイン名の登録についての権利または正当な利益の存否(紛争処理
        方針第4条a(ii)
     (ア)権利または正当な利益と証明責任の分配
           紛争処理方針第4条a(ii)は、「登録者が、当該ドメイン名の登録についての
         権利または正当な利益を有していないこと」と規定する。従って、申立人が「権
         利また正当な利益」の不存在について主張する責任があることは明らかである。
         しかし、「権利または正当な利益」の有無は登録者に固有の事情であるから、登録
         者がドメイン名の登録についての権利または正当な利益を有することについては、
         登録者が証明責任を負うものと解すべきである。(下記のとおり、紛争処理方針第
         4条cが権利または正当な利益の存在を肯定すべき事情を例示していることは、
         紛争処理方針第4条a(ii)の証明責任が登録者にあるとの解釈と符合するもの
         である。)
     (イ)権利または正当な利益の認定
             ①  紛争処理方針第4条cは、以下のような事情がある場合には、登録者は
             当該ドメイン名についての権利または正当な利益を有していると認めること
             ができると規定する。
              (i)  登録者が、当該ドメイン名に係わる紛争に関し、第三者または紛争
                 処理機関から通知を受ける前に、何ら不正の目的を有することなく、
                 商品またはサービスの提供を行うために、当該ドメイン名またはこれ
                 に対応する名称を使用していたとき、または明らかにその使用の準備
                 をしていたとき
             (ii)  登録者が、商標その他表示の登録等をしているか否かにかかわらず、
                 当該ドメイン名の名称で一般に認識されていたとき
            (iii)  登録者が、申立人の商標その他表示を利用して消費者の誤認を惹き
                 起こすことにより商業上の利得を得る意図、または、申立人の商標そ
                 の他表示の価値を毀損する意図を有することなく、当該ドメイン名を
                 非商業的目的に使用し、または公正に使用しているとき
            ②  登録者は、本件ドメイン名は、申立人の使用に供するために登録、保有
            されている旨を主張し、申立人が本件ドメイン名を購入しない場合は、本件
            ドメイン名の廃棄手続きを行う旨を標榜するものであり(乙3)、また、本
            件ドメイン名に対応する名称を使用した事実を認める証拠はなく、登録者も
            そのような事実を主張するものではない。従って、ドメイン名ないしこれに
            対応する名称の使用ないし使用の意図を前提とする上記(i)ないし(iii)の
            事情を認めることはできない。
            ③  さらに、登録者の商号は、「株式会社システム企画」であり、本件ドメ
            イン名およびその要部である「RABITON」とは何ら関連性を有しないので
            あり、本件ドメイン名を自ら登録または使用する何らかの必要性があったも
            のとは認められない。
            ④  以上のように、本件においては、本件ドメイン名の登録について登録者
            が権利または正当な利益を有しないことについて申立人から一応の主張が
            なされており、本件ドメイン名の登録について権利または正当な利益を有す
            ることについては登録者が証明責任を負うと解すべきところ、登録者による
            この点の証明は不十分であるといわざるを得ない。
              なお、登録者は、本件ドメイン名の登録当時の事情を縷々述べるが、本件
            ドメイン名の登録時の事情は、直ちに本件ドメイン名について登録者が権利
            または正当な利益を有することを示すものではなく、本件においては、本件
            ドメイン名の登録自体が申立人の使用のためであることを登録者自身が認
            めるところであり、一方申立人が本件ドメイン名の登録の移転を希望してい
            ることは、本件申立てがなされたこと自体から明らかであるから、他に登録
            者が権利または正当な利益を有していることを示す事情の立証がない以上、
            登録者に本件ドメイン名に関する権利または正当な利益の存在を認めるこ
            とはできないというべきである。
     (ウ)まとめ
         以上のとおりであるので、登録者が本件ドメイン名の登録について権利または正
       当な利益を有するものと認めることはできず、よって、証明責任分配の原則により、
       本件においては、紛争処理方針第4条a(ⅱ)の要件を充足するものと認める。

(3)  本件ドメイン名の登録または使用における不正の目的の存否(紛争処理方針第4条
        a(iii)
      (ア)不正の目的と証明責任の分配
            紛争処理方針第4条bとcとを対比すれば、登録者のドメイン名が不正の目的
          で登録または使用されていることについては、申立人が証明責任を負うものと解
          すべきである。また、登録者の不正の目的は、当該ドメイン名の登録の時点、ま
          たは使用の時点において存在しなければならない。
            この点については、不正競争防止法第2条1項12号が「不正の利益を得る目
          的で、又は他人に損害を加える目的で、他人の特定商品等表示(人の業務に係る
          氏名、商号、商標、標章その他の商品又は役務を表示するものをいう。)と同一若
          しくは類似のドメイン名を使用する権利を取得し、若しくは保有し、又はそのド
          メイン名を使用する行為」と規定し、ドメイン名について権利の取得および使用
          に加え「保有」を行為態様として明確に規定していることとの対比からしても、
          紛争処理方針第4条a(iii)の「登録」とは、ドメイン名の保有を包含するもの
          ではないことは明らかであり、従って、登録についての「不正の目的」の有無は、
          ドメイン名の登録時あるいは取得時を基準に判断すべきものである。
            そして、登録者が当該ドメイン名を不正の目的で登録または使用しているもの
          と認められるためには、紛争処理方針第4条b(ⅰ)ないし(ⅳ)に規定された
          事情に例示されるような、登録者の当該ドメイン名の登録を否定すべきほどの不
          正な主観的な事情の存在が必要であるというべきである。
      (ア)不正の目的による使用
            本件ドメイン名が、現在、登録者ではなく申立人により使用されていることは
          当事者間に争いがなく、また、登録者が本件ドメイン名を不正の目的で使用して
          いること、あるいは明らかにその使用の準備をしていることについては申立人に
          よる主張・立証はない。
            よって、登録者が、本件ドメイン名を不正の目的で使用している事実は認めら
          れない。
      (イ)不正の目的による登録
             ①   譲渡対価等の要求
               申立人は、本件ドメイン名が登録者により不正の目的で登録されているこ
             とを基礎付ける事実として、2005(平成17)年12月ころ、登録者が
             申立人に対し、譲渡対価等として合計500万円を請求した事実を主張して
             おり、上記の事実については当事者間に争いがない。
               紛争処理方針第4条b(i)は、「登録者が、申立人または申立人の競業者
             に対して、当該ドメイン名に直接かかった費用(書面で確認できる金額)を
             超える対価を得るために、当該ドメイン名を販売、貸与または移転すること
             を主たる目的として、当該ドメイン名を登録または取得しているとき」には、
             当該ドメイン名の登録または使用は不正の目的であると認めることができる
             ものと規定しており、申立人の主張は、登録者の行為が上記紛争処理方針第
             4条b(i)に該当することを主張するものと解されるので、以下この点につ
             いて検討する。
               たしかに、登録者が申立人に譲渡対価等として請求した500万円という
             金額は、1995(平成7)年の本件ドメイン名登録時から譲渡対価等の請
             求時である2005年(平成17)年12月までの本件ドメイン名の登録・
             維持に要する費用を明らかに超える金額といえ、「本件ドメイン名に直接かか
             った費用」を超えるものということができる。しかしながら、紛争処理方針
             第4条b(i)は、ドメイン名に直接かかった費用を超える対価を得るために、
             「当該ドメイン名を販売、貸与、または移転することを主たる目的として、
             当該ドメイン名を登録または取得しているとき」(下線は本紛争処理パネルが
             付した)と規定していることからも明らかなように、対価の取得が当該ドメ
             イン登録または取得の時点において主たる目的であることが文言上要求され
             ている。
             ②  本件ドメイン名取得に関する経緯
               そこで、本件ドメイン名の取得に関する経緯を検討する。
               本件ドメイン名を登録した経緯について、登録者は、本件ドメイン名は申
             立人と登録者が新産業創造プログラムに共同事業者として参加するために必
             要であったことから、登録者が自己の費用と名義で登録し、これについて後
             日申立人の同意を得たものである旨主張する。
               申立人と登録者間では、1992(平成4)年3月1日付および1993
             (平成5)年3月15日付で、「業務管理受託契約」がそれぞれ締結され(甲
             1、甲2)、その後、1995(平成7年)11月20日付で、「GPMSPシステ
             ム開発委受託業務契約」(甲3、以下「GPMSP契約」という。)および「医
             薬品臨床開発試験管理システム委受託業務契約」(甲4、以下「管理システム
             契約」という。)が締結されている。本件ドメイン名の登録は、これらの契約
             が締結された後の1995(平成7)年12月25日である。GPMSP契約
             第1条によれば、申立人が登録者に開発を委託するシステムは、副作用管理
             システムと長期使用成績調査システムとされている。また、管理システム契
             約第1条によれば、申立人が登録者を顧問として任命し、これに委託する業
             務は、「医薬品臨床開発試験管理システム及びインターネットサーバー一式」
             および「兵庫県新産業創造プログラム認定に関するシステム開発」とされて
             いる。
               本件ドメイン名の登録が、管理システム契約第1条の「医薬品臨床開発試
             験管理システム及びインターネットサーバー一式」と「兵庫県新産業創造プ
             ログラム認定に関するシステム開発」のいずれに含まれるのかについては当
             事者間に争いがあるが、甲9の4および乙1によれば、申立人が事業化計画
             名を「医薬品ICOM-CD開発」とする事業について、兵庫県から新産業創造
             研究開発費補助金を平成8年度から受け、事業化を実現したが、その内容は、
             医薬品臨床開発試験データ収集・管理を二次元データコードを利用して行い、
             臨床試験のデータ収集・管理業務をFAXを使用して行うものであったが、同
             時に臨床試験データの提供をインターネットでも提供しようとするものであ
             ったことが認められる。また、申立人と登録者の共有にかかる特許権(発明
             の名称「2次元データコード及びこれを用いた情報管理システム」)も、上記
             補助金対象事業に関連して開発された発明と認めるのが相当である。
               以上の事実によれば、申立人と登録者は、兵庫県の補助金対象事業の開発
             について、申立人が登録者にシステムの開発・管理を委託し、登録者がこれ
             を受託するという関係にあったものと認められ、本件ドメイン名の登録も、
             開発対象事業との関連で行われたものと推認される。しかしながら、提出さ
             れた証拠からは、本件ドメイン名の登録、維持、管理について当事者間にい
             かなる合意があったか直接示す証拠はない。
               次に、証拠上認められる申立人と登録者間の取引関係は、いずれも申立人
             から登録者への業務委託をその内容とし、申立人が登録者に対し委託料を支
             払うというものであり(甲1ないし甲4)、「新産業創造プログラム認定事業
             進捗状況報告書」(乙1、2枚目)によれば、申立人のみが事業者として記載
             されており(登録者代表者名は担当者名として記載されている)、申立人およ
             び登録者が共同事業として新産業創造プログラムに参加していたという登録
             者の主張を裏付ける事実は認められず、その他の証拠にも登録者の上記主張
             を裏付けるものはない(たしかに、「2次元データコードリーダ及びこれを用
             いた情報管理システム」にかかる特許発明においては、申立人および登録者
             が共有特許権者に、申立人代表者および登録者代表者が共同発明者とされて
             いるが(乙2)、兵庫県の補助金対象事業に関連した発明が申立人代表者と登
             録者代表者の共同発明であり、当該発明にかかる特許が申立人と登録者の共
             有であることのみで、新産業創造プログラムに関する事業が申立人と登録者
             の本件ドメイン名を利用した共同事業であるとすることはできない。)。
               以上のとおり、本件ドメイン名の登録が申立人との共同事業のためである
             との登録者の主張は、これを認めるに足りる証拠はない。
             ③   登録料の支払い状況
               申立人が提出する甲10は、1999(平成11)年から2001(平成
             13)年までの、日本電信電話株式会社が申立人に対し発行した「口座振替
             のお知らせ」であるが、1999年度のものは、「1999年4月分」の請求
             とされ、「ドメイン名義維持管理料」として10000円と記載されており、
             また、項目名は明確でないが個数表示と思われる欄に「2」と記載されてい
             る。また、2000年分については、「2000年4月分」として、1999
             年分と同様の記載がある。さらに、2001年度のものについては、金額が
             「7000円」とあるのを除き、「2001年5月分」の請求として、199
             9年分および2000年分と同様の記載がある。これらの記載からすると、
             1999年から2001年にかけてのドメイン名維持管理料は二つのドメイ
             ン名についてのものであり、しかも、請求が4月ないし5月になされている
             ものである。ところが、本件ドメイン名は1995(平成7)年12月に登
             録されたものであり、1年単位の更新となるドメイン名維持管理料の支払請
             求は遅くとも1月ないし2月にはなされるものと考えられるから、甲10の
             請求は、本件ドメイン名についての維持管理料の請求としては時期が符合し
             ないといわなければならない。また、甲10では同時期に二つのドメイン名
             についての請求がなされているところ、本件ドメイン名の登録と時を同じく
             して他のドメイン名が登録されている事実を示す証拠はない。してみると、
             甲10のドメイン名の維持管理料の請求は、本件ドメイン名とは別のドメイ
             ン名に関する請求であると見るのが妥当である。
               一方、甲11は、2003(平成15)年から2006(平成18)年に
             かけてのNTTコミュニケーションズ株式会社から申立人に宛てた「口座振替
             のお知らせ」であるが、いずれも各年度の1月分の請求にかかるものであり、
             「JPドメイン名維持管理料」との名目で、「3500円」との記載がある。こ
             の請求の月と本件ドメイン名の登録日とは整合性があり、また、3500円
             は1つのドメイン名管理維持料であるから、これらの支払いは本件ドメイン
             名に対応するものと認めることができる。
               従って、2003(平成15)年以降は申立人が本件ドメイン名の維持管
             理料を直接支払っていたことが一応推認できるが、それ以前については申立
             人が本件ドメイン名維持管理料を直接支払っていたことを認めるに足りる証
             拠はない。
               本件ドメイン名が登録者の名義で1995(平成7)年12月に登録され
             て以降現在まで、登録が維持されていたことは明らかであるから、1996
             (平成8)年から2002(平成14)年までについても、維持管理料が支
             払われていたことは疑いなく、申立人が直接支払っていた事実が立証されて
             いない以上、1996(平成8)年から2002(平成14)年までについ
             ては、登録者が本件ドメイン名の維持管理料を支払っていたものと推認する
             ほかはない。
             ④   本件ドメイン名の使用状況
               甲12、甲13の1および2によれば、申立人は1995(平成7)年8
             月には、多額の費用をかけてインターネット環境を整備していたことが窺わ
             れ、1996(平成8)年ころには、医薬品臨床開発試験サポートシステム
             を開発し、これを事業として営業活動を行っていたことが認められる(甲9
             の4。なお、甲9の4の作成年月日については「平成7年3月作成」とある
             が、甲3、甲4によれば、当該システム開発が行われたのが平成7年11月
             以降であると考えられ、また、甲9の4の3枚目には、「1996-KA-02」
             なる表記があることなどから見ると、甲9の4は1996(平成8)年に作
             成されたものと推認できる。)
               そして、甲9の4の4枚目には、「RABITON  HOME  PAGE」、「URL:
             www.rabiton.co.jp」、「INTERNETを利用して臨床試験データの提供」な
             る表記があり、これらの記載からすれば、申立人は本件ドメイン名を199
             6(平成8)年には、その業務に使用していたことが窺える。
             ⑤  本件ドメイン名の名義に関する当事者の認識
               上述のとおり、1995(平成7)年の本件ドメイン名登録時においては、
             申立人と登録者間に管理システム契約が存在しており、この契約は兵庫県か
             らの補助金の対象となった新産業創造プログラムの事業に関連したものであ
             り、また、当該事業の実施に関してインターネット環境の存在が必要であっ
             たものと認められる。また、インターネット環境の構築についても、申立人
             が登録者に発注をしていた(甲12、甲13の1および2)。さらに、管理シ
             ステム契約では、「医薬品臨床開発試験管理システム及びインターネットサー
             バー一式」が業務委託の対象となっていた(甲4)。
               以上のような1995(平成7)年当時の申立人と登録者の関係からすれ
             ば、申立人は、インターネット環境の構築に関して登録者に依拠していたと
             いってもよい状況にあったと見られ、申立人が登録者に対し、ドメイン名の
             取得も含めたインターネット環境の整備を依頼したことは十分ありうること
             といえる。もっとも、ドメイン名の取得を依頼したとしても、登録者の名義
             による取得を依頼することは通常考えにくい。しかし、他方申立人は、19
             95(平成7)年にドメイン名を登録後、1996(平成8)年には本件ド
             メイン名を事業に使用しているにもかかわらず、2003(平成15)年ま
             では、本件ドメイン名の維持管理料を直接支払っておらず、登録者を通して
             支払っていたことが推認できる。また、申立人が本件ドメイン名の名義が申
             立人にあることを認識したのが、申立人の主張に従えば2005(平成17)
             年12月頃であり、その後ドメイン名の名義の返還を求めたとしているが、
             実際に業務について使用しているドメイン名が他人名義で登録されている事
             実を長期間にわたって知らなかったということは、通常はあり得ないことで
             あり、申立人は本件ドメイン名が登録者の名義で登録されていたことを知る
             ことが出来なかった特殊な事情の存在を主張立証していない。
               一方、上述のとおり、本件ドメイン名登録当時、申立人からシステム開発
             の委託やインターネット環境の構築のための機器の発注を受けるなど、登録
             者にとって申立人は有力な顧客であったと考えられる。このような状況で、
             申立人の意図に反して登録者名義でドメイン名を登録することは、登録名義
             が容易に確認しうることからすれば、登録者にとっては有力な顧客を失うリ
             スクを伴う行為であって、当時の登録者が置かれた状況からすると、申立人
             の明確な意思に反して行ったとは考え難い。登録者が、有力な顧客である申
             立人から将来において譲渡対価等を得ることを目的として、本件ドメイン名
             を登録するということも、当時の登録者の状況から見て不自然であって、経
             験則に反するものというべきである。また、登録者による譲渡対価等の要求
             が初めて行われたと証拠上認められるのは、本件ドメイン名が登録された1
             995(平成7)年から10年経過した後の2005(平成17)年である
             が(甲8、乙3)、この事実をもって、10年前の本件ドメイン名登録時にお
             いても、登録者が譲渡対価等を申立人に対し要求することを本件ドメイン名
             登録の主たる目的として有していたと推認することも、同じく不自然であっ
             て無理というべきである。
               以上からすれば、本件ドメイン名の登録を登録者の名義で行うことは、申
             立人の意に反するものではなく、少なくとも申立人が黙示の同意を与えてい
             たか、追認して是認したものと見るのが相当である。
             ⑥  不正の目的の判断時点
               なおこの点付言すれば、登録者の不正の目的は、ドメイン名登録の時点で
             存在する必要があることは上述のとおりであるが、ドメイン名登録時に何ら
             不正の目的を有しなかった登録者が、後に何らかの不正の目的を有するに至
             った場合でも、不正の目的をもって使用していると評価しうる場合を除いて、
             これを登録時に不正の目的があった場合と同視することは、紛争処理方針第
             4条a(iii)の規定の文言の通常の意味を超えるものというべきであるから、
             本件において、登録者が申立人に対して譲渡対価等を要求をした時点以降に、
             登録者が不正の目的で本件ドメイン名を登録したものとして扱うことはでき
             ないものと解する。
             ⑦  小括
               以上のように、本件においては、登録者が申立人に対して譲渡対価等を要
             求した事実は、紛争処理方針第4条b(i)に定める事情に該当せず、よって
             本件ドメイン名が登録者により不正の目的で登録されていたものと認めるこ
             とはできない
             ⑧  登録者の認識内容
               たしかに、登録者も、本件ドメイン名は自己の名義と費用負担により登録
             したものと主張する一方で、「本ドメインは、(中略)乙の名称を乙の許諾の元
             に(原文ママ)使用した」(答弁書1ページ)と主張しており、本件ドメイン
             名を登録した当時、すでに申立人と取引関係にあり、申立人の商号が「株式
             会社ラビトン研究所」であること、および申立人が「RABITON」を自己の
             営業表示として使用していたことを認識していた登録者が、自己の名義で
             「rabiton.co.jp」からなるドメイン名を登録することには問題がないでは
             ないとの認識を有していたのではないか、あるいは登録者は「本ドメイン名
             を共有して行ってきた事業」というようにも述べており(証拠一覧および内
             容説明書)、少なくとも本件ドメイン名が自己の単独名義により登録されたも
             のではないとの認識を有していたのではないか、という疑念も残る。
               しかしながら、紛争処理方針第4条a(iii)における不正の目的は、第4
             条b(i)ないし(ⅳ)の事情(ただし、これらの事情に限定されるものではな
             い)に例示されるように、登録者が、当該ドメイン名の登録または使用によ
             り自らが利益を得る意図、あるいは当該ドメイン名の登録または使用により
             他人に対して妨害行為を行うような意図を有しているため、登録者の当該ド
             メイン名の登録を否定しなければならないほどの不正な主観的な事情を意味
             するものと解すべきことは上述のとおりであるから、仮に登録者に上記の程
             度の認識があった場合でも、不正の目的を有するとまではいうことはできな
             いものと解すべきである。
               本件では、本件ドメイン名の登録時において、登録者が本件ドメイン名の
             登録または使用により利益を得たり、申立人の本件ドメイン名の使用を妨害
             しようとする意図を有していたものとまでは認めることができない(現に、
             申立人は、1995(平成7)年作成とされる甲9の4において、本件ドメ
             イン名を使用している事実が認められ、また現在においても本件ドメイン名
             を使用していることは当事者において争いがないから、結局、申立人は19
             95(平成7)年から現在に至るまで、本件ドメイン名の使用を継続してい
             るものと認めることができ、この間登録者により申立人の本件ドメイン名の
             使用が妨害された事実は証拠上認められない)。

      (エ)まとめ
              以上のとおり、登録者が本件ドメイン名を不正の目的で登録または使用して
          いることは、提出された全証拠によってもこれを認めることはできない。従って、
          本件においては紛争処理方針第4条a(iii)の要件を充足しない。
  6  結論
    以上によれば、紛争処理パネルは、本件ドメイン名は申立人の商号および営業表示と混
  同を引き起こすほど類似し、登録者は、本件ドメイン名について権利または正当な利益を
  有していないものと認めるものの、登録者のドメイン名は不正の目的で登録され、または
  使用されているものとは認めることができない。
    よって、紛争処理方針第4条a(iii)の要件を充足しないので、申立人の請求を棄却す
  ることとし、主文のとおり裁定する。
    なお、紛争処理方針に基づくドメイン名に関する紛争の処理は、ドメイン名に関するあ
  らゆる紛争の処理を目的とするものではなく、紛争処理方針第4条aに規定する3項目を
  満たす事情がある紛争について、その解決を図るものである。従って、例えば、当事者間
  の契約に基づくドメイン名登録移転請求権の実現は、民事裁判手続により行われるべきも
  のであり、紛争処理方針に基づく紛争の処理に馴染むものではない。また、紛争処理方針
  第4条aの要件を欠くとの判断は、ドメイン名の移転を基礎付ける法的根拠の存在を全て
  否定するものでもない。

    2006年11月21日

        日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル
        単独パネリスト  鈴  木    修
















別記(手続の経過)
(1) 申立受領日
    電子メール  2006年9月8日    書面  2006年9月19日
(2) 適式性
  日本知的財産仲裁センターは、申立書が社団法人日本ネットワークインフォーメーショ
ンセンター(JPNIC)のJPドメイン名紛争処理方針(方針)、JPドメイン名紛争処
理方針のための手続規則(規則)、JPドメイン名紛争処理方針のための補則(補則)の形
式要件を充足することを確認した。
(3) 手続開始日    2006年9月21日
    申立人はセンターに対して上記の日に規定料金を支払った。
(4) ドメイン名及び登録者の確認日
    センターの照会日(電子メール)                2006年9月8日
    JPRSの確認日及び確認内容(電子メール)
    1)  2006年9月8日
    2)  申立書に記載の登録者はドメイン名の登録者である。
    3)  登録担当者は新谷俊哉である。
(5) 登録者・登録担当者への通知日及び内容
    1)  2006年9月21日
    2)  申立書、申立通知書(郵送、ファクシミリ、及び電子メール)
    3)  答弁書提出期限   2006年10月20日
 (6) 登録者の答弁書の提出日
    2006年10月20日
  (署名・捺印済み答弁書の郵便による受領は2006年10月26日)。
(7) パネリストの選任
    単独(センターの選任)
    パネリストの氏名        弁護士  鈴木  修
(8) 申立人に対する答弁書の送付  2006年10月27日
(9) 紛争処理パネルの指名及び予定裁定日の通知日  2006年10月31日
(10) 宣言書の受領日  2006年11月2日
(11) 答弁書に対する申立人反論書の提出  2006年11月2日
    (申立人準備書面・証拠説明書・書証・委任状)
(12) 登録者・登録担当者への通知日及び内容
    1) 2006年11月6日
    2) 申立人準備書面・証拠説明書・書証
    3)  申立人反論書に対する登録者反論書提出期限   2006年11月9日
(13) 登録者は申立人反論書に対する登録者反論書を提出しなかった。
(14) 登録者・株式会社システム企画は、平成14年12月3日、商法第406条ノ3第1
     項の規定による解散登記をしている。
(15) 予定裁定日  2006年11月21日