事件番号:JP2009-0009

裁 定

申立人
  名称:  株式会社 東 芝
  住所:〒105-8001 東京都港区芝浦一丁目1番1号

  代理人; 特許業務法人 清水・醍醐特許商標事務所
       代表者 弁理士 清水徹男

登録者
  氏名(名称): Gary
  住所:〒150-8512 東京都渋谷区桜丘町26番1号セルリアンタワー11階

 日本知的財産仲裁センター紛争処理パネルは、JPドメイン名紛争処理方針、
JPドメイン名紛争処理方針のための手続規則及び日本知的財産仲裁センター
JPドメイン名紛争処理方針のための手続規則の補則並びに条理に則り、申立
書・答弁書・提出された証拠に基づいて審理を行った結果、以下のとおり裁定
する。

1 裁定主文
  ドメイン名「TOSHIBADIRECT.JP」「TOSHIBASDIRECT.JP」
「TOSHIBASDIRECTS.JP」「TOSHIBADIRECTS.JP」の各登録を、申立人に移転せよ。

2 ドメイン名  紛争に係るドメイン名は
    1.TOSHIBADIRECT.JP
    2.TOSHIBASDIRECT.JP
    3.TOSHIBASDIRECTS.JP
    4.TOSHIBADIRECTS.JP
である。なお、以下において「本件ドメイン名」というときは、特に記載
のない場合には、この4つのドメイン名を指すものとする。

3 手続の経緯
  別記の通り。

4 当事者の主張
 a 申立人
  申立人は、1875年に設立された会社を淵源とし、コンピュータを中心
とする電気機械器具製造やソフトウエア業、情報処理サービス業などを業とす
る株式会社であり、「TOSHIBA」商標を多数の国に商標登録し、商号の英文表記
を「TOSHIBA Corporation」として長年の間営業を継続している(申立書および
申立人代表者資格証明書、申立人参考資料第4号などによる)。申立人主張によ
ると、登録者(個人か法人かは定かでない)は、申立人の著名な登録商標
「TOSHIBA」ないし商号の英文表記「TOSHIBA Corporation」の識別力を有する
部分である「TOSHIBA」を要部とする本件ドメイン名(4件)を登録している。
そのことは、ドメイン名紛争処理手続において、当該ドメイン名を申立人に移
転すべき事情に該当すると申立人は述べている。すなわち、本件ドメイン名は、
いずれも申立人の商標と混同を引き起こすほどに類似し、登録者はドメイン名
について正当な利益を有しておらず、そしてドメイン名は不正の目的で登録さ
れ且つ使用されている、と申立人は主張して、本件ドメイン名を申立人に移転
するよう申し立てた。

 b 登録者
  登録者によって答弁書は提出されなかった。

5 争点および事実認定
 規則第15条(a)は、紛争処理パネルが紛争を裁定する際に拠って立つべ
き原則について、「パネルは、提出された陳述・文書および審問の結果に基づき、
処理方針、本規則および適用されうる関係法規の規定・原則、ならびに条理に
従って、裁定を下さなければならない。」と記載している。
 他方、規則5条(f)は、登録者が答弁書を提出しない場合の扱いについて
紛争処理パネルに次のように指示する。「もし登録者が答弁書を提出しないとき
には、例外的な事情がない限り、パネルは申立書に基づいて裁定を下すものと
する。」
 本件は、先に述べたとおり、登録者から答弁書が提出されていない事案であ
るが、規則5条fは、請求の認諾に相当する裁定をせよと求めているのではな
く、申立書に記載された事実に基づいて例外的な事情の有無を審理した上で裁
定をせよ、と定めているのであって、紛争処理パネルは、本件申立てが方針4
条aに規定された各要件を満たしているかどうかを審理することを当然のこと
として予定しているといわなければならない。そして、方針第4条aは、申立
人が証明しなければならない事項について、以下の通りに定めている。
 (1)登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標
その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること
 (2)登録者が、ドメイン名の登録についての権利又は正当な利益を有して
いないこと
 (3)登録者のドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること

そこで、方針第4条aに示された各事項について、以下検討する。
(1)同一又混同を引き起こすほどの類似性
 申立人は、「TOSHIBA」商標について、日本の商標登録第390978号におい
て、商品区分第7類、9類、10類、11類、12類、17類に属する商品を
指定商品とする商標登録をしている(特許電子図書館において提供されている
「商標出願・登録情報」データベース(http://www.inpit.go.jp/info/ipdl/service)
の検索結果による。なお、参考資料第6号参照)。
 他方、本件ドメイン名は、いずれも2009年10月21日に登録者によって登
録され、現在もそれらの登録は有効である。
本件ドメイン名のうち「.jp」の部分は、国別コードを表す部分に過ぎないこと
から、申立人商標等と同一か、混同を引き起こすほどに類似しているか否かを
判断する対象部分は、「.jp」を除く部分にあると考えられる。
では、第1のドメイン名「TOSHIBADIRECT.JP」の要部である
「TOSHIBADIRECT」は、申立人登録商標の「TOSHIBA」と類似するか。
これを考えるためには、「DIRECT」の文字列をいかに解するかを検討する必
要がある。「△△DIRDECT」という商標は、電化製品分野および金融商品分野
で、ネットを介した直接販売サイトにおいて次第にポピュラーになってきてい
る。例えば、電化製品メーカー直販サイトとしては、EPSON Direct(EPSON
社の直販ショップと銘打つサイト、http://shop.epson.jp/pc/)、NEC Direct
(http://www.necdirect.jp/)、日立Direct(https://hitachi-direct.com/)、ブラ
ザーディレクトクラブ(http://direct.brother.co.jp/shop/Top.do)等があり、金
融商品分野では、東京三菱UFJdirect(インターネットバンキング、
http://direct.bk.mufg.jp/)、アクサダイレクト(損害保険商品の直販、
http://www.axa-direct.co.jp/)等々、多数の例がある。すなわち、「DIRECT」
の文字列は、メーカーやサービス提供者自身が自社サイト等で商品サービスの
提供を行う意味として用いられる語であり、申立人主張の通り、特定の出所を
識別する機能が乏しい語といわなければならない。あるいは、少なくとも、メ
ーカーの販売会社(子会社の場合が通例であろう)が用いるのが通例と考えら
れる表示というべきであろう。とすれば、「TOSHIBADIRECT」は、TOSHIBA
を商標とする会社が行う直販サイトであるという認識を得るのが通例と思われ、
それは、少なくとも、申立人と密接な関連を有する会社(子会社等)が申立人
製品を販売する者が登録したと誤解をする可能性が高い文字列というべきであ
る。したがって、第1のドメイン名「TOSHIBADIRECT.JP」は、申立人登録
商標と少なくとも混同を引き起こすほど類似であると認定することができる。
さらに、第1のドメイン名である「TOSHIBADIRECT.JP」以外の3件のドメ
イン名は、①タイプミスのために生じ得る関係か、または、②単数形と複数形
の相違に過ぎない、以上のいずれかの関係を有するものということができる。
このような場合、申立人の登録商標と、第1のドメイン名が類似の関係にある
とすれば、それ以外の3件のドメイン名とも類似関係にあるとみてよいと思わ
れる。まず、第2・第3のドメイン名「TOSHIBASDIRECT.JP」
「TOSHIBASDIRECTS.JP」は、申立人により商標登録されている文字列で
ある「TOSHIBA」の語と、「DIRECT」の語の間に、英文キーボード(標準的
なqwertyキーボード)の場合には、TOSHIBAの最終文字Aの隣に配列され
る文字「S」を配し、さらにその「S」の文字は、続く「DIRECT」の当初文字
「D」とキーボード配列が隣という関係にある。キーボードの隣のキーに配さ
れる文字は、タイプミスの生じる可能性が比較的高いことは自明の理であり、
ドメイン名の場合には、このような場合も類似とみるべきである。日本知的財
産仲裁センターの先例(裁定)にはかような事案は見当たらないようであるが、
申立人商標と登録者のドメイン名がタイプミスによって生じるような関係であ
る場合(例えば登録商標「amazon.com」に対して登録ドメイン名が、
qmqzon.comである場合。Amazon.com, Inc. v. Steven Newman, WIPO Case
No. D2006-0517参照)には、類似とみてよいことが、UDRPに基づくWIPO
裁定に一般的な考えとして採用されている。UDRPと日本知的財産仲裁センタ
ーの方針は、この第1要素に関する限り同一の内容であり、WIPO裁定の考え
方を同様に採用して差し支えないものと思われる。本件事案は、申立人登録商
標が「TOSHIBADIRECT」という事例ではないが、登録商標「TOSHIBA」
と、ドメイン名「TOSHIBADIRECT.JP」が類似であるという前提の下におい
ては、登録商標に類似するドメイン名とタイプミスの関係にあるものは、申立
人商標と類似と見るべきであると考える。一般に、登録商標と類似するドメイ
ン名Aと類似しているドメイン名Bをみるとき、Bが即座に登録商標と類似す
る(類似の類似は類似)と判断することは適切でない場合もあろうが、本件の
ように、BがAとタイプミスのような極めて混同の危険性が大きい場合におい
ては、Bが登録商標と類似するとの判断も許されると解すべきである。さらに、
第4のドメイン名「TOSHIBADIRECTS.JP」は、第1のドメイン名の比較対
象部分に英語における一般的な複数形に用いられる文末の「S」を付記したも
のということができる。この付記は、独立した意味を有しない「S」の付記に
すぎないものであるから、上記と同様の論理で、申立人商標と類似すると認定
することができる。
以上のように考えると、本件ドメイン名はいずれも申立人商標と混同を引き起
こすほどに類似であると認定することができる。

 (2)権利又は正当な利益
 登録者は、指定期日までに答弁書を提出していない。そのため、本件紛争処
理パネルは、登録者の使用事実について確認する手段がなく、また、
TOSHIBADIRECTなどの文字列について、登録者名である「Gary」ないし登録者が
主宰するビジネスなどが一定の関係を有すると本件紛争処理パネルが判断すべ
き特段の事情も、見当たらない。さらに、登録者は、本件ドメイン名を用いて
アクセスしてきたユーザーを、申立人の米国子会社(Toshiba America
Information Systems, Inc. との名称の法人で、そのドメイン名は、
TOSHIBADIRECT.COMである)の真正なウエッブサイトに、直接つながるように、
すなわち改めてリンクすることなく自動的につながるように(リダイレクト、
参考資料第3号参照)設定している。この事実は、登録者は少なくとも申立人
の米国子会社の存在を熟知しており、そのウエッブサイト内に何度も用いられ
る「Toshiba」商標が、日本の企業である申立人を表示することを知らなかった
はずはないことを強く推認させる。したがって、方針4条cに規定される登録
者側の正当化事由、すなわち、方針4条c(i)に規定される正当な目的や、同
(iii)に規定されるような申立人商標を利用して商業上の利得を得る意図がな
い公正な利用を認定するのは、極めて難しい。加えて、「TOSHIBA」商標を、関
係会社以外に使用許諾した事実は過去に一切存在せず、登録者に対して許諾し
た事実もないと申立人が述べている(申立書6頁)ことからすると、登録者は、
権利または正当な利益を有しているとはいえないと認定することができる。
(3)不正の目的での登録及び使用
 a)ドメイン名「TOSHIBADIRECT.JP」
 本件ドメイン名は、いずれも申立人主張の通り、申立人の米国子会社
(Toshiba America Information Systems, Inc.)の真正なウエブサイトにリ
ダイレクト設定されている。リダイレクトのようにドメイン名が使用されるこ
と自体は、違法とはいえないし、リダイレクト先が登録者自身のウエッブサイ
トでないことは、4条b(iv)に規定される不正目的の認定に直接つながる事実と
いうこともできない。4条b(iv)の規定は、例えば、「TOSHIBADIRECT.JP」
のドメイン名が、登録者自身のサイトにアクセスするように使用され、そこで
登録者自身の商品等が販売されているときに該当するのであり、本件事実関係
はこれと異なっているからである。その意味では、リダイレクトさせることそ
のものが、申立人と何らかの関係があるかのごとくに世人を誤認させるものと
いう申立人主張をそのまま採用することはできない。
 しかしながら、リダイレクト先が、申立人の米国子会社の直販サイトである
ということは、携帯電話、パソコン、サーバ等のコンピュータ関連商品を主力
販売商品としている申立人の事業展開(申立人参考資料第4号)からすると、
申立人の事業を混乱させる可能性を否定することはできない。申立人の米国子
会社の製品は、基本的に英語圏のユーザーが使用するためのPC等を販売して
いる(申立人参考資料第3号に示された申立人米国子会社の公式ウエッブサイ
トに記載された販売内容によると、windows7のupgradeをはじめとしてす
べて英語システムを前提とした販売に特化されているようである)。他方、ドメ
イン名「TOSHIBADIRECT.JP」によってアクセスできるサイトは、「.jp」ド
メインであるから、日本語サイトが通例のものと想定される。だとすれば、
「TOSHIBADIRECT.JP」ドメイン名によってアクセスできるサイトが英語表
記のみのサイトであって、英語システムのコンピュータしか販売していないと
すれば、たとえ出所の誤認が生じていないとしても、日本語システムのコンピ
ュータを求めて申立人東芝の直販サイトを探しにいったインターネットユーザ
ーは、目的サイトにたどりつけないこととなり、その結果、申立人の事業展開
が混乱させられる可能性があることは、容易に想起できるであろう。方針第4
条b(iii)の規定では、「競業者の事業を混乱させることを主たる目的として、当
該ドメイン名を登録しているとき」に不正目的を認定するとされており、登録
者が個人である場合に「競業者」といえないし、不正目的の登録ではなく使用
が問題なのだから、本項を適用できないのではないかという指摘もあるかもし
れないが、方針4条bただし書に定めてある通り、これら事情に限定されるこ
となく不正目的の登録または使用を認定することは可能である。したがって、
ドメイン名「TOSHIBADIRECT.JP」は不正目的で使用されているものと認定
することが出来る。
 b)ドメイン名「TOSHIBASDIRECT.JP」、「TOSHIBASDIRECTS.JP」および
「TOSHIBADIRECTS.JP」
  先に見たとおり、第1のドメイン名「TOSHIBADIRECT.JP」が不正目的の使
用とすれば、それ以外のドメイン名はどうか。いずれも、第1のドメイン名の
場合と同様に、申立人米国子会社の真正なウエッブサイトにリダイレクトされ
ている。それによって、申立人事業は混乱を生じる可能性がある。加えて、こ
れらのドメイン名が登録されていることによって、申立人は、自らの直販サイ
トに用いる目的で登録することが妨害されている結果となる可能性が高い。申
立人商標そのものがドメイン名に使えなくなるわけではないので、方針第4条
b(ii)に規定された事実に直接あてはまるわけではないが、タイプミスを誘う
類似ドメイン名を複数登録し、また単に複数形の「S」を付記しただけのドメイ
ン名を登録するなどのように、およそその目的が正当化しにくい行為を重ねて
いる登録者について、同項の規定に準じてそれらの登録が不正目的の行為であ
ると認定せざるを得ないものと考える。

6 結論
 以上に照らして、本件紛争処理パネルは、登録者によって登録されたドメイ
ン名「TOSHIBADIRECT.JP」「TOSHIBASDIRECT.JP」「TOSHIBASDIRECTS.JP」
「TOSHIBADIRECTS.JP」が、いずれも申立人の商標と混同を引き起こすほど類似
し、登録者が、本件各ドメイン名について権利又は正当な利益を有しておらず、
登録者のドメイン名が不正の目的で使用されている(ないしは不正の目的で登
録されている)ものと認定する。
 よって、方針第4条iに従って、ドメイン名「TOSHIBADIRECT.JP」
「TOSHIBASDIRECT.JP」「TOSHIBASDIRECTS.JP」「TOSHIBADIRECTS.JP」の各登録
を申立人に移転するものとし、主文のとおり裁定する。

   2010年2月18日

   日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル
                        佐藤 恵太
                        単独パネリスト


別記(手続の経過)

(1)申立書受領日
   電子メール 2009年12月11日 書面 2009年12月11日
(2)手数料受領日
   2009年12月11日 申立手数料の受領確認
(3)ドメイン名及び登録者の確認
   2009年12月11日 JPRSへ照会
   2009年12月11日 JPRSから登録情報の確認
   確認内容:申立書に記載された登録者はドメイン名の登録者であること
(4)適式性
   日本知的財産仲裁センター(以下、センターという。)は、2009年
   12月14日に、処理方針と規則に照らし、申立書の記載の一部の補正及
   び証拠一覧表並びに証拠説明書の追完を求めることが相当と判断してこの
   旨を連絡し、2009年12月16日に上記に対応する補正及び追完書類
   を受領した。
(5)手続開始日 2009年12月16日
   手続開始日の通知 2009年12月16日
   申立人らへ通知(電子メール、ファクシミリ及び郵送)
(6)申立書等の登録者への通知日
   2009年12月16日(電子メール及び郵送)
   申立書及び証拠等一式を登録者に通知したが、郵送分は「あて所に尋ね
   あたりません」として、2009年12月22日、センター宛返送され
   た。
(7)答弁書の提出の有無及び提出日
  1)センターが申立書通知と同時に通知した答弁書提出期限
    2010年1月21日
  2)答弁書の提出
  センターは、提出期限日までに答弁書を受領しなかった。
  3)答弁書不提出通知書の送付日とその内容 2010年1月22日
    「答弁書の提出はなかったものと見做す」旨の答弁書不提出通知書を、
    電子メールとファクシミリにて申立人及び登録者(ファクシミリ番号
    不明のため、電子メールのみ)に送付した。
(8)パネリストの選任 2010年1月28日
   申立人らは1名のパネルによって審理・裁定されることを選択。
   中立宣言書の受領日:2010年2月1日
   パネリスト:佐藤 恵太
(9)紛争処理パネルの指名及び裁定予定日の通知
   2010年1月28日 JPNIC及びJPRSへ通知(電子メール)
              申立人(電子メール、ファクシミリ及び郵送)
              及び登録者(電子メール)へ通知
   裁定予定日:2010年2月18日
(10)パネリスト指名書及び一件書類受け渡し
   2010年1月28日(電子メール及び郵送)
(11)パネルによる審理・裁定
   2010年2月18日 審理終了、裁定。