事件番号:JP2023-0011

                  裁 定
  申立人:
  氏名(名称):カヤバ株式会社
  住所:東京都港区 ●(省略)●
  代理人:弁理士 須藤 淳


  登録者:
  氏名(名称):(仮登録)株式会社 KYB システム(山本武志)
  住所: 宮城県仙台市 ●(省略)●

 日本知的財産仲裁センター紛争処理パネルは、JPドメイン名紛争処理方針、
JPドメイン名紛争処理方針のための手続規則および日本知的財産仲裁センタ
ーJPドメイン名紛争処理方針のための手続規則の補則ならびに条理に則り、申
立書・提出された証拠に基づいて審理を遂げた結果(登録者からの答弁書の提
出はなかった)、以下のとおり裁定する。

1 裁定主文
 ドメイン名「KYB-KSM.CO.JP」の登録を申立人に移転せよ。

2 ドメイン名
 紛争に係るドメイン名は「KYB-KSM.CO.JP」(以下、本件ドメイン名と呼ぶ)
である。

3 手続の経緯
 別記のとおりである。

4 当事者の主張
 a 申立人
 申立人は、以下のように述べた上で、本件ドメイン名が、申立人が権利また
は正当な利益を有する商標その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似
していると主張する。すなわち、現時点において本件ドメイン名はJPRSに登録
されている(甲第2号証)。申立人は、主に自動車部品及び油圧製品を製造販
売する会社であり、当該技術分野において「KYB」ブランドは、国内外において
著名である。また、申立人は、「KYB」という標準文字による登録商標(登録番
号第5223930号,登録番号第5654940号,登録番号第5655182号(以下、「本件登
録商標」と呼ぶ))の商標権者であり(甲第3号証,甲第4号証,甲第5号証)、そ
の他にも、KYBをロゴ化した多数の登録商標を有している。申立人は、本件登
録商標及び KYB をロゴ化した登録商標を、自動車の緩衝器、二輪車のサスペン
ション、建設機械のシリンダ、ミキサ車のミキサドラム、制振用オイルダンパ、
オイルシール等の多数の商品及びこれらに関連する役務について使用している。
他方で、本件ドメイン名のうち、「-KSM」の部分は日本語としては意味をなさ
ない一方、「KYB」の部分は申立人の著名な商標と同一であるため、本件ドメイ
ン名の要部は「KYB」の部分である。本件ドメイン名の要部と本件登録商標は同
一であるため、本件ドメイン名は、本件登録商標と混同を引き起こすほど類似
していることは明らかである。
 また、申立人は、以下のように述べた上で、登録者が、本件ドメイン名に関
係する権利または正当な利益を有していないと主張する。すなわち、申立人は、
登録者「株式会社 KYB システム」に、申立人の登録商標に係る商標の使用、及
び、本件ドメイン名の登録及び使用について許諾していない。また、申立人の
調べる限り、登録者「株式会社 KYB システム」名義の商標権は存在しないし、
「KYB-KSM」及び「KYBKSM」を商標とする商標権は存在しない。以上の事情から、
登録者が、本件ドメイン名に関係する権利又は正当な利益を有することはあり
得ない。
 さらに、申立人は、以下のように述べた上で、本件ドメイン名が不正の目的
で登録または使用されていると主張する。すなわち、本件ドメイン名は、申立
人の子会社で0あったカヤバシステムマシナリー株式会社(2021年7月1日に申
立人であるカヤバ株式会社に吸収合併され消滅会社となっている)が 2022年4
月14日まで契約していたドメイン名であり(甲第6号証)、同社は、親会社のカ
ヤバ株式会社の「KYB」ブランドと、社名の英語表記(KAYABA SYSTEM MACHINERY
Co.,Ltd.)の頭文字「KSM」とを組み合わせて本件ドメイン名を使用していた。
他方で、登録者のウェブサイトには、申立人が取り扱っている製品の一つであ
る制振用オイルダンパを含む「制震装置」の文言がある。以上の事実から、登
録者は、申立人の事業を混乱させるため、或いは、申立人と何らかの関連性が
あると見せるために、不正の目的を持って本件ドメイン名を登録したことは明
らかである。

 b 登録者
 登録者によって答弁書も何らの証拠も提出されなかった。

5 争点および事実認定
 規則第15条(a)は、パネルが紛争を裁定する際に使用することになっている
原則についてパネルに次のように指示する。「パネルは、提出された陳述・書
類および審問の結果に基づき、処理方針、本規則および適用されうる関係法規
の規定・原則、ならびに条理に従って、裁定を下さなければならない。」
 方針第4条aは、申立人が次の事項の各々を証明しなければならないことを
指図しており、以下、順に検討する。
(i)登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他
表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること
(ii)登録者が、当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していな
いこと
(iii)登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること

 (1)同一または混同を引き起こすほどの類似性
 方針第4条a(i)については、本件ドメイン名のうち「KYB」の部分は申立人
が権利を有する本件商標と同一といえる。
 もっとも、本件ドメイン名には「KYB」の後に「-KSM」なる部分が付加されて
いる。しかし、申立人も主張するように、「-KSM」なる部分は単独では通常は
日本語としては意味をなさないため、「KYB-KSM」なる部分は申立人が権利を有
すると認められる本件商標と混同を引き起こすほど類似しているとも評価でき
る。
 加えて本件には、申立人がかつて子会社としてカヤバシステムマシナリー株
式会社(以下、「本件子会社」と呼ぶ)を有しており、かかる本件子会社の社
名の英語表記が「KAYABA SYSTEM MACHINERY Co.,Ltd.」であったという事情も
存在する。すなわち、その頭文字は「KSM」であり、「KYB」なる商標を用いる
申立人のグループ企業であることを示すために、本件子会社は「KYB-KSM」とい
う語を創作し、実際にこれをドメイン名として登録及び使用していた。その後、
本件子会社が2021年7月1日に申立人に吸収合併された結果、当該ドメイン
名は2022年4月14日の登録抹消まで申立人に実質的に引き継がれていた。こ
のような事情を考慮すると、「KYB-KSM」なる語自体が、申立人が正当な利益を
有するその他表示であるとも評価できる。
 以上より、本件ドメイン名については、申立人が権利または正当な利益を有
する商標その他表示と「同一または混同を引き起こすほどの類似性」があると
いえる。

 (2)登録者の当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益
 方針第4条a(ii)に関しては、同条cにおいて三つの事情が列挙されており、
これらの事情のうち一つでも認められれば、登録者に当該ドメイン名に関係す
る権利または正当な利益を有していると認めなければならない。
 この点、「(ii)登録者が、商標その他表示の登録等をしているか否かにかか
わらず、当該ドメイン名の名称で一般に認識されていたとき」に関し、申立人
は、「KYB-KSM」なる本件ドメイン名との関係で、登録者に対して、申立人の「KYB」
なる登録商標に係る商標の使用を許諾しておらず、また、申立人の調べる限り、
登録者名義の商標権は存在しないし、「KYB-KSM」や「KYBKSM」を商標とする商
標権も存在しないとも主張しており、これに反する証拠はいずれからも提出さ
れていない。
 もっとも、商標その他表示の登録等をしていないとしても、登録者が「当該
ドメイン名の名称で一般に認識されていた」のであれば別である。また、「(i)
登録者が、当該ドメイン名に係わる紛争に関し、第三者または紛争処理機関か
ら通知を受ける前に、商品またはサービスの提供を正当な目的をもって行うた
めに、当該ドメイン名またはこれに対応する名称を使用していたとき、または
明らかにその使用の準備をしていたとき」も、登録者の「当該ドメイン名に関
係する権利または正当な利益」を認めなければならない。このこととの関係で、
本件ドメイン名が「KYB-KSM」である一方で、登録者の名称が「株式会社 KYB シ
ステム」であることについては、検討の必要がある。
 これに関して、申立人は「上申書」において以下のように述べている。すな
わち、「本件ドメイン名は、申立人と何ら関係のないKYBKSM株式会社により2
022年9月1日に仮登録(以下、「1回目の仮登録」という)され、この仮
登録に対して申立人は、2023年3月31日付けで日本知的財産仲裁センタ
ーにJPドメイン名紛争処理方針に基づく申立書(以下、「1回目の申立書」と
いう)を提出しました(事件番号:JP2023-0004)。」「しかし、本件ドメイン
名は、仮登録期間中に本登録の手続きがされなかったため、仮登録期間満了を
もって2023年4月1日に抹消されました。事件番号:JP2023-0004は、対
象ドメイン名が仮登録期間中に本登録の手続きがされず抹消されたため、対象
ドメイン名の登録者が存在しないことを理由に手続開始が中断されました。そ
の後、1回目の申立書は見做し取り下げとなり、手続終了となりました。」「申
立人は、仮登録期間後の一次凍結期間の満了(2023年9月30日)をもっ
て、本件ドメイン名の新規登録申請を行う予定でありましたが、一次凍結期間
満了直後の2023年10月1日に登録者「株式会社KYBシステム」により再
び仮登録(以下、「2回目の仮登録」という)されたため、この度、再度申立
書(以下、「2回目の申立書」という)を提出しました。」「1回目の仮登録
の登録者「KYBKSM株式会社」と2回目の仮登録の登録者「株式会社KYBシステ
ム」は、名称が異なりますが、登録されている担当者名や電子メールアドレス
は一致しているため、何らかの関係があることは明らかです。」「申立人とし
ては、2回目の仮登録の期間に本登録の手続きがされず本件ドメイン名が再度
抹消され、一次凍結期間を経て登録者に再度仮登録されるという事態は何とし
ても避けたいと考えています。そこで、2回目の仮登録の期間満了(2024年4
月30日)までに、移転の裁定を頂戴し、本件ドメイン名が登録されることを希
望致します。」
 かかる上申の内容を前提とすれば、本件ドメイン名に関しては、近く法人登
記を予定していると主張する「KYBKSM株式会社」により2022年9月1日に
仮登録がなされたが、本登録手続が無いままに仮登録期間満了によって202
3年4月1日に本件ドメイン名が抹消され、しかしその後、仮登録期間後の一
次凍結期間が2023年9月30日に満了すると、直後の2023年10月1
日に近く法人登記を予定していると主張する登録者「株式会社KYBシステム」
により再び仮登録がされるという極めて奇妙な経緯が存在するということにな
る。この経緯に、1回目の仮登録の登録者「KYBKSM株式会社」と2回目の仮登
録の登録者「株式会社KYBシステム」の担当者名や電子メールアドレスが一致
しているという点を加味すると、登録者の本件ドメイン名の登録は、申立人の
本件ドメイン名の登録・使用の妨害をもっぱら目的とするものであり、企業活
動の実態を伴うものではないと評価せざるを得ない。とすれば、登録者が、(ii)
「当該ドメイン名の名称で一般に認識されていた」、あるいは、(i) 「当該ド
メイン名に係わる紛争に関し、第三者または紛争処理機関から通知を受ける前
に、商品またはサービスの提供を正当な目的をもって行うために、当該ドメイ
ン名またはこれに対応する名称を使用していたとき、または明らかにその使用
の準備をしていたとき」に該当するとは、到底認められないということになり、
これに反する証拠はいずれからも提出されていない。
 最後に、「(iii)登録者が、申立人の商標その他表示を利用して消費者の誤認
を惹き起こすことにより商業上の利得を得る意図、または、申立人の商標その
他表示の価値を毀損する意図を有することなく、当該ドメイン名を非商業的目
的に使用し、または公正に使用しているとき」との関係では、登録者が本件ド
メイン名を「非商業的目的」での使用や「公正」に使用をしていた事情は何ら
確認できず、これに反する証拠はいずれからも提出されていない。
 以上より、登録者は、本件ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有
してはいない。

 (3)不正の目的での登録または使用
 方針第4条a(iii)については、同条bにおいて幾つかの事情が列挙されて
おり、これらの事情のうち一つでも認められれば、登録者の当該ドメイン名は
「不正の目的での登録または使用」されていることになる。
 この点、申立人は、申立人の子会社が(親会社たる申立人に吸収合併される
前まで)親会社のカヤバ株式会社の「KYB」ブランドと社名の英語表記の頭文字
「KSM」とを組み合わせて本件ドメイン名を登録・使用していた点、及び、登録
者のウェブサイトにおいて申立人が取り扱っている製品の一つである制振用オ
イルダンパを含む「制震装置」の文言がある点から、登録者の「申立人の事業
を混乱させる」あるいは「申立人と何らかの関連性があると見せる」といった
「不正の目的」を主張しており、これに反する証拠はいずれからも提出されて
いない。すなわち、(iii)「登録者が、競業者の事業を混乱させることを主たる
目的として、当該ドメイン名を登録しているとき」に該当するとの評価が可能
である。
 加えて、上記で検討したように、登録者の本件ドメイン名の登録は、申立人
の本件ドメイン名の登録・使用の妨害をもっぱら目的とするものと評価するこ
とができるのであり、そうであるとすると、(ii) 「申立人が権利を有する商標
その他表示をドメイン名として使用できないように妨害するために、登録者が
当該ドメイン名を登録し、当該登録者がそのような妨害行為を複数回行ってい
るとき」にも該当するといえ、これに反する証拠はいずれからも提出されてい
ない。
 以上より、本件ドメイン名は、不正の目的で登録または使用されている。

6 結論
 以上に照らして、紛争処理パネルは、登録者によって登録された本件ドメイ
ン名が申立人の商標と混同を引き起こすほど類似し、登録者が本件ドメイン名
に関係する権利または正当な利益を有しておらず、登録者の本件ドメイン名が
不正の目的で登録または使用されているものと判断する。
 よって、方針第4条iに従って、ドメイン名「KYB-KSM.CO.JP」の登録を申立
人に移転するものとし、主文のとおり裁定する。

   2024年2月22日

    日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル
           単独パネリスト    早川 吉尚

別記 手続の経緯

(1)申立書の受領
 日本知的財産仲裁センター(以下「センター」という。)は、2023年1
0月30日に申立書(添付する関係書類を含む。)を申立人から電子的送信に
より受領した。

(2)申立手数料の受領
 センターは、2023年11月2日に申立人より申立手数料を受領した。

(3)ドメイン名及び登録者の確認
 センターは、2023年11月2日にJPRSに登録情報を照会し、202
3年11月2日にJPRSから申立書に記載された登録者が対象ドメイン名の
登録者であることを確認する回答並びにJPRSに登録されている登録者の電
子メールアドレス及び住所等を受領した。

(4)適式性
 センターは、2023年11月7日に補正(申立書の記載事項の修正)が必
要と判断してその旨を申立人に通知し、2023年11月10日に補正書類を
受領した。
 センターは、2023年11月16日に補正(申立書の記載事項の修正)が
必要と判断してその旨を申立人に通知し、2023年11月21日に補正書類
を受領し、2023年11月21日に申立書が処理方針と手続規則に照らし適
合していることを確認した。

(5)手続開始
 センターは、2023年11月28日に申立人、JPNIC及びJPRSに
対し電子的送信により、手続開始を通知した。センターは、2023年11月
28日に登録者に対し郵送及び電子メールにより、開始通知を送付した。開始
通知により、登録者に対し、手続開始日(2023年11月28日)、答弁書
提出期限(2023年12月26日)並びに書面の受領及び提出のための手段
について通知した。但し登録者の住所に送付した通知は「あて名不完全で配達
できません」として返送された。

(6)答弁書の提出
 センターは、提出期限日までに答弁書を受領しなかったので、2023年1
2月27日に「答弁書の提出はなかったものと見做す」旨の答弁書不提出通知
書を、電子的送信により申立人及び登録者に送付した。

(7)パネルの指名及び裁定予定日の通知
 申立人は、1名のパネルによって審理・裁定されることを選択し、センター
は、2024年1月9日に弁護士早川吉尚を単独パネリストとして指名し、一
件書類を電子的送信によりパネルに送付した。センターは、2024年1月9
日に申立人、登録者、JPNIC及びJPRSに対し電子的送信により、指名
したパネリスト及び裁定予定日(2024年1月29日)を通知した。パネル
は、2024年1月10日に公正性・独立性・中立性に関する言明書をセンタ
ーに提出した。

(8)書類の追加送付、答弁書の提出要請及び裁定期限の延長
 センターは、2024年1月19日に、登録者に対し、電子的送信により、
申立書と同時提出の上申書を追加で送付し、改めて答弁書の提出期限(202
4年2月19日)を通知し、答弁書の提出を求めた。パネルは、2024年1
月19日に、申立人及び登録者に対し、手続規則第10 条(c)ただし書きの
規定により、本件裁定期限を2024年3月11日まで延長する旨を電子的送
信により通知した。センターは、2024年1月19日に、JPNIC及びJ
PRSに対し、手続規則第10 条(c)ただし書きの規定により、本件裁定期
限を2024年3月11日まで延長する旨を電子的送信により通知した。セン
ターは、提出期限までに答弁書を受領しなかったことを確認した。

(9)パネルによる審理・裁定
 パネルは、2024年2月22日に審理を終了し、裁定を行った。