事件番号:JP2025-0003
裁定
- 申立人:
-
(名称)ベンラス ホールディングズ、エルエルシー
(住所)米国 02903 ロードアイランド州 ●(省略)● - 代理人:
-
弁理士 杉村 憲司
弁護士・弁理士 杉村 光嗣
弁護士・弁理士 深津 拓寛
弁護士・弁理士 渡辺 窓花
弁理士 中山 健一
弁理士 門田 尚也 - 登録者:
-
(氏名)青木伸也
(公開連絡窓口)マーサインターナショナル株式会社
(住所)東京都台東区 ●(省略)● - 代理人:
-
弁護士 赤坂屋 潤
弁護士 岩瀬 睦弥
日本知的財産仲裁センター紛争処理パネルは、JPドメイン名紛争処理方針(以下「処理方針」という。)、JPドメイン名紛争処理方針のための手続規則(以下「手続規則」という。)及び日本知的財産仲裁センターJPドメイン名紛争処理方針のための手続規則の補則並びに条理に則り、申立書・答弁書・追加の陳述書・提出された証拠に基づいて審理を遂げた結果、以下のとおり裁定する。
1 裁定主文
ドメイン名「BENRUS.JP」の登録を申立人に移転せよ。
2 ドメイン名
紛争に係るドメイン名(以下「本件ドメイン名」という。)は「BENRUS.JP」である。
3 手続の経緯
別記のとおりである。
4 背景となる事実
申立人は、世界各国において、「BENRUS」に係る複数の商標を保有している(甲1の1~10)。日本においては、2024年11月15日に商標登録出願をしているにとどまる(甲2)。
本件ドメイン名は、2021年11月2日に登録された(甲3)。
5 当事者の主張
a 申立人
申立人の主張は以下のように、整理できる。
(1)「登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること」について
申立人は、1921年に創業された老舗高級時計メーカーであり、ニューヨークを拠点として、100年以上にわたり高品質な製品を製造・販売してきた。申立人は、法人の名称と同名のブランド(以下「BENRUSブランド」という。)について、グローバルにビジネスを展開しており、世界各国においてBENRUSブランドに係る複数の商標(以下、総称して「BENRUS商標」という。)を保有している(甲1の1~10)。日本においては、2024年11月15日、BENRUSブランドに係る商標を出願している(甲2)。
申立日時点において本件ドメイン名のうち、「JP」は単に国別トップレベルドメインに過ぎないため、本件ドメイン名における識別機能を果たす部分、すなわち要部は「BENRUS」の文字部分である。そして、当該文字部分は、BENRUS商標に使用される文字列である「BENRUS」又は「Benrus」と実質同一である。したがって、本件ドメイン名が、申立人所有のBENRUS商標と混同を引き起こすほど類似していることは明らかである。
(2)「登録者が、当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないこと」について
まず、本件ドメイン名は、登録者の名称に由来するものではなく、登録者が本件ドメイン名の名称で一般に認識されていたという事実は存在しない。BENRUSは特に意味を有しない造語であり、登録者が偶然に申立人と同一の標章を採択したとは考えにくい。申立人のブランドBENRUSは創業者であるBenjamin Lazrusの姓名に基づく造語である。
次に、登録者の公開連絡窓口であるマーサインターナショナル株式会社(甲3、以下「マーサ社」という。)が運営する本件ドメイン名をURLに使用したウェブサイト(甲13、以下「登録者ウェブサイト」という。)において、マーサ社は、申立人の歴史を含む情報及びBENRUSブランドを紹介し、BENRUS商標をデザインに使用した商品及びBENRUSブランド商品と称する時計商品を販売している(甲4、甲5の1~21)。したがって、登録者ウェブサイトにおけるBENRUSが申立人を意味していることは明らかである。しかし、申立人が登録者及びマーサ社に対してBENRUS商標の使用を承諾したことはなく、その他何らの取引関係も存在しない。なお、登録者はマーサ社が運営する腕時計のオンラインストア(NORDIC FEELING)の販売責任者を務めている(甲14の1~2)。
また、J-Plat Patで検索したところ、申立人が出願した上記商標(甲2)以外に、アルファベット「BENRUS」についての商標は、株式会社マルマンプロダクツを権利者とする1件のみしか存在せず(甲6の1~2)、登録者が、我が国において、「BENRUS」に係る商標登録を所有している事実は存在しない。申立人と株式会社マルマンプロダクツとの間にも、申立人設立から現在に至るまで何らの取引関係も存在しない。
すなわち、登録者及びマーサ社は、登録者ウェブサイトにおいて、BENRUSブランドの正当な権利者である申立人との間に何らの取引関係がないにもかかわらず、そのような取引関係があるかのような外観を作出し、商品を販売している。これは、BENRUSブランド商品購入を希望する消費者に対し、登録者又はマーサ社は申立人から正当な販売権限を付与されているとの誤認を生じさせ、不当に商業上の利益を得ることを企図しているからにほかならない。
したがって、登録者が商品またはサービスの提供を正当な目的をもって行うために、本件ドメイン名またはこれに対応する名称を使用している事実、あるいはその使用の準備をしている事実(処理方針4条c(ⅰ))も、登録者が、申立人の商標その他表示を利用して消費者の誤認を惹き起こすことにより商業上の利得を得る意図、または、申立人の商標その他表示の価値を毀損する意図を有することなく、本件ドメイン名を非商業的目的に使用し、または公正に使用している事実(処理方針4条c(ⅲ))も存在しない。
以上より、登録者が、本件ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないことは明らかである。
(3)「登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること」について
ア 申立人との取引関係があることをインターネット利用者に誤認させる態様で商品を販売していること
上記のとおり、登録者及びマーサ社は、登録者ウェブサイトにおいて、BENRUSブランドの正当な権利者である申立人との間に何らの取引関係がないにもかかわらず、そのような取引関係があるかのような外観を作出し、商品を販売している。
通常、自分の開設するウェブサイト上で製品を販売する場合、まず、その商号の要部を利用したドメイン名を採択・登録するのが一般的である。実際、マーサ社は、本件ドメイン名以外にも、自社名をドメイン名に使用した「marsainc.co.jp」を登録している(甲7の1)。マーサ社は、「marsainc.co.jp」をURLとして使用したウェブサイトにおいても、BENRUSブランドに言及し商品を販売しており、BENRUSブランドを含む複数のブランドを「輸入代理店」ブランドと紹介し(甲7の2)、BENRUSブランドに特に言及したページでは、「オフィシャルWEB」として登録者ウェブサイトのURLを掲載している(甲7の3)。
しかしながら、申立人と登録者及びマーサ社の間に何らの取引関係もない。BENRUSは特に意味を有しない造語であり、登録者が偶然に申立人と同一の標章を採択したとは考えられない。多くのインターネット利用者が、ドメイン名が特定の固有名詞と同一の文字列を有する場合には、当該固有名詞がドメイン名の登録者の名称又は登録者のブランド名であると考える。また、インターネット利用者は、検索エンジンを利用してある商品又はブランドを検索したいとき、当該商品のメーカーの名称やブランド名をキーワードとしてウェブサイトを検索するのが一般的である。したがって、例えば消費者がBENRUSブランド製品について情報を得ようと思い「BENRUS」をキーワードとして検索した結果「BENRUS.JP」というドメイン名のウェブサイトを発見した場合、インターネット利用者は、当該ウェブサイトがBENRUSブランドの日本公式サイトと認識する可能性が高い。
さらにマーサ社は、「marsainc.co.jp」をURLとするウェブサイトの他複数の媒体でも、BENRUSブランドの「輸入総代理店」(甲8の1~4)、「正規輸入代理店」(甲9)、「日本公式アカウント」(甲10の1~2)を名乗っているため、上記インターネット利用者のウェブサイト検索時におけるドメイン名登録者に対する認識傾向とあいまって、インターネット利用者による誤認可能性が増長されることになる。これにより、インターネット利用者には、登録者ウェブサイトは申立人の日本での公式・公認ウェブサイトであるとの誤認を生じさせることになる。このような行為は、BENRUSブランドの名声にただ乗りし、自己のウェブサイトに顧客を誘導して不当に商業上の利益を得ようとする行為である。
なお、登録者ウェブサイト(甲5の1~21)、プレスリリース(甲8の1~4)及び外部販売サイト(甲9)では、取扱商品はBENRUSブランドの商品の「復刻」デザインである旨の記載がされている。実際に、登録者ウェブサイトの一部商品は、申立人が自ら「Reissue」として販売した商品と類似のデザインを使用している(甲11)。しかしながら、登録者ウェブサイトで販売される各商品も、申立人の承知していない、申立人が製造・販売するBENRUSブランド製品とは異なる製品である。申立人は登録者及びマーサ社に対し、過去及び現在のBENRUSブランド商品のデザインの使用や変更を許諾したことはないため、登録者ウェブサイトでBENRUSブランドを騙って販売されている各商品は、全てBENRUSブラント商品の偽造品である。
イ 申立人からの通知書に対し何らの反応も示さないこと
申立人は、2024年11月15日、代理人を通じて、2024年10月7日当時本件ドメイン名の登録者であったマーサ社に対し、メールにて本件ドメイン名についての通知書を送付した(甲12)。しかしながら、マーサ社は、申立人に対して、何らの返答もすることなく、本件ドメイン名の「登録者」を現在の登録者である青木伸也に変更した上で、本件ドメイン名を使用し続けている。
このことから登録者及びマーサ社は、登録者ウェブサイトがBENRUSブランドの日本公式サイトであるかのような誤認・混同をインターネット利用者に生じさせ、不当な商業上の利益を得るために、戦略的に本件ドメイン名を使用しているものであることが推測される。
ウ 小括
したがって、登録者及びマーサ社による本件ドメイン名の取得・使用行為は、意図的にインターネット利用者に誤認・混同を生じさせる悪意が認められる行為である。すなわち、登録者の行為は、処理方針第4条b(ⅳ)「登録者が、商業上の利得を得る目的で、そのウェブサイトもしくはその他のオンラインロケーション、またはそれらに登場する商品及びサービスの出所、スポンサーシップ、取引提携関係、推奨関係などについて誤認混同を生ぜしめることを意図して、インターネット上のユーザーを、そのウェブサイトまたはその他のオンラインロケーションに誘引するために、当該ドメイン名を使用しているとき」に該当するものであり、本件ドメイン名が、不正の目的で登録又は使用されていることは明らかである。
よって、ドメイン名は、申立人の商標と混同を引き起こすほどに類似し、登録者はドメイン名に関係する正当な利益を有しておらず、ドメイン名は不正の目的で登録または使用されている。
従って、申立人は、ドメイン名登録の申立人への移転を請求する。
(4)令和7年5月16日付けJPドメイン名紛争処理方針に基づく追加主張立証書面における申立人の追加主張
ア 「登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること」について
(ア)申立人がBENRUS商標及びBENRUSブランドを取得した経緯
登録者は、申立人は設立年月日が2017年9月21日である新しい法人でしかないこと、また、申立人の本国である米国の商標(甲1の7 登録番号3882293号、甲1の9 登録番号166589号)についても、2017年以降に前権利者から譲り受けたものに過ぎない旨主張する。
まず、米国商標登録第166589号(甲1の9)は、1922年にBENRUSブランドの創業者であるBenjamin Lazrus氏によって出願された(甲16)。
そして、同商標は、Benjamin Lazrus氏らによるBENRUS WATCH COMPANY,INCから、複数回の合併や事業の譲渡等に伴って権利移転を続けてきており、現在は申立人の登録となっている(甲17の1、甲17の2)。
米国商標登録第3882293号(甲1の7)についても、遅くとも1922年までには使用されている歴史ある商標であり(甲18)、BENRUSブランドに係る事業がM. Z. Berger & Co., Inc.に帰属していた時期(甲17の1、甲17の2)である2009年に出願され(甲18)、米国商標登録第166589号と同様の権利移転の経緯により、現在は申立人の登録となっている。米国登録商標の権利を移転する場合には、当該商標が使用されている事業のグッドウィルと共に移転しなければならない(15 U.S.C.§1060(a)(1))。
米国登録商標以外のBENRUS商標についても同様に、現在申立人に権利が帰属している。
すなわち、BENRUS商標のみならず、BENRUSブランド事業に係る諸権利(グッドウィル、知的財産権及びブランドの営業に関する権利を含むがこれらに限定されない。)は、BENRUSブランドの創業者であるBenjamin Lazrus氏又はBENRUS WATCH COMPANY,INCから、現在の権利者である申立人まで、適法な譲渡等により順次承継されてきた(甲17の1、甲17の2)。
申立人は、2017年に前権利者より承継したこれらのBENRUSブランドに係る諸権利に基づき、現在、BENRUSブランドの唯一かつ正当な権利者として、グローバルにビジネスを展開している事業者である(甲19)。
なお、BENRUSブランドの公式ウェブサイト(benrus.com、甲20)を運営するBENRUS WATCH COMPANY(甲21)は、申立人の完全子会社である。BENRUS WATCH COMPANYは、各BENRUS商標について申立人から使用許諾を受け、BENRUSブランドの公式ウェブサイトの運営やBENRUSブランド商品の販売等を行っており、主としてBENRUSブランド経営のビジネス面を担っている。
以上の経緯により、申立人が、BENRUSブランドに係る諸権利並びにBENRUS商標についての権利及び正当な利益を有していることは明らかであり、この事実は、申立人の設立日及び特定商標の譲受日によって左右されるものではない。
(イ)BENRUSブランドの歴史からも、申立人が「権利または正当な利益」を有することは明らかであること
前述のとおり、BENRUSブランドは1920年代にBenjamin Lazrus氏により創業され、現在に至るまで、国際的な市場を対象として100年以上の歴史を築いてきており、その周知性・著名性については疑う余地もない。
実際に、その歴史は登録者ウェブサイトでも紹介されている(甲4)。
本件ドメイン名は2021年11月2日に登録されているが(甲3)、それより以前から、BENRUSブランドの正当な承継人らは、それぞれの時期において、公式ウェブサイトを利用するなどして、長年にわたりBENRUSブランドの運営を行ってきた(甲20、甲22)。当然のことながら、消費者においても、公式のBENRUSブランドは2021年11月よりも以前から広く認知されてきた(甲11、甲23)。
なお、公式ウェブサイトのURLに係るドメイン名が登録されたのは、本件ドメイン名の登録より20年も前の2001年である(甲24)。
すなわち、BENRUSブランドの歴史は、BENRUSブランドの歴代の承継者たちの不断の企業努力により今日まで続いたものであり、そのブランド価値、名声及び顧客吸引力は、適法な手続きによる譲渡によってブランド及び商標を取得した申立人に帰属するべきものである。
したがって、現在のBENRUSブランドの権利者である申立人が、BENRUS商標に係る権利及び正当な利益を有することは明らかである。
(ウ)申立人の出願した商標が日本で登録されていないことについて
登録者は、申立人が日本において2024年11月15日に出願したBENRUSブランドに係る商標(甲2)が答弁書提出日時点において登録されていないことをもって、申立人は「BENRUS」に係る商標についての権利又は正当な利益を有さないと主張するが、JPドメイン名紛争処理方針は、「申立人が権利または正当な利益を有する商標その他の表示」(処理方針4条a(ⅰ))と規定するのみであり、申立人の商標が日本国内で登録されていることを要しない。
そもそも、ドメイン仲裁手続は、ドメイン名の登録が先願主義によって行われていることを利用して、著名な社名や商標を含むドメイン名を登録し、ウェブサイトを開設して他人の名声や信用にフリーライドして事業を行う等のサイバースクワッティングへの紛争解決手段として利用される手続である。そして、国境を越えて広く使用されるドメイン名に関する紛争を解決するための制度であるからこそ、「権利または正当な利益を有する」申立人に対して認められるものであり、日本国内での商標登録を求めていない。
したがって、日本国内での登録商標を有していることは、ドメイン仲裁手続における申立人の「権利または正当な利益」の判断において必須の要素ではない。
(エ)小括
以上のとおり、申立人は、BENRUSブランドに係る事業についての現在の正当な権利者であり、世界各国におけるBENRUS商標の登録者でもあることから、BENRUS商標について権利及び正当な利益を有することは明らかである。
日本における登録商標の存否をもって、申立人が日本国内において権利又は正当な利益を有しないとする登録者の主張は、処理方針の理解及び解釈を誤ったものである。
イ 「登録者が、当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないこと」について
(ア)株式会社時研工芸が出願した商標は無効事由を有すること
登録者は、マーサ社が、株式会社マルマンプロダクツ及び株式会社エムジーから、日本国内での株式会社時研工芸を出願人とする商標である商標登録第2287789号(以下「時研社商標」という。)の使用許諾を得ていること及び申立人が出願した商標(甲2)が日本国内において登録されていないことを理由に、登録者ひいてはマーサ社が「BENRUS」に係る商標について正当な権利を有していると主張する。
しかし、申立人の把握する限り、時研社商標を出願した株式会社時研工芸と、申立人及びBENRUSブランドの公式の代理店等との間には、何らの取引関係もない(甲19)。1994年において、時研社商標に対し、当時のBENRUSブランドの権利者であるBenrus Watch Company, INCから取消審判が請求されていることからも(甲25)、株式会社時研工芸が、BENRUSブランドの事業及びBENRUS商標の当時の権利者に無断で時研社商標を出願したことが明らかである。
すなわち、株式会社時研工芸は、1988年時点において、既に60年以上の歴史を有し、世界的ブランドとして確立していたBENRUSブランドが、日本国内では商標登録を完了していないことを奇貨として、同ブランドの顧客吸引力にただ乗りする目的で冒認的に商標出願及び登録を行ったといえる。
以上より、株式会社時研工芸により出願された時研社商標は、他人の業務に係る商品又は役務を表示する商標であり、無効事由を有すると思料される(商標法46条1号、4条1項10号、15号、19号等)。
(イ)登録者はBENRUSブランド商品を製造・販売する権利を有していないこと
登録者は、時研社商標が、株式会社時研工芸、有限会社ベンラスジャパン、株式会社マルマンプロダクツ及び株式会社エムジーに順次譲渡され、マーサ社は株式会社マルマンプロダクツ及び株式会社エムジーから時研社商標の使用に係る許諾(再許諾)を得たと主張する。
しかしながら、上記のとおり時研社商標はそもそも商標登録を受けることができない商標である(商標法4条)。また、登録者は、マーサ社が株式会社エムジーと総販売他代理店契約(乙3の2)を締結したと主張するが、BENRUSブランドの事業の権利者である申立人は、日本国内に代理店を有しておらず、株式会社時研工芸、株式会社エムジー及びマーサ社のいずれとの関係においても取引関係にない(甲19)。したがって、登録者が自己の正当性の根拠とする販売代理店契約(乙3の2)は、無権利者であるエムジー社との契約であり、マーサ社は「適法にBENRUSブランドの腕時計を日本国内で独占的に販売できる地位に」はない。
(ウ)小括
以上のとおり、マーサ社には、そもそも適法なBENRUSブランド商品の販売権はなく、「登録者が、当該ドメイン名に関わる紛争に関し、第三者または紛争処理機関から通知を受ける前に、商品またはサービスの提供を正当な目的をもって行うために、当該ドメイン名またはこれに対応する名称を使用していた」(処理方針4条c(ⅰ))に該当しない。
なお、登録者は、マーサ社が3年以上日本でBENRUSブランド商品と称する腕時計を独占的に販売していたことをもって「当該ドメイン名の名称で一般に認識されていた」(処理方針4条c(ⅱ))に該当すると主張するが、まず処理方針第4条c(ⅱ)は「登録者が」と規定しており、登録者である「青木伸也」が同条c(ii)を満たしているとの事実はない。また、仮に同条c(ⅱ)の「登録者」に登録者の所属先を含むとの解釈を許すとしても、日本において、マーサ社が「benrus.jp」の名称で一般に認識されているという事実はなく、登録者においても、マーサ社の日本での商品販売数量や、マーサ社の社名とBENRUSブランドとの関係についての周知性などの主張も一切なされていない。さらに、エムジー社はそもそも他社に対し、日本でのBENRUSブランド商品の独占販売を許諾できる立場にはなく、実際にマーサ社が、日本でBENRUSブランド商品の独占販売を行っていたことを示す証拠も提出されていない。したがって、処理方針第4条c(ⅱ)該当性についての登録者の主張にも理由がない。
ウ「登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること」について
(ア)登録者に不正の目的が認められること
登録者は、BENRUSブランドの歴史を登録者ウェブサイトにおいて紹介する以上(甲4)、BENRUSブランドの歴史、現在の正当な権利者である申立人、申立人又はその関連会社が正規に製造・販売するBENRUSブランド商品及び長年BENRUSブランドの広報に使用されてきた公式ウェブサイト(甲20、甲22)の存在も、当然認識していたはずである。
製造メーカーが正当な権利者から製造・販売委託等を受けて特定ブランドの商品を製造・販売する際には、委託者からの指示に従い、正規品と同質の商品を製造することが一般的であるが、登録者ウェブサイトで販売される商品は、品質、商品仕様、原産地及び価格の全てにおいて、申立人がBENRUSブランド商品に設定する高い水準に及んでいない粗悪品である(甲26)。また、登録者ウェブサイトにおいて販売される商品は、全てBENRUSブランド商品の偽造品であり、BENRUSのブランド名のみならず、BENRUSブランド商品のデザイン、商品名、商品概要等を盗用している(甲5の2及び甲27の1、甲5の18及び甲27の2等が挙げられるがこれらに限らない。)。
すなわち、マーサ社が、エムジー社をBENRUSブランドの正当な権利者であると信じてこれらの粗悪な偽造品を製造・販売してきたという事態は到底想定しがたく、マーサ社は、エムジー社がBENRUSブランドについて無権利者であること知りながら、BENRUSブランド商品を証する偽造品の製造・販売を行ってきたことは明らかである。そして、BENRUSブランドの歴史を紹介する等、あたかもBENRUSブランドの正当な権利者とのライセンス関係があるかのような外観のウェブサイトを作成し、BENRUSブランドの公式ウェブサイトのURL(benrus.com)と実質的に同一の本件ドメイン名を登録・使用して、自己の商品を販売・広告してきた。
以上より、マーサ社の行為は、BENRUSブランドとして築き上げた名声や信用にただ乗りする目的で行われたことが明らかであり、また、BENRUSブランドの希釈化を招く行為にほかならず、不正競争にも該当する(不正競争防止法2条1項1号及び2号等)。
(イ)登録者の主張は不合理であること
登録者は、「マーサ社等が作り上げてきた日本国内のBENRUSブランドに基づき当該ドメインの利用等を行っており」と主張するが、登録者ウェブサイトにおいて申立人が承継したBENRUSブランドの歴史を紹介している以上、マーサ社が販売する商品は「マーサ社等が作り上げてきた日本国内のBENRUSブランド」なるブランドの商品ではなく、1920年代から100年以上の歴史を持つBENRUSブランドの偽造品にほかならず、公式のBENRUSブランドの名声及び顧客吸引力にただ乗りする意図が明らかである。
すなわち、マーサ社及び登録者は、Benjamin Lazrus氏らが作り上げたBENRUSブランドの名声にただ乗りするという不正の目的で、「benrus.com」と実質的に同一のドメイン名を登録及び使用してきた。
なお、登録者は、「申立人からの通知書に対し何らの反応も示さないこと」に対する反論として、本件ドメイン名の使用行為は「権利又は正当な利益に基づくものであること」を述べるが、マーサ社がBENRUSブランドについて権利又は正当な利益を有すると信じるのであれば、株式会社エムジーとの契約関係を示すなどの方法により、申立人からの通知書に対し反論を行うことも可能であったはずである。それにもかかわらず、何らの反応も示さなかったということは、株式会社エムジーが無権利者であること及びマーサ社が世界的ブランドであるBENRUSブランドについて「権利又は正当な利益」を有し得ないことを認識していたからにほかならない。
(ウ)小括
したがって、登録者の行為は、「登録者が、商業上の利得を得る目的で、そのウェブサイトもしくはその他のオンラインロケーション、またはそれらに登場する商品及びサービスの出所、スポンサーシップ、取引提携関係、推奨関係などについて誤認混同を生ぜしめることを意図して、インターネット上のユーザーを、そのウェブサイトまたはその他のオンラインロケーションに誘引するために、当該ドメイン名を使用している」(処理方針4条b(ⅳ))に該当する。
(5)令和7年7月10日付けJPドメイン名紛争処理方針に基づく申立追加主張立証書面(2)における申立人の追加主張
ア 処理方針4条a(ⅲ)及び同条b(ⅳ)を満たす事情が認められること
(ア)申立人のBENRUSブランドは、日本国内でも周知・著名であったこと
BENRUSブランドは、登録者ウェブサイトでもその歴史が紹介されるとおり(甲4)、100年以上の伝統を持ち、ベトナム戦争等において米軍でも使用されてきた(甲33)、世界的にも著名なブランドである。そして、日本国内でも、1968年に公開された著名な映画「ブリット」の中で主演のスティーブ・マックイーンが着用したことを契機として、本件ドメイン名が登録される以前から(甲3)、周知性・著名性を獲得してきた(甲34)。
一般に、他社ブランドの商品を自社で取り扱う場合、法令違反の存否や、正当な権利者との間で権利関係が整理されているか否かは、適法に事業を行おうとする事業者にとって最も重要な確認事項である。BENRUSブランドの正当な権利者である申立人の存在を当然認識していたはずであるマーサ社が、ライセンサーである株式会社マルマンプロダクツ及び株式会社エムジー(乙3の1、乙3の2)と申立人との間に何らの取引関係もないこと(甲19)を一切確認せず、BENRUSブランド商品と称する粗悪品・偽造品を販売してきたとは想定し難い。
すなわち、マーサ社は、申立人の存在及びBENRUSブランドの存在を認識しながら、日本国内で、商業上の利益を得る目的で、消費者に商品出所について誤認混同を生じせしめることを意図して、BENRUSブランド商品と称する自社商品の取り扱いを開始し、また、本件ドメイン名を取得・使用して登録者ウェブサイトを運営してきたというべきである。
(イ)登録者及びマーサ社の商品は、BENRUSブランドの偽造品であること
申立人のBENRUSブランド商品と、マーサ社の商品とを詳細に比較した鑑定書(甲35)に示されるとおり、両商品はデザインこそ酷似しているものの、その性能・構成は複数の点で顕著に相違している。とりわけ、腕時計におけるSwissの名称の使用に係る法令 及びガイドライン によれば、内部機構のみがスイス製である場合には「Swiss movement」と刻印しなければならず、短縮形による表記は許されないのに対して、マーサ社の商品には「SWISS M.V.T」と短縮形の表記が刻印されている。マーサ社の商品の「SWISS M.V.T」は、「スイス製のムーブメント」を意味すると思われるが(甲36)、このような短縮形の表記は、左記の法令及びガイドラインに適合しておらず、偽造品に見られる表記である(甲35・8頁)。そして、両製品の内部構造の価格比は約20倍であるところからも(甲35・9頁)、マーサ社の商品が、BENRUSブランド商品のデザインを盗用した粗悪品・偽造品であることがわかる。
(ウ)実際に消費者が商品の出所を誤認混同していること
申立人の管理するカスタマーサービスでは、実際に、登録者及びマーサ社が製造・販売する商品と、BENRUSブランドの商品の出所を誤認混同した消費者より、複数の問い合わせを受けている(甲37の1~2)。問い合わせの中で言及される「Beams」は、登録者ウェブサイトのSHOP LIST(甲38)でも記載される、マーサ社の卸先である。
(エ)小括
登録者は、マーサ社らが日本国内で築き上げてきたBENRUSブランドの存在を主張するが(答弁書・4頁、令和7年6月18日付け登録者追加主張書面・2頁)、申立人のBENRUSブランドの歴史を紹介した登録者ウェブサイト(甲4)で、こうした粗悪品・偽造品の販売を行っている以上、申立人のBENRUSブランドの名声及び顧客吸引力にただ乗りする目的で自社商品の製造・販売を行ってきたことは明らかである。
すなわち、登録者ウェブサイトのURLとして使用される本件ドメイン名についても、「登録者が、商業上の利得を得る目的で、そのウェブサイトもしくはその他のオンラインロケーション、またはそれらに登場する商品及びサービスの出所、スポンサーシップ、取引提携関係、推奨関係などについて誤認混同を生ぜしめることを意図して、インターネット上のユーザーを、そのウェブサイトまたはその他のオンラインロケーションに誘引するために、当該ドメイン名を使用している」(処理方針4条b(ⅳ))と言わざるを得ない。
イ 処理方針4条cを満たす事情は認められないこと
上記のとおり、登録者ウェブサイトでは、申立人のBENRUSブランドの名声及び顧客吸引力にフリーライドする意図が明らかな態様で粗悪品・偽造品が販売されており、実際に消費者にも商品の出所の誤認混同を生じさせている。「登録者が、申立人の商標その他表示を利用して消費者の誤認を惹き起こすことにより商業上の利得を得る意図、または、申立人の商標その他表示の価値を毀損する意図を」有して本件ドメイン名を使用していたというほかなく、当該使用行為は当然ながら「公正に使用している」とは評価し得ず(処理方針4条c(ⅲ))、「商品またはサービスの提供を正当な目的をもって行うために、当該ドメイン名またはこれに対応する名称を使用していたとき」(処理方針4条c(ⅰ))にも該当しない。
なお、登録者の処理方針第4条c(ⅱ)に関する主張(令和7年6月18日付け登録者追加主張書面・2頁)は、従前の主張の繰り返しであり、理由がないことは明白である。
b 登録者
登録者の主張は以下のように、整理できる。
(1)登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似している、と申立人のなした意見に対する反論
申立人は、申立人が1921年に創業された老舗高級時計メーカーであり100年以上にわたり製品の製造・販売をしてきた旨、申立人が世界各国において複数のBENRUS商標を保有している旨をそれぞれ主張する。
しかし、米国デラウェア州のウェブサイトによれば、申立人の設立年月日は「2017年9月21日」であり(乙1)、申立人は、設立から7年半程度しか経過していない新しい法人であって、申立人の上記主張は虚偽ないし事実に反するものというほかない。
また、申立人が列挙する世界各国の商標も2017年以降に順次、取得・登録されたものであって(甲1の1~10)、とりわけBENRUSにとって本国にあたる米国のBENRUS商標すら、前権利者であるB-MAN 1,LLCから2017年10月6日に譲り受けたものに過ぎない(甲1の7(4~5頁)、甲1の9(9頁))。
申立人は、申立人が法人の名称と同名のBENRUSブランドについて現在グローバルにビジネス展開をしており、日本国内においても2024年11月15日にBENRUSブランドに係る商標を出願している旨主張する。
しかし、日本国内においては、1988年4月28日に株式会社時研工芸が「BENRUS」に係る商標、すなわち、時研社商標の出願を行い、同商標に係る商標権は、有限会社ベンラスジャパン、株式会社マルマンプロダクツ、株式会社エムジーに順次譲渡されてきた(乙2の1~3)。そして、登録者が所属するマーサ社は、株式会社マルマンプロダクツ、株式会社エムジーから時研社商標に係る許諾(再許諾)を得て、BENRUSブランドの普及に努めてきたものである(乙3の1及び2)。
このように、マーサ社は、時研社商標に係る商標権に基づきBENRUSブランドの腕時計を販売し、また対象とされているドメイン名を取得して利用してきたのであって、日本国内において「BENRUS」に係る商標について権利又は正当な利益を有しているのは株式会社マルマンプロダクツ、株式会社エムジー及びマーサ社である。
これに対し、申立人は、日本国内でBENRUSブランドに係る商標を出願しただけであって、現在は「審査待ち」のステータスであり(乙4)、株式会社エムジーが保有する時研社商標と類似することを理由に登録が拒絶される可能性も高い(商標法4条1項11号)。
したがって、申立人は、少なくとも日本国内において「BENRUS」に係る商標について権利又は正当な利益を有していない。
(2)登録者が本件ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していない、と申立人のなした意見に対する反論
日本においては、2012年1月27日頃以降、株式会社マルマンプロダクツが時研社商標の商標権を保有し、株式会社エムジーを通じて、マーサ社はBENRUSブランドの「総販売代理店」として、BENRUSブランドの腕時計を日本国内で独占的に販売してきた(乙3の1、乙3の2第3条)。
また、時研社商標に係る商標権は、現在、株式会社マルマンプロダクツから株式会社エムジーに承継されているが、マーサ社は、株式会社エムジーとの総販売代理店契約(乙3の2)に基づき、引き続き適法にBENRUSブランドの腕時計を日本国内で独占的に販売できる地位にある。
そして、マーサ社は、2021年11月2日、BENRUSブランドのホームページを開設するために、株式会社マルマンプロダクツ及び株式会社エムジーの承諾の下で「BENRUS.JP」に係るドメイン名の登録を行い、当該ホームページ上で、適法にBENRUSブランドの腕時計を紹介し、販売している(甲4)。
したがって、マーサ社は、「当該ドメイン名に係わる紛争に関し、第三者または紛争処理機関から通知を受ける前に、商品またはサービスの提供を正当な目的をもって行うために、当該ドメイン名またはこれに対応する名称を使用していた」といえ、処理方針4条c(ⅰ)に該当することから、マーサ社が本件ドメイン名に関する権利又は正当な利益を有していることは明らかである。
また、マーサ社は、2022年から3年以上、日本においてBENRUSブランドの腕時計を独占的に販売しており(乙3の2第3条)、「当該ドメイン名の名称で一般に認識されている」といえ、方針4条(c)(ⅱ)にも該当することから、マーサ社が本件ドメイン名に関する権利又は正当な利益を有していることは明らかである。
(3)登録者のドメイン名が不正の目的で登録または使用されている、と申立人のなした意見に対する反論
ア 申立人との取引関係があることをインターネット利用者に誤認させる態様で商品を販売していること、と申立人のなした意見に対する反論
日本においてBENRUSブランドの腕時計を販売し、当該ブランドを管理し周知及び発展に努めてきたのは申立人ではなく、株式会社マルマンプロダクツ、株式会社エムジー及びマーサ社である。
マーサ社は、申立人が日本において「BENRUS」に係る商標の取得を試みるより以前から時研社商標及び本件ドメイン名を利用してきたのであり、本件ドメイン名を利用してBENRUSブランドの腕時計の紹介・販売等を行うことについて権利及び正当な利益を有している。
したがって、マーサ社は、マーサ社等が作り上げてきた日本国内のBENRUSブランドに基づき本件ドメイン名の利用等を行っており、本件ドメイン名の利用が、申立人との間の取引関係を作出する意図がある、「BENRUSブランドの名声にただ乗りし、自己のウェブサイトに顧客を誘導して不当に商業上の利益を得ようとする行為である」等といった申立人の指摘は、いずれも全くの的外れな事実誤認であり、マーサ社を不当に中傷する行為であって看過し難いものである。
イ 小括
そのほか、申立人は「申立人からの通知書に対し何らの反応も示さないこと」等についても主張するが、マーサ社及び登録者が本件ドメイン名を使用しているのは、不当な商業上の利益を得る目的ではなく、権利又は正当な利益に基づくものであることは前述のとおりである。
よって、登録者の行為は、処理方針第4条b(ⅳ)「登録者が、商業上の利得を得る目的で、そのウェブサイトもしくはその他のオンラインロケーション、またはそれらに登場する商品及びサービスの出所、スポンサーシップ、取引提携関係、推奨関係などについて誤認混同を生ぜしめることを意図して、インターネット上のユーザーを、そのウェブサイトまたはその他のオンラインロケーションに誘引するために、当該ドメイン名を使用しているとき」に該当するものでもない。
(4)令和7年6月18日付け追加主張書面における登録者の追加主張
申立人提出に係る令和7年5月6日付けJPドメイン名紛争処理方針に基づく追加主張立証書面」(以下「申立人追加主張立証書面(1)」という。)に対する登録者の反論は、以下のとおりである。
ア 処理方針4条cに基づきマーサ社が本件ドメイン名に関する権利または正当な利益を有していることが明らかであること
申立人は、申立人追加主張立証書面(1)において、申立人がBENRUSブランドの正当な権利者であり、逆に、登録者に不正の目的があるなどと縷々主張する。
しかし、マーサ社は、時研社商標の商標権者である株式会社エムジーから正当且つ適法に商標のライセンスの許諾を受け、BENRUSブランドの腕時計を日本国内で独占的に販売してきたのであるから、「第三者または紛争処理機関から通知を受ける前に、商品またはサービスの提供を正当な目的をもって行うために、当該ドメイン名またはこれに対応する名称を使用していたとき」(処理方針4条c(ⅰ))、及び、マーサ社が「当該ドメイン名の名称で一般に認識されていたとき」(処理方針4条c(ⅱ))に当たることは明白である。
また、マーサ社は、マーサ社らが日本国内で築き上げてきたBENRUSブランドに基づき当該ドメインの利用等を行っているのであって、マーサ社による利用は他人の名声や信用にフリーライドして事業を行うようなものではなく、「消費者の誤認を巻き起こすことにより商業上の利得を得る意図」や「申立人の商標その他表示の価値を毀損する意図」を有することなく、「当該ドメイン名を…公正に使用しているとき」(処理方針4条c(ⅲ))に該当することも明らかである。
よって、本件において、マーサ社が本件ドメイン名に関係する権利又は正当な利益を有することに疑いはない(処理方針4条c)。
イ 申立人の主張に理由がないこと
申立人は、そもそも時研社商標に無効事由がある等とも主張するが、申立人が言及する取消審判は取り下げられており(申立人が証拠として引用する甲25上でも取下げが明記されている。)、株式会社時研工芸が出願した時研社商標に係る商標権は現在も有効に存続している(甲25、乙2の1~3)。
申立人は時研社商標に無効事由があるなどとも論難するが、本件手続において商標の有効性を議論する余地はなく、また、その余の申立人の主張についても、マーサ社が有効かつ適法に登録された時研社商標に基づき本件ドメイン名を利用している以上、マーサ社が本件ドメイン名に関する正当な権利又は利益を有していることは明らかである。
6 争点および事実認定
a 適用すべき判断基準
手続規則第15条(a)は、パネルが紛争を裁定する際に使用することになっている原則についてパネルに次のように指示する。「パネルは、提出された陳述・書類及び審問の結果に基づき、処理方針、本規則及び適用されうる関係法規の規定・原則、ならびに条理に従って、裁定を下さなければならない。」
処理方針第4条aは、申立人が次の事項の各々を証明しなければならないことを指図している。
- 登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること
- 登録者が、当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないこと
- 登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること
b 紛争処理パネルの判断
(1)登録者の本件ドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること
登録者の本件ドメイン名は、「BENRUS.JP」である。本件ドメイン名において「.JP」は日本を意味するトップレベルドメインであって類否判断には影響しない部分である。したがって、本件ドメイン名の要部は「BENRUS」の部分にある。
一方、申立人が保有する米国商標登録第166589号(甲1の9)は、1922年にBENRUSブランドの創業者と考えられるBenjamin Lazrus氏によって出願され(甲16)、同商標は、Benjamin Lazrus氏から複数回の権利移転ののち現在申立人の登録となっていることが認められる(甲17の1、甲17の2)。また、米国商標登録第3882293号(甲1の7)についても、遅くとも1922年までには使用されている商標であり(同号証、甲18)、複数回の権利移転を経て現在は申立人の登録となっていることが認められる(甲1の7)。ここで、米国登録商標の権利を移転する場合には、当該商標が使用されている事業のグッドウィルと共に移転しなければならないとされていることからすれば(15 U.S.C.§1060(a)(1))、申立人は、上記各商標の取得とともにBENRUSブランド及び同ブランドに係る事業を承継した可能性が高いと解される(甲19~甲22)。また、この点について登録者は反論していない。
そして、申立人が承継したBENRUSブランドは、本件ドメイン名が登録された2021年11月2日(甲3)より以前から広く認知されてきたことが窺われる(甲11、甲23等)。
以上の点からすると、申立人は、2017年に前権利者より承継した商標権等に基づき、上記2件の米国商標を含むBENRUSブランドに係る諸権利についての権利または正当な利益を有しているものと認められる。
そうすると、本件ドメイン名の要部である「BENRUS」は、申立人の会社名のうち出所表示性のある部分及びBENRUSブランドのブランド名と同一であるとともに、申立人が保有する商標権に係る表示と同一ないし類似していると考えられる。
よって、本件ドメイン名は申立人が権利または正当な利益を有する商標その他の表示と同一または混同を引き起こすほど類似していると認められる。
なお、登録者は、申立人が日本において2024年11月15日に出願したBENRUSに係る商標(甲2)が答弁書提出日時点において登録されていないことをもって、申立人は「BENRUS」に係る商標についての権利又は正当な利益を有さないと主張するが、処理方針第4条a(ⅰ)は、「申立人が権利または正当な利益を有する商標その他の表示」と規定しており、申立人の商標が日本国内で登録されていることを要件としているわけではないから、日本国内での登録商標を有していないこともって、「申立人が権利または正当な利益」を有しないとはいえない。
以上より、本件ドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と混同を引き起こすほど類似していることが認められる(処理方針4条a(ⅰ))。
(2)登録者が、本件ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないこと
処理方針第4条c項は「ⅰ.登録者が、当該ドメイン名に係わる紛争に関し、第三者または紛争処理機関から通知を受ける前に、商品またはサービスの提供を正当な目的をもって行うために、当該ドメイン名またはこれに対応する名称を使用していたとき、または明らかにその使用の準備をしていたとき、ⅱ.登録者が、商標その他表示の登録等をしているか否かにかかわらず、当該ドメイン名の名称で一般に認識されていたとき、ⅲ.登録者が、申立人の商標その他表示を利用して消費者の誤認を惹き起こすことにより商業上の利得を得る意図、または、申立人の商標その他表示の価値を毀損する意図を有することなく、当該ドメイン名を非商業的目的に使用し、または公正に使用しているとき」には、登録者は当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していると認めなければならないと規定する。
本件において、①甲26からは、登録者ウェブサイト(甲4、甲5の1~21)において販売される商品は、品質、商品仕様、原産地及び価格において、申立人がBENRUSブランド商品とは異なる粗悪品であることが認められる。②申立人のBENRUSブランド商品とマーサ社の商品とを比較した鑑定書(甲35)によれば、両商品はデザインは酷似しつつも、性能・構成は複数の点で顕著に相違しており、かつ両商品の内部構造の価格比は約20倍であること(甲35・9頁)が認められる。③加えて、甲5の1~21の登録者ウェブサイト、甲8の1~4のプレスリリース及び甲9の外部販売サイトには、取扱商品はBENRUSブランドの商品の「復刻」デザインである旨の記載がされているところ、申立人の主張によれば、登録者ウェブサイトで販売される各商品も、申立人の承知していない、申立人が製造・販売するBENRUSブランド商品とは異なる商品である。④甲37の1~2及び甲38によれば、申立人の管理するカスタマーサービスでは、登録者及びマーサ社が製造・販売する商品と、BENRUSブランドの商品の出所を混同した消費者より複数の問い合わせを受けており、実際に消費者が商品の出所を誤認混同していることが認められる。そして、上記①~④について、登録者は反論していない。そうすると、登録者ウェブサイトにおいてマーサ社の商品には、BENRUSブランド商品のデザインを盗用した粗悪品・偽造品が含まれることが認められる。
しかるところ、上述のとおり、登録者は、登録者ウェブサイトにおいてBENRUSブランドの歴史を紹介しているから、登録者は、BENRUSブランドの名声及び顧客吸引力を利用する意図をもって、自社商品の製造・販売を行ってきたことが強く推認され、この点についても登録者は反論をなし得ていない。
そうすると、登録者は、「商品またはサービスの提供を正当な目的をもって行うために、当該ドメイン名またはこれに対応する名称を使用していた」(処理方針4条c(i))とは評価できず、かつ、「登録者が、申立人の商標その他表示を利用して消費者の誤認を惹き起こすことにより商業上の利得を得る意図、または、申立人の商標その他表示の価値を毀損する意図を」有して本件ドメイン名を使用していたというほかなく、当該使用行為は当然ながら「公正に使用している」とも評価できない(処理方針4条c(ⅲ))。
また、登録者は、マーサ社が3年以上日本でBENRUSブランド商品と称する腕時計を独占的に販売していたことをもって「当該ドメイン名の名称で一般に認識されていた」(処理方針4条c(ii))に該当すると主張するが、処理方針第4条c(ii)は「登録者が」と規定しており、登録者である「青木伸也」が同条c(ii)を満たしているとの事実はない。また、同条c(ii)の「登録者」に登録者の所属先を含むと解釈されるとしても、マーサ社が3年以上日本でBENRUSブランド商品と称する腕時計を独占的に販売していたことをもって「当該ドメイン名の名称で一般に認識されていた」との立証はなされていない。
これに対し、登録者は、①2012年1月27日頃以降、株式会社マルマンプロダクツが時研社商標の商標権を保有し、株式会社エムジーを通じて、マーサ社はBENRUSブランドの「総販売代理店」として、BENRUSブランドの腕時計を日本国内で独占的に販売してきたこと(乙3の1、乙3の2)、②時研社商標に係る商標権は、現在、株式会社マルマンプロダクツから株式会社エムジーに承継されているが、マーサ社は、株式会社エムジーとの総販売代理店契約(乙3の2)に基づき、引き続き適法にBENRUSブランドの腕時計を日本国内で独占的に販売できる地位にあること、③マーサ社は、2021年11月2日、BENRUSブランドのホームページを開設するために、株式会社マルマンプロダクツ及び株式会社エムジーの承諾の下で「BENRUS.JP」に係るドメイン名の登録を行い、当該ホームページ上で、適法にBENRUSブランドの腕時計を紹介し、販売していることから(甲4)、マーサ社は、「当該ドメイン名に係わる紛争に関し、第三者または紛争処理機関から通知を受ける前に、商品またはサービスの提供を正当な目的をもって行うために、当該ドメイン名またはこれに対応する名称を使用していた」といえ、処理方針第4条c(ⅰ)に該当すると主張する。
しかし、(A)BENRUSブランドに係る事業の承継者であると認められる申立人は、日本国内に代理店を有しておらず、株式会社マルマンプロダクツ、株式会社エムジー及びマーサ社のいずれとの関係においても取引関係にないこと、(B)1994年、時研社商標に対し、当時のBENRUSブランドの権利者であると思料されるBenrus Watch Company, INCから取消審判が請求されていることから(甲25)、株式会社時研工芸が、BENRUSブランドの事業の当時の権利者に無断で時研社商標を出願したことが窺われること、(C)上記(A)及び(B)の点について登録者は何ら反論していないこと等からすれば、登録者が主張する上記①~④の点を以て、マーサ社は、「当該ドメイン名に係わる紛争に関し、第三者または紛争処理機関から通知を受ける前に、商品またはサービスの提供を正当な目的をもって行うために、当該ドメイン名またはこれに対応する名称を使用していた」ということはできない。
以上より、処理方針第4条c(ⅰ)に規定するいずれの事情も認定できないことから、登録者が、当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないことが認められる(処理方針4条a(ii))。
(3)登録者の本件ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること
登録者は、BENRUSブランドの歴史を登録者ウェブサイトにおいて紹介しており(甲4)、BENRUSブランドの歴史や現在においてその正当な権利者が存在することを当然認識していたはずである。
そうであるにもかかわらず、登録者及びマーサ社は、登録者ウェブサイトにおいて、BENRUSブランドの正当な承継者であると認められる申立人との間に何らの取引関係がないにもかかわらず、そのような取引関係があるかのような外観を作出し、かつ、真正品ではなく、偽造品を販売している。
このような行為は、BENRUSブランドの名声にただ乗りし、自己のウェブサイトに顧客を誘導して不当に商業上の利益を得ようとする行為に該当すると解さざるを得ない。
これに対し、登録者は、「マーサ等が作り上げてきた日本国内のBENRUSブランドに基づき当該ドメインの利用等を行っており」と主張するが、登録者ウェブサイトにおいて申立人が承継したBENRUSブランドの歴史を紹介している以上、マーサ社が販売する商品は「マーサ等が作り上げてきた日本国内のBENRUSブランド」ということはできない。
したがって、登録者の行為は、「登録者が、商業上の利得を得る目的で、そのウェブサイトもしくはその他のオンラインロケーション、またはそれらに登場する商品及びサービスの出所、スポンサーシップ、取引提携関係、推奨関係などについて誤認混同を生ぜしめることを意図して、インターネット上のユーザーを、そのウェブサイトまたはその他のオンラインロケーションに誘引するために、当該ドメイン名を使用している」(処理方針4条b(iv))に該当する。
以上のとおり、処理方針第4条b(iv)に規定する事情が認定できることから、登録者による本件ドメイン名の登録または使用は、不正の目的によるものであると認められる。
7 結論
以上に照らして、紛争処理パネルは、登録者によって登録されたドメイン名「BENRUS.JP」が申立人の権利または正当な利益を有する商標と混同を引き起こすほど類似し、登録者がドメイン名に関係する権利または正当な利益を有しておらず、登録者のドメイン名が不正の目的で登録または使用されているものと判断する。
よって、処理方針第4条iに従って、ドメイン名「BENRUS.JP」の登録を申立人に移転するものとし、主文のとおり裁定する。
2025年8月25日
日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル
単独パネリスト 服部誠
別記 手続の経緯
(1)申立書の受領
日本知的財産仲裁センター(以下「センター」という。)は、2025年2月13日に申立書(添付する関係書類を含む。)を申立人から電子的送信により受領した。
(2)申立手数料の受領
センターは、2025年2月10日に申立人より申立手数料を受領した。
(3)ドメイン名及び登録者の確認
センターは、2025年2月14日にJPRSに登録情報を照会し、2025年2月14日にJPRSから申立書に記載された登録者が対象ドメイン名の登録者であることを確認する回答並びにJPRSに登録されている登録者の電子メールアドレス及び住所等を受領した。
(4)適式性
センターは、2025年2月18日に補正(申立書の記載事項の修正)が必要と判断してその旨を申立人に通知し、2025年2月20日に補正書類を受領し、2025年2月26日に申立書が処理方針と手続規則に照らし適合していることを確認した。
(5)手続開始
センターは、2025年2月27日に申立人、JPNIC及びJPRSに対し電子的送信により、手続開始を通知した。センターは、2025年2月27日に登録者に対し郵送及び電子メールにより、開始通知を送付した。開始通知により、登録者に対し、手続開始日(2025年2月27日)、答弁書提出期限(2025年3月28日)並びに書面の受領及び提出のための手段について通知した。但し登録者の公開連絡窓口住所に送付した通知は「あて所に尋ねあたりありません」として返送された。
(6)答弁書の提出
センターは、2025年3月28日に答弁書を登録者から電子的送信により受領した。センターは、2025年3月28日に答弁書が処理方針と手続規則に照らし適合していることを確認し、2025年3月31日に申立人に対し電子的送信により送付した。
(7)パネルの指名及び裁定予定日の通知
申立人、登録者とも1名のパネルによって審理・裁定されることを選択し、センターは、2025年4月4日に弁護士 服部 誠を単独パネリストとして指名し、一件書類を電子的送信によりパネルに送付した。センターは、2025年4月4日に申立人、登録者、JPNIC及びJPRSに対し電子的送信により、指名したパネリスト及び裁定予定日(2025年4月24日)を通知した。パネルは、2025年4月11日に公正性・独立性・中立性に関する言明書をセンターに提出した。
(8)追加陳述の要請
ア センターは、2025年4月17日に申立人から上申書を受領し、パネルは、2025年4月18日に手続規則12条の規定により、申立人に対し陳述・書類の追加提出(提出期限2025年5月16日)を求め、同日、登録者に対してはその旨を通知した。
センターは、2025年5月16日に申立人から追加の陳述書及び証拠書類を受領し、パネルは2025年5月19日に登録者に対し、申立人の追加書類を受けてさらに提出するべき書類がある場合は、6月19日までに提出するように求めた。
センターは、2025年6月18日に登録者から追加の陳述書を受領し、パネルは2025年6月19日に申立人に対し、送付した。
イ センターは、2025年7月3日に申立人から2回目の上申書を受領し、パネルは、2025年7月8日に手続規則12条の規定により、申立人に対し陳述・書類の追加提出(提出期限2025年7月10日)を求め、同日、登録者に対してはその旨を通知した。
センターは、2025年7月10日に申立人から追加の陳述書及び証拠書類を受領し、パネルは2025年7月11日に登録者に対し、申立人の追加書類を受けてさらに提出するべき書類がある場合は、7月31日までに提出するように求めたが、期限までに提出はなかった。
(9)裁定期限の延長
パネルは、2025年4月18日に申立人、登録者、JPNIC及びJPRSに対し電子的送信により、裁定期限を2025年7月31日まで延長する旨を通知した。
また、パネルは、2025年7月9日に申立人、登録者、JPNIC及びJPRSに対し電子的送信により、裁定期限を2025年8月28日まで再延長する旨を通知した。
(10)パネルによる審理・裁定
パネルは、2025年8月25日に審理を終了し、裁定を行った。