事件番号:JP2025-0006
裁定
- 申立人:
-
大正製薬株式会社
(所在地)東京都豊島区 ●(省略)● - 代理人:
-
弁護士 磯田直也
弁護士 炭谷祐司 - 登録者:
-
株式会社大正漢方
(所在地)静岡県静岡市 ●(省略)●
日本知的財産仲裁センター紛争処理パネルは、 JPドメイン名紛争処理方針(以下、「処理方針」という。)、 JPドメイン名紛争処理方針のための手続規則(以下、 「手続規則」という。)及び日本知的財産仲裁センターJPドメイン名紛争処理方針のための手続規則の補則並びに条理に則り、 申立書・提出された証拠に基づいて審理を遂げた結果、以下のとおり裁定する。
1 裁定主文
ドメイン名「taisho-kampo.co.jp」の登録を申立人に移転せよ。
2 ドメイン名
紛争に係るドメイン名(以下、 「本件ドメイン名」という。)は「taisho-kampo.co.jp」である。
3 手続の経緯
別記のとおりである。
4 背景となる事実
申立人は、 1912年の創業以来医療用医薬品の研究開発及び製造販売を行う「医薬事業」並びに一般用医薬品(OTC医薬品)、 栄養補助食品、化粧品・スキンケア商品及び飲食料品といった生活者の健康ニーズに対応した各種商品の製造販売を行う「セルフメディケーション事業」を国内外で行う会社であり、 申立人のウェブサイトによれば、2024年3月期の売上高は、 1,868億41百万円に及んでいる。
申立人は、2018年8月10日に登録された商標第6071191号(以下、 「本件商標」という。)の商標権者である(甲第1号証)。
本件ドメイン名は、2020年10月7日に登録された。
5 当事者の主張
a 申立人
申立人の主張は、以下のように整理できる。
(1)登録者のドメイン名が、 申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること
① 申立人及び申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示について
- 申立人を中核とする大正製薬グループは、 「医薬事業」並びに「セルフメディケーション事業」の2つの事業を主軸とし、 国内外で事業を展開する、日本を代表する製薬会社として広く知られている。
- 申立人は、昭和53年(1978年)以降約50年に亘って、 胃腸薬をはじめとする各種漢方薬(以下、 「本件商品」という。)の製造販売事業を営んでおり、 本件商品に本件商標を構成する「大正漢方」及び「TAISHO KAMPO」との表示をして、 全国的に販売してきた。 また、申立人は、長年にわたり、本件商品について多額の費用を投じ、 本件商標を表示して本件商品の宣伝広告をしてきた。 その結果、本件商標は、本件商品の出所識別表示として、 日本全国の消費者及び取引関係者において広く認識され、 全国的に著名性・周知性を獲得している。
② 登録者のドメイン名と申立人商標の類似性について
- 本件ドメイン名は、 日本の会社を意味するトップレベルドメイン及びセカンドレベルドメインの「co.jp」を除くと、 「taisho-kampo」で構成される。 本件商標の「TAISHO KAMPO」と比較すると、 「‐」(ハイフン)の有無で相違するのみであり外観上実質的に同一であり、 称呼及び観念も同一である。
- 本件ドメイン名における登録者ウェブサイト(以下、 「本件ウェブサイト」という。)では、 「株式会社大正漢方」という会社名と「大正漢方」との表示を使用して「漢方・漢方薬」の製造販売を宣伝しており、 本件商標の指定商品である「漢方薬」と同一である。
(2)登録者が、当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないこと
- 申立人は、登録者に対し、本件商標について一切の許諾を与えたことはなく、 本件ドメイン名の取得、使用について許諾を与えたり、依頼をしたこともない。
- 登録者は、本件ドメイン名を用いて本件ウェブサイトを開設しているが、 本件ウェブサイト以外には、 本件ウェブサイト記載に係る「漢方・漢方薬」の製造販売事業を実際に運営していることを示す形跡は一切存在しない。
(3)登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること
- 前記のとおり、本件商標は、 本件商品の出所識別表示として全国的に著名性・周知性を獲得していることから、 本件ドメイン名の登録は、 登録者において、本件商標の著名性・周知性にフリーライドして、 登録者のウェブサイトへと誘因し、 登録者のウェブサイトを訪れた需要者に対し申立人自身のウェブサイトである、 あるいは、申立人と何らかの取引関係があると誤認させ、 もって商業上の利益を得る目的によるものであることが明らかである。
- 申立人は、登録者に対し、 2025年3月10日付で本件ドメイン名の使用が本件商標権を侵害し、かつ、 不正競争行為に該当することを主張して、 その使用中止及び移転を請求した。 これに対し登録者は何らの回答もせず、 申立人の主張及び請求を無視している。
以上より、本件ドメイン名は、 申立人の商標と混同を引き起こすほどに類似し、 登録者はドメイン名に関係する正当な利益を有しておらず、 ドメイン名は不正の目的で登録または使用されている。 従って、申立人は、ドメイン名登録の申立人への移転を請求する。
b 登録者
登録者によって答弁書は提出されなかった。
6 争点および事実認定
a 適用すべき判断基準
手続規則第15条(a)は、 パネルが紛争を裁定する際に使用することになっている原則についてパネルに次のように指示する。 「パネルは、提出された陳述・書類及び審問の結果に基づき、 処理方針、本規則及び適用されうる関係法規の規定・原則、 ならびに条理に従って、裁定を下さなければならない。」
処理方針第4条aは、 申立人が次の事項の各々を証明しなければならないことを指図している。
- 登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること
- 登録者が、当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないこと
- 登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること
本件では、登録者が答弁書を提出しなかった。 登録者が答弁書を提出しないときには、例外的な事情がない限り、 パネルは申立書に基づいて裁定を下すものとされる(手続規則第5条(f))一方で、 処理方針第4条aは、 申立人に対して上記(1)~(3)のすべてを立証する義務を課している。 そのため、仮に答弁書が不提出であったとしても、 パネルが申立書に基づき事実の認定等を行ったうえで裁定を下すことになる。 よって、以下各要件について検討する。
b 紛争処理パネルの判断
(1)同一または混同を引き起こすほどの類似性
(i) 権利または正当な利益を有する商標その他表示
本件商標は、 漢字の「大正漢方」とローマ字の「TAISHO KAMPO」を併記した文字列で構成されているところ、 「4 背景となる事実」でも述べたように、 申立人は本件商標の商標権者であり、 2018年8月以降本件商標を継続して保有していることが認められる(甲第1、2号証)。
(ii) 登録者のドメイン名と申立人商標等の類似性
本件ドメイン名「taisho-kampo.co.jp」のうち、 「jp」は国別コードで日本を示すトップレベルドメインであり、 「co」は組織種別を示すセカンドレベルドメインであって、 いずれも特段の識別力を有するものではない。 したがって、 本件ドメイン名において識別力を有する要部は、 「taisho-kampo」である。 当該部分は、本件商標の「TAISHO KAMPO」と比較すると、 「‐」(ハイフン)の有無を除けば同一である。
以上より、本件ドメイン名は、 申立人が権利を有する本件登録商標と混同を引き起こすほど類似していると認められる。
(2)権利または正当な利益
第2要件である「登録者が、 当該ドメイン名に関係する権利又は正当な利益を有していないこと」については、 JP-DRP解説(2008年3月)(以下「解説」という。)」Ⅲ3.(3)は、 申立人に主張・立証が求められる事項として、以下の各事項を例示している。
- 登録者の氏名・法人名とドメイン名の不一致
- ドメイン名と一致する登録者が保有する日本の登録商標の不存在
- 当該ドメイン名に関してのライセンスの不存在
他方、処理方針第4条cは、 登録者がドメイン名に関係する権利又は正当な利益を有していることの証明として、 以下のような事情がある場合には登録者は当該ドメイン名に関係する権利又は正当な利益を有していると認めなければならないとする。
- 登録者が、当該ドメイン名に係わる紛争に関し、 第三者又は紛争処理機関から通知を受ける前に、 商品又はサービスの提供を正当な目的をもって行うために、 当該ドメイン名又はこれに対応する名称を使用していたとき、 又は明らかにその使用の準備をしていたとき
- 登録者が、商標その他表示の登録等をしているか否かにかかわらず、 当該ドメイン名の名称で一般に認識されていたとき
- 登録者が、 申立人の商標その他表示を利用して消費者の誤認を惹き起こすことにより商業上の利得を得る意図、 又は、申立人の商標その他表示の価値を毀損する意図を有することなく、 当該ドメイン名を非商業的目的に使用し、又は公正に使用しているとき
以上に鑑み本件ドメイン名について具体的に検討するに、 解説Ⅲ3.(3)に例示される3点のうち i について、 登録者名のうち「株式会社」部分を除いた「大正漢方」の呼称が本件ドメイン名の呼称と重なると考えられることから問題となる。
この点、申立人は、 ①登録者に対し本件商標権について一切の許諾を与えたことはなく、 本件ドメイン名の取得、使用について許諾を与えたり、 依頼をしたこともない旨及び②登録者に対し、 2025年3月10日付で本件ドメイン名の使用が本件商標権を侵害し、 かつ、不正競争行為に該当することを主張して、 その使用中止及び移転を請求したものの、登録者は何らの回答もせず、 申立人の主張及び請求を無視している旨を主張しており、 少なくとも②の前半部分については甲第6号証及び第7号証により認定可能であってかつ①及び②のいずれについても矛盾する証拠は提出されていないため、 当該主張のとおり認定することができる。 また、 ③甲第5号証に記載の登録者自身が作成したと思われるホームページによれば登録者の設立は2020年5月、 本件ドメイン名と本件商標の登録のタイミングはそれぞれ2020年10月と2018年8月であり、 登録者の設立や本件ドメイン名の登録は本件商標の登録後になされたこと、 ④申立人による本件商標を用いた本件商品の販売について、 申立人は多額の費用を投じて広告宣伝したことで本件商標は本件商品の出所識別表示として日本全国の消費者及び取引関係者において広く認識され、 全国的に著名性・周知性を獲得している旨主張しており、 これに反する証拠等は提出されていないこと、 ⑤登録者は社名や本件ウェブサイトの表示に照らして漢方医薬品を含む製品の販売を行っている外観を作出しており、 申立人の本件商標や本件商品について認識していなかったとは考え難いところ、 それに反する証拠は提出されていないことがそれぞれ認められる。
そして、上記各認定事実を踏まえれば、 申立人の許諾がない限り登録者がその商号に「大正漢方」の文字列を用いることは申立人の商標権の侵害に当たり不正競争防止法に照らしても認められない行為と一応考えられるところ、 そのような正当性のない商号と本件ドメイン名の呼称が同一又は類似しているからと言って、 そのことのみを根拠に登録者に本件ドメイン名に関係する権利又は正当な利益があるとは認められないと判断する。
また、ii iiiについても上記①に照らせばいずれも該当しないと判断する。
さらに、処理方針第4条cとの関係でも、 証拠上登録者に関し上記いずれの事情を示唆する事情は認められない。
以上より、 登録者が本件ドメイン名に関する権利又は正当な利益を有しているとは認められない。
(3)不正の目的での登録または使用
第3要件は、「登録者の当該ドメイン名が、 不正の目的で登録又は使用されていること」であり、 処理方針第4条bにおいては、以下の事情がある場合は、 ドメイン名の登録又は使用は、 不正の目的であると認めなければならないとされている。
- 登録者が、申立人又は申立人の競業者に対して、 当該ドメイン名に直接かかった金額(書面で確認できる金額)を超える対価を得るために、 当該ドメイン名を販売、貸与又は移転することを主たる目的として、 当該ドメイン名を登録又は取得しているとき
- 申立人が権利を有する商標その他表示をドメイン名として使用できないように妨害するために、 登録者が当該ドメイン名を登録し、 当該登録者がそのような妨害行為を複数回行っているとき
- 登録者が、競業者の事業を混乱させることを主たる目的として、 当該ドメイン名を登録しているとき
- 登録者が、商業上の利得を得る目的で、 そのウェブサイト若しくはその他のオンラインロケーション、 又はそれらに登場する商品及びサービスの出所、スポンサーシップ、 取引提携関係、推奨関係などについて誤認混同を生ぜしめることを意図して、 インターネット上のユーザーを、 そのウェブサイト又はその他のオンラインロケーションに誘引するために、 当該ドメイン名を使用しているとき
本件において申立人は上記いずれかの類型に該当するかに関する明示的な主張は行っていないものの、 以下の理由から本件は上記 iv に該当すると判断する。
①登録者による本件ドメイン名の使用に関しては甲第5号証が提出されており、 申立代理人が本件ウェブサイトにアクセスした2025年4月11日時点における使用の実態として認めることができるところ、 本件ウェブサイトにおいては登録者が漢方医薬品を製造・販売しているかのような外観があったことが認められる。
②また、上記(2)⑤に記載のとおり、 登録者が本件商標や本件商品について認識することなく本件ドメイン名を登録し本件ウェブサイトを開設していたとは考え難いところ、 これに反する証拠は提出されていない。
③以上の状況に鑑みれば、 登録者が本件商標の著名性・周知性にフリーライドして、 登録者のウェブサイトへと誘因し、 登録者のウェブサイトを訪れた需要者に対し申立人自身のウェブサイトである等と誤認させ、 商業上の利益を得る目的によるものであることが強く推認されるところ、 登録者は何らの反論等も行っていない。
以上より、本件ドメイン名が不正の目的で登録または使用されているものと判断する。
7 結論
以上に照らして、紛争処理パネルは、 登録者によって登録されたドメイン名「taisho-kampo.co.jp」が申立人の商標と混同を引き起こすほど類似し、 登録者が、ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有しておらず、 登録者のドメイン名が不正の目的で登録または使用されているものと判断する。
よって、処理方針第4条iに従って、 ドメイン名「taisho-kampo.co.jp」の登録を申立人に移転するものとし、 主文のとおり裁定する。
2025年7月2日
日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル
単独パネリスト 卜部晃史
別記 手続の経緯
(1)申立書の受領
日本知的財産仲裁センター(以下「センター」という。)は、 2025年4月24日に申立書(添付する関係書類を含む。)を申立人から電子的送信により受領した。
(2)申立手数料の受領
センターは、2025年4月30日に申立人より申立手数料を受領した。
(3)ドメイン名及び登録者の確認
センターは、2025年5月7日にJPRSに登録情報を照会し、 2025年5月7日にJPRSから申立書に記載された登録者が対象ドメイン名の登録者であることを確認する回答並びにJPRSに登録されている登録者の電子メールアドレス及び住所等を受領した。
(4)適式性
センターは、 2025年5月8日に申立書が処理方針と手続規則に照らし適合していることを確認した。
(5)手続開始
センターは、2025年5月9日に申立人、 JPNIC及びJPRSに対し電子的送信により、手続開始を通知した。 センターは、2025年5月9日に登録者に対し郵送及び電子メールにより、 開始通知を送付した。 開始通知により、登録者に対し、手続開始日(2025年5月9日)、 答弁書提出期限(2025年6月6日)並びに書面の受領及び提出のための手段について通知した。 但し登録者宛電子メール送信分については一部が送信不能であり、 登録者の住所に送付した通知は「あて所に尋ねあたりありません」として返送された。
(6)答弁書の提出
センターは、提出期限日までに答弁書を受領しなかったので、 2025年6月9日に「答弁書の提出はなかったものと見做す」旨の答弁書不提出通知書を、 電子的送信により申立人及び登録者に送付した。
(7)パネルの指名及び裁定予定日の通知
申立人は1名のパネルによって審理・裁定されることを選択し、 センターは、2025年6月13日に弁護士 卜部 晃史を単独パネリストとして指名し、 一件書類を電子的送信によりパネルに送付した。 センターは、2025年6月13日に申立人、登録者、 JPNIC及びJPRSに対し電子的送信により、 指名したパネリスト及び裁定予定日(2025年7月3日)を通知した。 パネルは、2025年6月16日に公正性・独立性・中立性に関する言明書をセンターに提出した。
(8)パネルによる審理・裁定
パネルは、2025年7月2日に審理を終了し、裁定を行った。