メインコンテンツへジャンプする

JPNICはインターネットの円滑な運営を支えるための組織です

ロゴ:JPNIC

WHOIS 検索 サイト内検索 WHOISとは? JPNIC WHOIS Gateway
WHOIS検索 サイト内検索

ニュースレターNo.45/2010年7月発行

インターネット歴史の一幕:
真のボトムアップ
~ポリシーワーキンググループの発足

JPNIC IP、 IPv4アドレス在庫枯渇・IPv6推進分野担当理事/株式会社ユビテック
システムソリューションタスク シニアコンサルタント
伊藤 公祐

2004年11月、IPコミュニティの有志6名が集まり、日本においてIPアドレスポリシーを議論するオープンポリシーフォーラム(以下、JPOPF)を、独立して自主的に運営するポリシーワーキンググループ(以下、ポリシーWG)は発足した。今回は、他の地域にはない日本独自の、真のボトムアップ型IPアドレスポリシー策定プロセスが構築されたときのことを紹介したい。

それまでも、世界的にIPアドレスポリシーの決定方法は、IPアドレスを利用するコミュニティの民意(コンセンサス)によって決定する、ボトムアップ型プロセスを基本としてきていた。

しかし、実際には各地域とも地域レジストリ(RIR)がポリシー議論を手助けしたり、最終決定機関がRIRの委員であったりと、レジストリと完全に独立したものとは言えなかった。それに比べると、日本ではIPコミュニティの意見を尊重する形ではあったが、当時のJPNIC IP事業部の諮問機関であるIPアドレス検討委員会では、日本におけるポリシー検討プロセスについて見直しの議論が行われた。当時のJPNICオープンポリシーミーティング(JPOPM)は、他のRIRと同様に、JPNICがホストしてアドレスポリシーの議論をするスタイルであったので、これで本当にJPNICと独立したポリシー議論ができるのか?(紐付きのままでよいのか?)、真のボトムアップなポリシー策定プロセスと言えるのか?という課題意識が高まっていた。

そこで2004年7月のJPOPM6において、コミュニティからのポリシー策定プロセスの確立をめざし、IPアドレス検討委員会がコミュニティ側を代表する形で、コミュニティによるポリシーWGを中心にした新たなポリシー策定プロセスの提案を行い、コンセンサスを得た。また初代ポリシーWGチェアには、IPアドレス検討委員会より藤崎智宏氏(日本電信電話株式会社。以下、所属は当時)が選出された。

この決定を受けて、2004年11月、ポリシーWG発足にあたり、藤崎氏と当時IPアドレス検討委員であった小職(キヤノン株式会社)が、ポリシー議論に熱心な江面祥行氏(株式会社IRIユビテック)、中川あきら氏(株式会社パワードコム)、橘俊男氏(ヤフー株式会社)に声をかけ、忙しい中で居酒屋に集まった。これがポリシーWGのキックオフミーティングとなった。ここから、JPNICのお膳立てから脱却し、ポリシー議論の場をコミュニティ自ら立ち上げよう、という初の試みが始まった。

最終的に初期メンバーとして集まった有志は、先のキックオフミーティングに集まった5名に、沖幸弘氏(ソニーコミュニケーションネットワーク株式会社)を加えた6名となった。

ポリシーWGの目的は、これからの日本におけるIPアドレスポリシーの決定プロセスについて、レジストリにコントロールされる余地のない、真のボトムアップ型ポリシー検討スタイルとなる「JPNICにおけるIPアドレスポリシー策定プロセス」を確立することにあった。具体的には、オンラインフォーラムであるip-usersというメーリングリスト(ML)と、オンサイトフォーラムであるJPNICオープンポリシーミーティング(JPOPM)から成る、JPOPFの運営にあった。

そのコミュニティを独立して自主的に運営するという形を具体化するために実施することにしたのは、次の四つであった。

  1. JPNICとは独立した、コミュニティからのボランティアメンバーでJPOPMを運営し、日本でのポリシー議論の推進体制を確立すること
  2. JPOPMの案内Webサイトを自主的に立ち上げて運営すること
  3. ポリシーワーキンググループ自身の運営に使うMLを、独立して自主的に運営すること(JPNICのコントロール下にならない体制の構築)
  4. コミュニティを代表し、JPNICへの各種勧告や必要に応じて協議を行える立場を確保すること

ポリシーWGはこのようにスタートしたが、真の独立というのは言葉で言うのは簡単なものの、新しい組織を資金ゼロで立ち上げてポリシー議論を推進することは結構大変であった。特に、収入のないポリシーWGは、毎月運営コストをかけるわけにもいかず、ML一つ立ち上げるにも苦労した。当時は藤崎氏のプライベートなサーバを使わせていただいてMLやWebサイトを立ち上げるなど、家内制手工業な形でのスタートとなった。

ポリシーWGは完全なコミュニティベースを貫こうとしたが、一つだけ完全な独立をあきらめたことがあった。JPOPMの開催には議論のできる会場を借りる必要があったが、その費用を捻出するためにJPOPMを有料化するかどうかまで議論した。しかし、有料化はポリシー議論への参加者を減らす方向に働くという理由からあきらめ、JPOPMの会場費だけはJPNICに会場手配というファシリテーションの面のみ支援してもらう形で、従来と同じような規模のJPOPMを継続することにした。

かくして、JPOPM6でコンセンサスを得た新ポリシー策定プロセス(http://www.nic.ad.jp/doc/jpnic-00962.html(当時))は、2004年11月15日にJPNICで施行され、翌12月にはこの新しいプロセスに即したJPOPM7が開催され、日本の活発なポリシー議論の素地が構築された。

早いもので、ポリシーWGによるスタイルになってもう5年が過ぎた。この間、ポリシー策定プロセスも見直され(http://www.nic.ad.jp/doc/jpnic-01090.html(現行))、メンバーも一部入れ替わった。2006年12月には赤井卓氏(ソフトバンクBB株式会社)が加わり、江面氏が発足名誉メンバーへ、2007年11月には谷崎文義氏(NTTスマートコネクト株式会社)が加わり、2008年6月に小職がJPNIC理事に就くために退任した。しかしながら、ポリシーWGのメンバーは代われど、各メンバーの積極的な活動によって、ポリシー議論も衰退することなく、活発なJPOPF活動が継続されている。日本の活発なポリシー検討は、APNICでのポリシー検討にも貢献しており、その源泉がポリシーWGによる活発なポリシー検討スタイルであることは、APNICにも認められるところとなった。ポリシーWG各メンバーの長年にわたるご尽力には心から感謝したい。また、発足メンバーとしてこのような活動のきっかけに関われたことは、非常にうれしい限りである。

今後、IPv4アドレス在庫枯渇期を迎え、さらなる活発なIPアドレスポリシーの検討が求められ、結論を出すのが難しい局面を迎えることになるかもしれないが、IPコミュニティの積極的な議論への参画と、ポリシーWGのより一層の活躍に期待したい。

(参考)オープンポリシーフォーラム:http://venus.gr.jp/opf-jp/

ポリシーWGメンバー:(2010年5月現在、敬称略)
チェア: 藤崎 智宏/日本電信電話株式会社
コ・チェア: 中川 あきら/日本インターネットエクスチェンジ株式会社(JPIX)
メンバー: 赤井 卓
沖 幸弘/ソネットエンタテインメント株式会社
橘 俊男/楽天株式会社
谷崎 文義/西日本電信電話株式会社

このページを評価してください

このWebページは役に立ちましたか?
ページの改良点等がございましたら自由にご記入ください。

このフォームをご利用した場合、ご連絡先の記入がないと、 回答を差し上げられません。 回答が必要な場合は、お問い合わせ先をご利用ください。

ロゴ:JPNIC

Copyright© 1996-2020 Japan Network Information Center. All Rights Reserved.