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インターネットガバナンスの変遷

初版2013年10月25日
第2版2017年8月2日

インターネットガバナンスが指し示すものと原点

インターネットガバナンスとは、 インターネットを健全に運営する上で必要なルール作りや仕組み、 それらを検討して実施する体制などを表す言葉です。 インターネットがグローバルな広がりを持つものであること、 単一の管理機構を持たないこと、 関係するさまざまな人々が直接ルール作りに参加できる文化を持つことなど、 従前の社会制度が持つものと大きく異なるため、 しばしば興味の対象となり、時に摩擦の原因になることがあります。 また、この言葉が想起させる具体的なイメージや主要なテーマは、 人によって、時代によって、大きく異なります。

「ガバナンス(governance)」という言葉を英和辞典で引くと「統治、 支配」といった言葉が出てきますが、 世間ではこの二つの訳語より広い意味合いで使われることが一般的のようです。 例えばコーポレートガバナンスと言うと、ある企業が、意思決定、 指揮、管理、監査などを通じて、内外に問題を起こさず、 健全に経営されるようにする枠組み全般を示します。 ところが、インターネットのガバナンスは、 企業のガバナンスとは性質を異にします。

インターネットは、 あまたある自律的なネットワークが相互接続された全体を示しますので、 その起こりから今に到るまで、 単一の組織が一元的に管理するといった構造を取ったことがありません。 一方で、インターネットが健全に運営されるためには、 通信プロトコルの標準化、 統一された識別子の管理分配方法をはじめとした、 インターネット全体で共有されるルール策定が重要です。

インターネットの技術標準化を担うIETF (Internet Engineering Task Force) には、

We reject kings, presidents and voting. We believe in rough consensus and running code.

というスローガン[1] [2]があります。 IETFでは、技術標準の策定にあたって、 既存の単一の統治者や既存の意思決定機構によらず、 インターネットに関係する人々が直接関与した上で、 「大まかな合意」に基づいて、 「実際に動く実装製品」を志向する意思決定を行ってきています。 また、このような考えからIETFが意思決定過程に採用した、

  • 参加資格を問わないオープンネス
  • 単一の管理者の上意下達ではなく参加者の立案によるボトムアップ
  • 意思決定プロセスに掛かる資料や議論経過などあらゆる情報を公開する透明性

の3点は、インターネットのルール策定に関わる諸団体・会議体で、 大きく尊重されています。

インターネットはその起こりから現在に到るまでに、 少数の科学技術計算用大規模コンピュータネットワークの相互接続から、 執筆時点で35億人以上の利用者を全世界で抱えるグローバルな情報基盤へと規模を拡張してきました。 その過程で、 当初比較的少人数のコンピュータネットワーク技術者の合議で済んでいたルール策定は、 インターネットを利用するあらゆる人々の関与を必要とする、 社会的な広がりを持つものとなっていきました。 その間に「インターネットガバナンス」という言葉が大きく取り上げられる機会が何度かありましたが、 それが指し示す具体的な問題は、そのたびごとに異なります。

本稿では、以上に述べてきたことを踏まえ、 インターネットガバナンスという言葉が指し示す内容や、 中心課題の移り変わりをまとめています。 初版を取りまとめ公開したのは2013年10月でしたが、 今後も節目を迎えるたびに、新たな内容を付け加えることで、 本稿をご覧いただく時点までの歩みが分かるように整えていく予定です。

1996年から1998年 ― トップレベルドメイン管理方法

1990年頃、 研究ネットワークの相互接続であったインターネットに対して、 商用接続事業者が出現して以来、 インターネットは接続料金を払えば誰でも接続することができ、 電子メールのやり取りやファイル転送、さらにはWWW (World Wide Web)による画像を含んだドキュメントの閲覧などができるものになりました。 これをきっかけに大きく問題として取り上げられたのは、 トップレベルドメイン(TLD)の管理方法です。 WWWの発展によって、 Webサイトをテレビや雑誌などに代わる新たな広告媒体としてあらゆる企業が注目し、 Webサイトに顧客を誘導するためのキーワードとして、 ドメイン名が注目されるようになりました。 その結果として、以下の問題が顕在化しました。

  • TLDを管理するレジストリにドメイン名登録申し込みが殺到し、台帳管理機能の生来的な性質である、ドメイン名が一意であることを保証することに起因する自然独占により、レジストリが高収益を上げた
  • グローバルな広がりを持つインターネットの識別子であるドメイン名に対して、商標権を国際的に保護する仕組みが不十分

これらの問題を検討するために、 インターネットソサエティ (Internet Society; ISOC)[3]理事会を中心に、 多分野の専門家によって構成するInternational Ad-Hoc Committee (IAHC)[4]が設立され、 gTLD-MoU[5][6]と呼ばれる覚書の案が発表されました。 これには、gTLD (generic Top Level Domain、 分野別トップレベルドメイン)に関する新たな政策決定機構の案が含まれていました。

gTLD-MoUは、 世界中の多くのインターネット関連団体によって連署されることが計画され、 これを正統性の根拠として、TLDに関する政策決定を、 進めようとするものでした。

この動きには、 インターネットの技術開発に多くの資金を投じてきた米国政府がいち早く関心を示しました。 米国政府は電子商取引に関して述べた文書[7](1997年3月)に続いて、 当時いわゆるGreen Paperと呼ばれた文書[8](1998年1月)とWhite Paperと呼ばれた文書[9](1998年6月)の三つの政策文書を出しました。 これら米国政府の動きを含めた調整の結果、 gTLD-MoUを根拠とした管理体制に替わって、 TLDをはじめとする各種インターネット論理資源の管理を行うIANA (Internet Assigned Numbers Authority)の機能を担い、 その管理政策の制定を行う組織を設立することが決まりました。 この組織がICANN (Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)で、 設立は1998年10月です。

1998年から2003年 ― ICANNを中心とした政策決定過程

前項で挙げた、1990年中盤で顕在化した二つの問題に対して、 ICANNは以下の3点の具体的な施策を打ち出しました。

  • ドメイン名における商標権などに関する紛争解決を法廷外で図る、統一ドメイン名紛争処理方針(Uniform Domain Name Dispute Resolution Policy; UDRP)[10]の制定(1999年10月)
  • 台帳管理を一元的に担うレジストリと、ユーザーに対してレジストリへの申請・登録サービスを提供するレジストラを分離する、gTLD管理に「レジストリ-レジストラモデル」と呼ばれる競争の仕組みを導入(1999年11月)
  • 新たなgTLDの創設(2000年に7 TLD、2003年に6 TLD)

White Paperに至る米国からの政策文書では、 ICANNが取るべき意思決定過程として、 IETF以来のインターネットの伝統である、オープンネス、 ボトムアップ、透明性に加え、政府ではなく民間が主導することと、 地理的な観点、 およびインターネットに関与する立場の観点などからバランスの取れた意思決定過程 (これは後にマルチステークホルダーアプローチ(multistakeholder approach)と呼ばれるようなります) が推奨され、 これらすべてがICANNにおいて採用されました。

ICANN設立までに、インターネットに関する政策策定機構としては、 技術標準に関するInternet Engineering Task Force (IETF)と、 IPアドレスなど番号資源管理に関する地域インターネットレジストリ(Regional Internet Registry; RIR)などがありましたが、 いずれも多分に技術的な背景が色濃く、国境を越えたグローバル、 あるいは地域的なフォーラムであってもコンセンサスの形成は比較的に容易でした。 しかしドメイン名の政策に関しては、技術に加えて商標権、 競争など商業的な要素を大きく勘案する必要があります。 また、 ICANNはこれらの政策策定にグローバルな広がりの中で取り組んだ、 世界で初めての事例だといえます。 その体制をゼロから構築するという観点で、ICANNの機構設計、 過程設計は非常に挑戦的なものであったため、 ICANNでは上に挙げた具体的な施策と並行し、 意思決定機構の整備を随時行っていきました。

2003年から2006年 ― 米国によるICANN支配への懸念とWSIS

2000年代中盤、インターネットは広く一般に対して普及し、 既に企業活動や市民生活になくてはならないものとなっていたとともに、 セキュリティなどの観点からインターネット利用上の脅威も大きく意識されていたため、 公共政策を担う政府からの関心も高まっていました。 一方で発展途上国からは、ICTによる発展への期待が高まっており、 2003年12月に国際連合によりスイスのジュネーブで開かれた世界情報社会サミット(World Summit for Information Society)[11]の主要なテーマは「ICTによる開発」であり、 発展途上国に対するインターネット普及でした。 その中で、 インターネットガバナンスという言葉もテーマの一つとして挙がっていました。

ICANNの設立に当たって米国政府の意向が大きく反映されたのは、 ここまでに述べてきた通りですが、ICANNは設立以来一貫して、 米国商務省(Department of Commerce; DoC)[12]との間で業務全般に関して、 責務履行の覚書である「共同プロジェクト合意(Joint Project Agreement; JPA)」[13]や「責務の確認(Affirmation of Commitment; AoC)」[14]などを交わすとともに、 IANA機能の役務提供を米国商務省との契約に基づいて運営していました。 この契約の中で米国政府のIANA機能に対する関与を最も典型的に示すものは、 各TLD (gTLD、ccTLD (Country Code Top Level Domain、 国コードトップレベルドメイン))などすべて)のネームサーバの所在を定義しているDNSルートゾーンファイルの変更承認権であり、 これを米国商務省が保持していました。

これらICANNに対する米国政府の関与は、当時、特に中国、 ブラジルなどの国で大きな懸念であったため、 WSISの2003年ジュネーブ会合においては、 ICANNが遂行しているインターネット資源管理は、 政府間組織によって遂行されるべきだ、 などとする提案が提出されました[15]

ただし、このジュネーブ会合では、 議論を進める上で「インターネットガバナンス」という言葉の定義が十分明確ではないという指摘から、 定義を明確にするために、 Working Group on Internet Governance (WGIG)[16]と呼ばれる作業部会を組成して、 WSISの第2フェーズである2005年チュニジア・チュニス会合に向けて、 検討することになりました。 WGIGでは20項目以上に上る、 技術だけでなく社会的側面にも広がりを持った課題群がイシューペーパー[17]として準備され、 検討成果が最終報告書[18]にまとめられました。

WSISチュニス会合はこのような予備検討を経て開催されましたが、 焦点となったのはICANNの管理体制で、 本会合前日深夜に到るまで最終文書の合意に至りませんでした。 最終文書は、 情報社会の実現に向けた基本原則などを記述した「チュニスコミットメント」[19] [20]と、 前回持ち越しとなった論点の議論の結果を記した「チュニスアジェンダ」[21] [22]という二つで、 以下の3点が主なポイントでした。

  • 国際連合管轄でインターネットガバナンスフォーラム(IGF)[23]を設立し、マルチステークホルダーアプローチで最低5年間対話を継続する。
  • IGFは既存の組織や取り決めなどを置き換えるものではなく、対話のための場である。
  • ICANNの体制は米国政府の関与を含めて当面現状が維持される。

2003年、 2005年の2回にわたったWSISを中心としたインターネットガバナンスに関する議論は、 インターネットガバナンスとは何かという議論に関する一定の進展と、 さらなる深化に向けたIGFの設立という成果を残しつつ、 ICANNに対しては現状維持が決まったという結果となりました。

2006年から2011年 ― IGFと多様化するインターネットガバナンス

2006年から2011年は、インターネットガバナンスという言葉から、 IGFが最も強く想起される期間です。

WSISチュニスアジェンダに従って、 2006年からIGFが始まりました[24]。 チュニスアジェンダ第72項および第77項には以下のように記されています。

  • 72. 我々は、国連事務総長に対し、開かれた包括的なプロセスにより、2006年第二四半期までに、マルチステークホルダーの政策対話のための新しいフォーラムの会合を開催することを求める……
  • 77. IGFは監督機能を持たず、既存の取り決め、仕組み、機関や組織を置き換えることは行わない。逆に、それらと関与し、その能力を活用するものである。IGFは中立で、重複することなく、拘束力のないプロセスに基づいて進められる。インターネットの日常的または技術的な運用業務には関与しない。

(総務省による日本語仮訳より引用)[25]

IGFは何らかの決定を行うものではなく、政府関係者、技術者、 学者、市民社会といったインターネットに関与する異なる立場の人々、 つまりマルチステークホルダーに対して相互の対話の場を与えるものとして設定され、 政策策定や執行は、この対話の場を通じた検討の上で、 それぞれのステークホルダーの権能に従って行われるものとされました。 マルチステークホルダーアプローチ、 あるいはマルチステークホルダリズムはIGFの運営の中の随所で貫かれ、 壇上に上がるパネリスト、 プログラム編成に当たるグループなどでも、ステークホルダー、 地域、性別などのバランスが配慮されました。 インターネットの諸問題に関して、 技術者以外も広く一同に会して話し合われる場として、 非常に目新しいものとなりました。

IGFでは一貫して、3、4件のメインテーマを扱うメインセッションと、 これに同時並行して1回の会合で100にも上って開催されるワークショップという形式を取っています。 メインテーマとしては、セキュリティ、開放性、プライバシー、 多様性、アクセス[26]、 クリティカル・インターネット・リソース(Critical Internet resource; CIR)などが並び[27]、 これに加え「新たな課題(emerging issues)」と「現状評価と今後(taking the stock and the way forward)」などがメインセッションに配置されます。 メインセッションに並ぶテーマは第1回会合から大差がないため、 これらがインターネットガバナンスにおける主要な課題として広く認識されていると言えるとともに、 新たな課題に挙がるテーマは、「Web 2.0(2007年)」、 「ソーシャルメディア・プライバシーとデータ保護・違法コンテンツ(2009年)」、 「クラウドコンピューティング(2010年)」、 「モバイルインターネット(2011年)」、 「情報の自由流通と人権(2012年)」と、 時々のインターネットの状況を示すものとなっています。

WSISチュニスアジェンダでは、 IGFは最低でも5年の年限と定められ、これは2011年に5年間延長され、 さらに2015年には10年間再延長が決定されています。 マルチステークホルダーによるインターネット政策の対話の場としてのIGFの価値は、 国際連合の場でも広く認められていることの表れと言えます。

2012年から2015年 ― 多難なWCIT・政府の関与のあり方・WSIS 10周年

インターネットガバナンスを考える上で、 2012年に起こった大きな出来事は、 2012年12月の世界国際電気通信会議(World Conference on International Telecommunications; WCIT[28]、 2012年12月のものを特にWCIT-12[29])です。 これは、 国際連合の組織である国際電気通信連合(International Telecommunications Union; ITU)による会議で、 ITUが持つ条約規則の一つである、 国際電気通信規則(International Telecommunications Regulations; ITRs)を改正するために開催されるものです。 ITRsは1988年に初めて採択され、 当時通信量の大半を占めていた電話を中心に、 国際電気通信における各国や事業者が守るべきことが規定されたものですが、 制定から20年以上経ち、 インターネットの勃興を中心に様変わりした国際電気通信に対応するためとして、 改定活動が行われました。 少数の例外と細かな立場の違いを捨象すると、 おおむね先進国は改定には否定的・消極的、 発展途上国は改定に積極的、という構図でした。 このITRs改定はWCIT-12本会議に先立つ準備段階から、 インターネットに対して大きな影響を持つ決定につながるのではないかと、 大きな懸念と関心を集めました。 本会議会期に入っても改定消極派と積極派の溝は埋まらず、 昼夜を問わない議論と調整が繰り返されました。 その末に、 多数決にできるだけ頼らずコンセンサスを重視するITUの伝統に反して、 改定ITRsは多数決によって採択されるとともに、 採択されたITRsに対しては、先進国を中心に、 4割近い加盟国が署名拒否を打ち出すという結果に終わりました。

そもそも、WSISチュニス会合において大きな争点となったのが、 政府のインターネットガバナンス(当時、 具体的にはICANN体制)に対する関与であり、 これはチュニスアジェンダに拡大協力(Enhanced Cooperation)という言葉で盛り込まれていました。

  • 68. 我々は、全ての政府が国際的なインターネットガバナンスと、インターネットの安定、セキュリティ、および継続性の確保のために同等の役割と責任を持つべきであると認識する。我々はまた、政府による公共政策の策定にあたっては、全てのステークホルダーに対し意見を求める必要があることを認識する。
  • 69. 我々はさらに、インターネットに関する国際的な公共政策課題に関して、各政府が同等の立場でそれぞれの役割や責任を果たすことを可能にするため、将来、拡張した協力の必要性を認識する。ただし、これには国際的な公共政策課題に影響を与えない日常の技術的および業務的な事項は含まれない。
  • 70. この拡張した協力には、関連する国際組織を利用することにより、必要不可欠なインターネット資源の調整や管理に関連する公共政策課題について世界的に適用可能な原則を策定することを含むべきである。この意味で、我々は、インターネットに関連した必要不可欠な任務を負う組織に対し、このような公共政策原則の策定を促進する環境を創造することに貢献するよう求める。

(総務省による日本語仮訳[30]より引用)

以降、ITUを中心に国際連合のさまざまな会議体で、 主に発展途上国の加盟国から、 資源管理体制を含むインターネットのガバナンスに関して、 ITUや主権国家の権限を強めることを企図し、 成果文書にそのような文言を含める働きかけを行うなどの動きが続いていました。 その最たるものが、条約規則であるITRsを審議したWCIT-12であり、その結果は、 このようなアプローチが良い結果をもたらさないという大きな一例になったと言えます。

WCIT-12に続く、政府間機関での大きな出来事は、 2015年のWSIS10周年振り返り、 いわゆるWSIS+10レビューでした。 国際連合の世界サミットは、その開催から10年の時点で、 成果文書で示された方針の実施状況などの振り返りを行うことが定められています。 2005年のWSISチュニス会合の開催から10年を迎える2015年の国際連合総会には、 この振り返りが議題として上程され、6月から半年間ほどの準備期間を掛けて、 WSISチュニス会合の成果文書に示された方針の実施状況など、 10年間の流れを振り返り、その結果が総会決議としてまとめられました。 WSIS+10は、総会以外の国際連合の会議体においても、 インターネット政策に関する議論を喚起しました。 例えば、 ITUでは「インターネットに関連する国際公共政策に関する理事会作業部会(CWG-Internet)[31]、 開発のための科学技術委員会(Commission on Science and Technology for Development; CSTD)[32]では拡大協力作業部会(Working Group for Enhanced Cooperation)[33]が組成され、 それぞれ検討に当たりました。

国際連合の加盟国は、政府のインターネットガバナンスに対する関与のあり方を、 いくつかの会議体で議論してきましたが、 結果として今存在している体制を変えるような結果には至っていません。 それぞれの会議体で、現在のインターネット運営体制に支持の立場をとる国々と、 反対の立場をとる国々がいて、これらが成果文書に向けた調整を行う途上で、 無難な文言に落ち着いて採択されるということを繰り返しています。 これには、 WCIT-12のような混乱を避けたいという思いを強くしていることも作用していると言われ、 大きな節目であったWSIS+10レビューも、そのような結果となりました。 つまり、現体制に批判的な国々は、批判的なままだということでもあり、 今後も、大きな会議が開催されるたびに、 今までと同様の攻防が繰り返されるものと思われます。

2013年から2016年 ― スノーデン事件が起こした大きなうねり
その1:NETmundial

このセクションは、時期としては前のセクションと重なっています。 同時並行で進んでいったものですが、説明が混乱しないように分けました。

2013年には、米国国家安全保障局(NSA)の職員であったエドワード・スノーデン氏が、 NSAの通信傍受に関する資料を暴露した、 いわゆる「スノーデン事件」が起こりました。 米国は、インターネットの黎明以来、情報の自由流通を政策に掲げ、 自国のインターネットサービス事業者が全世界に対してサービスを提供し、 優勢を誇っていますが、情報の自由流通の結果、 米国の事業者が預かるデータが傍受の対象になりかねないとして、 スノーデン事件は世界中から非難を浴び、 米国および米国のインターネット業界の信頼を失墜させる結果となりました。 このスノーデン事件が引き起こしたと考えられている、 インターネットにおける大きな出来事が二つあります。 一つはNETmundial、もう一つはIANA監督権限移管です。

2013年10月7日、I*(アイスター)と呼ばれる、 インターネット技術基盤の標準化や運営ルールの制定を行う諸団体の代表者たちが、 「今後のインターネット協力体制に関するモンテビデオ声明」(以下、 モンテビデオ声明)と銘打つ声明を発表しました 。 この中では、「インターネットの関係者が直面する新たな課題に対処する必要」が論じられ、

  1. 広範な監視活動への懸念、
  2. グローバルな協力体制への努力意向、
  3. ICANNとIANA機能のグローバル化の加速の呼びかけ、
  4. IPv6移行の呼びかけ

の4点を強調しました。 このモンテビデオ声明が、前述の二つの出来事の発端となっています。

当時のICANNの事務総長、Fadi Chehadé氏は、 声明が出された共同検討会合の地モンテビデオから米国への帰路、 ブラジルの首都ブラジリアに、当時のブラジル大統領、 Dilma Rouseff氏を訪問したのですが、この訪問を受けて、 Rouseff大統領は「2014年4月にブラジルでインターネットガバナンスサミットを開催する」と宣言しました。 宣言されたサミットには、 その後「今後のインターネットガバナンスに関するグローバルマルチステークホルダー会合」という正式名称と、 ポルトガル語で「世界の」という意味の単語mundialを使ったNETmundialという愛称が付けられました。 NETmundial会合は、わずか半年の準備期間ながら、 文字通り全世界からインターネットに関するあらゆるステークホルダーが関与し、 インターネットガバナンスに関する原則とロードマップを示した成果文書、 「サンパウロNETmundialマルチステークホルダー声明」を採択し、 閉幕しました 。 NETmundial声明は2014年現在のインターネットガバナンスに関する考え方を明確に示したものとして高い評価を受け、 その後しばらくインターネットガバナンス関連諸会合で参照され続けました。

このNETmundial会合の成功を受け、 ブラジル政府の命でNETmundial会合を主催したブラジルインターネット調整委員会(CGI.br)は、 ICANNおよび世界経済フォーラム(WEF)とともに、2014年夏から、 NETmundialイニシアティブ(NMI)という活動を呼びかけました。 NMIはNETmundial会合の成果を引き継ぐとし、 インターネットガバナンスに関する諸課題について、 解決に向けた実践的活動の媒介機能を実現しようと企図され、 2015年1月以降運営規約の制定など準備を進めましたが、 2016年7月に活動を終了しました。

ブラジルはもともと、 WSISなどでICANNに対する米国政府の特別な地位に対して批判的でした。 NETmundial会合とNMIは、 インターネットコミュニティの中にブラジルの活躍の場を与えて、 政府間組織における批判的な立場を緩めようとしたものだ、 という捉え方が可能ですが、 短い期間に全世界のステークホルダーを巻き込んで仕上げることができたNETmundial声明は、 大きな成果と言えます。

2013年から2016年― スノーデン事件が起こした大きなうねり
その2:IANA監督権限移管:米国がインターネットに対する特別な地位を手放すまで

スノーデン事件が生み出した大きなうねりは、 3年掛けてインターネットに歴史的な転換をもたらすことになります。 2003年から2006年– 米国によるICANN支配への懸念とWSISの章で述べた通り、 1998年に設立されたICANNは、 米国商務省との契約に基づいてIANA機能の運営を行っており、 これが米国のインターネットに対する特別な地位 – IANA機能に対する監督権限を形成していました。 世界中のステークホルダーがNETmundial会合の準備を行っていた2014年3月14日、 米国商務省NTIAは、この監督権限を手放し、 「グローバルなマルチステークホルダーコミュニティ」に移管する意向があることを明らかにしました 。 実はこのIANA機能に関する契約は、 「米国政府から民間に対して移管するプロセス」の一環として結ばれ、 2年をめどに解消されるというのが、White Paperに示された方針でした。 しかし、契約は何度となく改定されながら維持されていたのです。 なぜNTIAがこの時点で監督権限の移管を打ち出したか、明確なことは分かりませんが、 スノーデン事件で失墜したインターネットにおける米国の信頼を回復するため、 という見方が存在します。

NTIAは、 グローバルなマルチステークホルダーコミュニティに移管後体制の提案の検討を依頼するとともに、 議論呼びかけ人としてICANNを指名しました。 ICANNでは、コミュニティへの意見聴取を経て、 IANA Transition Coordination Group (ICG)という、 さまざまなステークホルダー30人からなるグループを編成し、 このICGが提案の取りまとめにあたりました。 ICGでは、IANAが管理する三つのインターネット資源、IPアドレス、ドメイン名、 プロトコルパラメータを、それぞれの管理方針を検討するコミュニティであるRIRs、 ICANN、IETFに、 それぞれの資源に関する移管後体制提案を取りまとめるように依頼しました。 IANA契約の満了日である、2015年9月30日までに移管が実現するように、 資源ごとの提案締め切りを2015年1月15日に設定していましたが、 そもそも多様なステークホルダーを擁するICANNでは、検討に時間が掛かりました。 また、移管には、ICANN自身の説明責任機構の強化が必要だとして、 移管後体制の検討と並行して、説明責任機構強化の検討も行いました。 ドメイン名に関する提案のできあがりを待ち、 NTIAに対して移管後体制提案が提出されたのは、2016年3月10日。 IANA契約は、既存の延長条項によって1年延長となりました。

移管後体制は、 資源サービスを受けるコミュニティ側とICANNがサービス仕様を定義した契約を結び、 それに基づいてコミュニティがIANAのサービスを監視する (ドメイン名においてはIANA部局を子会社化して、ICANNと子会社の間で契約を結ぶ) 構造をとりました。 ICANNの説明機構は、 それまで重要事項の決定をすべて行ってきた理事会に対して、 優越する権限を有するコミュニティ代表体を創設することが強化策の柱となりました。 この提案はNTIAで要求を満たすものとして受け入れられ、 新たなIANA契約満了日2016年9月30日に向けて準備が進められました。 しかし民主党政権であった米国では、共和党がこの移管に難色を示し、 最終日まで抵抗工作が続きましたが、ついに2016年10月1日、 IANA契約は満了し、米国はIANA監督権限を手放しました[34][35]

設立時、2年と言われていたIANA機能の民間移管は、実に18年の後、実現しました。 それまでの間、RIRs、IETF、ICANNでは、 それぞれインターネット資源の管理方針や技術標準の検討をたゆまなく続け、 さまざまな機構改善を行ってきました。 NTIAの意向表明以来2年間、世界中のインターネットの関係者が検討を行うとともに、 三つのコミュニティの間でも調整、協同して、米国政府の監督に依らない、 新たな自治の形を作り上げました。 このような形で移管後提案を仕上げたこと自体が、 グローバルなインターネットコミュニティが持つ、 方針策定機構の有効性を証明したと言えます。 今後はこの新たな機構を、問題が生じた場合に修整することも含め、 運営していかねばならないため、真価を問われるのはこれから、と言えます。


[1] 「IETFのタオ:初心者のためのインターネット技術タスクフォースガイド」日本語訳による:私達は王様、大統領、投票を拒否します。 大まかな合意と動作するコード(プログラム)を信じます。

[2] Hoffman, Paul (Ed.), The Tao of IETF: A Novice's Guide to the Internet Engineering Task Force

[3] Internet Society

[4] JPNIC用語集IAHC

[5] 提案されているgTLD-MoU - 1997年2月28日

[6] gTLD-MoU - February 28, 1997

[7] The Framework for Global Electronic Commerce

[8] Green Paper翻訳文 

[9] White Paper翻訳文

[10] UDRPとは

[11] インターネット用語1分解説~WSISとは~

[12] ドメイン名の管理を含むインターネット関係については、傘下のNational Telecommunications and Information Administrationが担当しています。

[13] インターネット用語1分解説~JPAとは~

[14] インターネット用語1分解説~AoCとは~

[15] 総務省データ通信課「WSISにおけるインターネットガバナンス問題」

[16] http://www.wgig.org/index.html

[17] http://www.wgig.org/working-papers.html

[18] WGIG英語版報告書

[19] 原文

[20] 総務省による日本語仮訳

[21] 原文

[22] 総務省による日本語仮訳

[23] インターネットガバナンスフォーラム(Internet Governance Forum, IGF)とは

[24] JPNICでは役職員を派遣した第1回から第3回までのIGFに関して、メールマガジンJPNIC News & Viewsに報告記事をまとめています。

[25] 総務省による日本語仮訳

[26] ここで言うアクセスとは、発展途上国におけるインターネットアクセスの提供などが主眼となります。

[27] 会合ごとに多少のテーマの取捨やグルーピングなど構成が異なります。

[28]インターネット用語1分解説~国際電気通信規則(ITR)とは~

[29] World Conference on International Telecommunications (WCIT-12)

[30] 総務省による日本語仮訳

[31] Council Working Group on international Internet-related public policy issues (CWG-Internet)

[32] United Nations Commission on Science and Technology for Development (CSTD)

[33] Working Group to examine the mandate of WSIS regarding enhanced cooperation as contained in the Tunis Agenda (Working Group on Enhanced Cooperation (WGEC)

[34] 米国政府がインターネット重要資源の監督権限を手放しました ~今後はグローバルなインターネットコミュニティが監督~

[35] JPNIC News & Views vol.1439 IANA監督権限移管実現 ~これまでの歩みとこれから~

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