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ニュースレターNo.50/2012年3月発行

インターネット歴史の一幕:
JP-DRPの制定

グローバルコモンズ株式会社/代表取締役社長
坪 俊宏

JP-DRPの制定に向けてJPNICが動き出した頃、私はDOM-WG(JPドメイン名登録検討部会)のメンバーでした。その頃の様子を思い起こしながら、JP-DRPの制定にまつわる動きを振り返ってみたいと思います。

1999年5月、私は、ベルリンで開催された第2回ICANN会議に参加する機会を得ました。当時は主にgTLDに関するさまざまな問題解決に向けての議論が行われていました。そして、その一つがドメイン名紛争を解決するためのポリシー、いわゆるUDRP(統一ドメイン名紛争処理方針)の制定に向けての議論でした。

ICANNにおける話の中身はgTLD中心ではありましたが、この当時、DOM-WGの中でも、JPドメイン名の移転禁止を撤廃することや、1組織1ドメイン名原則に縛られない新しい空間を作るといった話題が出始めていた頃ということもあり、私にとっては、JPドメイン名が次のステップに進むためには「UDRPのようなもの」を作らなければいけないと考えさせられる大きなきっかけでした。

JPドメイン名に「UDRPのようなもの」を作るためには、知的財産(知財)関係の弁護士の方々の協力が不可欠でした。これは、「紛争処理機関」が設置された後、知財に詳しい弁護士の方々に、裁定を下すパネリストになってもらう必要があったためです。

当時、弁護士の方々は、ICANN UDRPの「非拘束的」という特徴に難色を示している、ということを伝え聞いていました。これは、自分達がパネリストとして裁定を下しても、それに不服な場合は、裁判に訴えることが可能であり、場合によっては、裁定とは異なる判決が出される可能性があると考えられたためです。

しかし、それはUDRPの一つの側面に過ぎず、弁護士の方々には、ドメイン名について、そして、UDRPについて、もっと理解を深めていただく必要があると感じていました。また、当時は、ドメイン名関係者と知財関係者の交流・情報交換の機会はかなり限定的なものであったため、これから協力して何かを作っていくという雰囲気作りの必要性も感じていました。

ベルリン会議から2ヶ月経った1999年7月、DOM-WGにて「ドメイン名と知的財産権に関する研究会※1」を始めることにしました。参加者はドメイン名関係者と知財を扱う弁護士の方々。定期的に講師を招いてみんなで勉強会をすることにしました。

この研究会は、第1回から早くも大きな成果を出します。質疑応答の時間、弁護士の松尾和子さんが「私はドメイン名のADR(裁判外紛争解決)は非拘束ということで良いかもしれないと思っているんですよ」との発言。これには私自身かなり驚きましたが、知財分野の第一人者のこの発言により、「非拘束的なJP-DRPを作れるのでは」との期待が一気に高まりました。

何回かの研究会を経て、ドメイン名関係者と知財関係者の間にかなりの共通認識と信頼関係が生まれました。そして、この研究会と平行しつつ、1999年12月、JP-DRPの制定に向けて具体的に動き始めることにしました。「DRP-TF(ドメイン名の紛争解決ポリシーに関するタスクフォース)」の結成です。JPNICのWGやTFは、JPNIC運営委員が主査を務めるのが通例でしたが、DRPTFは、あえて外部の松尾弁護士に主査をお願いし、「日本の知財関係者とドメイン名関係者の協力で作られるJP-DRP」の実現を目指しました。

半年間の議論の結果、2000年5月、JP-DRPが出来上がりました。しかしながら、それに基づいて紛争処理をする機関がなければ、JP-DRPを実施することはできません。1番の候補は、工業所有権仲裁センター(現在の日本知的財産仲裁センター)であり、紛争処理機関になっていただくための申し入れもしていました。同センターの内部では、これを引き受けるべきか否か、かなりの議論があった模様で、我々JPNICとしては、代替案として、スイスのジュネーブにあるWIPO(世界知的所有権機関)調停仲裁センターに、JPドメイン名の紛争処理機関になってもらうという可能性も、一時期考えたこともありました。幸いにも、工業所有権仲裁センターに紛争処理機関となっていただくということが8月に決定し、JP-DRPは、2000年10月、実施の運びとなりました。これを受けて、JPNICは「ドメイン名の移転禁止原則」を撤廃。そして、2001年2月には、汎用JPドメイン名の導入という流れになります。

JPNICとしての仕事は、これで一段落でした。が、最後に一つ大きな問題が残りました。それは、JP-DRPに法律(不正競争防止法)が追いついていないということでした。JP-DRPは非拘束的なものであるため、その裁定に不服の場合は裁判に持ち込むことが可能です。しかし、JP-DRPの判断基準と当時の法律の判断基準が異なるものであったため、そのままでは、JP-DRPに基づく紛争処理裁定で勝っても訴訟で覆るという可能性がありました。

DRP-TFには、オブザーバーとして関係省庁の方々にも参加していただいていましたが、DRP-TFでの実質的な議論が終わった2000年夏頃から、通商産業省(当時)の知的財産政策室を中心に、不正競争防止法改正に向けての動きが始まりました。

経済産業省※2からパブコメ募集とともに法律案概要が出されたのは、翌年、2001年3月。法律案は、JP-DRPと実体要件において整合することを目指すものであり、その方向性は良しとするところではありましたが、「不正」の判断基準が若干曖昧だったり、また、「インターネット」や「ドメイン名」の定義が不適切であったりするなど、JPNICとして許容できない点が幾つかありました。経済産業省の担当者からは「JPNICからのコメントは、場合によっては法案成立を左右する可能性もある」と言われながら、JPNIC理事会の意見をとりまとめ、コメントを提出しました。

最終的には、法律案には、JPNICにとっても評価できるだけの修正が加えられ、2001年6月に国会で可決、そして、12月に施行となりました。


※1 ドメイン名と知的財産権に関する研究会
http://www.nic.ad.jp/ja/materials/dnip/

※2 2001年1月の中央省庁再編に伴い、通商産業省より名称変更。

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