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ニュースレターNo.89/2025年3月発行

いまあらためて哲学を考える

株式会社企 代表取締役
クロサカタツヤ

このところ、偽・誤情報への関心が高まっています。 ソーシャルメディアを中心に、 ネットで流通する情報の品質については以前からいろいろな意見がありましたが、 日本では2024年の衆院選と兵庫県知事選に関連したさまざまな課題から、 多くの方にとって「自分事」となったようです。

しかしこの問題は、実に簡単で、実に難しい、という困った性質を有しています。 実に簡単というのは、あるべき姿(TO BE)がシンプルだということです。 偽・誤情報のない状態が欲しいと誰しもが願いますし、 その合意に反対する人はいないでしょう。 一方で、偽・誤情報とは何かという課題特定(AS IS)を進めようとすると、 とんでもなく難しい迷宮に入ります。

まずもって、何が偽・誤情報なのか、 人々の受け止め方(文脈)によって異なります。 たとえば「太陽は西から昇る」というのは、 理科の授業を受けている時には明確な間違いですが、 かの名作「天才バカボン」を読んでいる時は正解になる。 そりゃそうだろう、と思われるかもしれませんが、 その文脈が個人的なものである場合、 何が正解もしくは間違いなのか、 解釈する本人にしか判定できません。

そんな極端な話をされても困る、と思われるでしょうか。 ところが2024年秋の米国大統領選で、実際にそれは起きています。 決戦前の討論会で、 当時はまだ候補だったトランプ氏が「不法移民がペットの肉を食べている」と言った時、 司会者だったABCテレビのデビッド・ミュアー氏が「今の発言は間違いです」とファクトチェックのコメントを、 トランプ氏本人および視聴者にリアルタイムで伝えました。

ではこのファクトチェックが米国民の意志決定に影響したかというと、 結果はご存知の通りです。 なぜなら多くの米国人は、発言の真偽を知りたかったわけではなく、 またトランプ氏の言うことがいわば「ネタ」であることを知っていたからです。 そしてそのネタによってトランプ氏が表現しようとしていたことに、 米国民は共感を示したからこそ、トランプ大統領が再び誕生したと言えるでしょう。

実際、大統領選に勝利した後、 トランプ氏は「カナダは51番目の州だ」というようなことを言っています。 カナダ国民の感情は少なからず逆なでされたと思いますが、 一方でこれは米国民のよく言う「悪い冗談」です。 2024年夏に米国東海岸に引っ越して、仕事のみならずご近所付き合いも含め、 多くの米国人と交流していますが、砕けてくるとそんな話になります。 これは我々日本人も同じはずです。

では偽・誤情報を放置するしかないのか。 実際に米共和党政権は、歴史的に「表現の自由」を強く重んじます。 米国における表現の自由とは、言論に政府が介入しないことであり、 政府に近似する権力を有する者もそこに介入すべきではない、という考え方です。 すなわち、ビッグテックによるプラットフォームが、 コンテンツ・モデレーションを行うことを否定し、 ソーシャルメディアをはじめネットを使いたい人間は自分のリテラシーで戦え、 ということを言いつつあります。

しかしそれは、あまりに乱暴というものです。 少なくとも、犯罪行為そのものや、 犯罪を助長するような「明確な悪意がある」場合、 その言論は制限されるべきでしょう。 また個人の権利・利益を著しく侵害する場合や、 社会を騒乱状態に導くことを狙っているものも、 やはり許容されるべきではありません。 さらに、そうした言論によって不当に利益を得る行為も、 やはり見直される必要があります。 いま我が国ではこのような検討が進められていて、 私も総務省の検討会のメンバーとして参加しています。

繰り返しますが、とても困難な課題です。 そもそもニーチェは、人間はわかり合えないものだと説いていますし、 「わかるとは何か」ということさえも難問で、 こうした険しい山を登ってきた認知科学が人工知能の基礎の一つとなっており、 その人工知能がさらに問題を複雑化しています。 もはや我々は問題を解いているのか作っているのかもわからない、 そんな状態にいるのかもしれません。

それでもなお、私たちはこの問題に立ち向かわなければなりません。 なぜなら人間が人間である限り、言葉を手放すことはできないからです。 だからこそ私たちはあらゆる言葉を発する際、 カントの言う「自律と尊厳」を求め、相手にもそれを認めることが必要です。

こんなにも、 哲学(特に認識論)の問題に誰しもがチャレンジする必要に迫られるようになるとは、 思っていませんでした。 ただもしかすると、厄介ですが、猛烈に楽しい時代なのかもしれません。 ぜひJPNICコミュニティの皆様とも、そんな話ができないかと思っています。


執筆者近影
プロフィール●クロサカタツヤ
慶應義塾大学大学院修了後、 株式会社三菱総合研究所を経て、 2008年に株式会社 企(くわだて)を設立。 通信・放送分野のコンサルティングを行うほか、 総務省、経済産業省、OECD(経済協力開発機構)等の政府委員を務め、 5G、AI、IoT、データ経済等の政策立案を支援。 2016年から慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授、 2024年より米国ジョージタウン大学客員研究員を兼務。

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