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    /P▲         ◆ JPNIC News & Views vol.940【特別号】2012.3.2 ◆
  _/NIC
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◆ News & Views vol.940 です
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『ネトボラ宮城』は、宮城県を中心に「ネトボラ=ネットボランティア」を
行う団体です。本号では、第7回までとは異なり代表の佐藤大さんではなく、
佐藤さんの話を聞いて、実際に現地でボランティアに参加したJPNIC職員によ
る、活動レポートをお届けします。

なお、ネトボラ宮城活動レポートのバックナンバーについては、以下のURLか
らご参照ください。

□ ネトボラ宮城活動レポートバックナンバー
   http://www.nic.ad.jp/ja/mailmagazine/backnumber/net-volunteer.html

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◆ ネトボラ宮城活動レポート [第8回]
   ~ネトボラ宮城に触発され、ボランティアに行ってみた~
                                  JPNIC インターネット推進部 根津智子
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私が初めて「ネトボラ宮城」の代表である佐藤大さんにお会いしたのは、
JPNICのメールマガジンで「ネトボラ宮城活動レポート」を連載し始めてから
は3ヶ月後、当の東日本大震災からはおおよそ6ヶ月も経過した、2011年9月の
半ばでした。涼やかにお話しされる方だなぁ、というのが第一印象です。

「今、世間も二極化していますよね。仕事を辞めてボランティアしているよ
うな人もいれば、すっかり震災自体を忘れている人も。そんな中で、これま
で半年間何もしてこなかった人が、これからボランティアしようとしても入
りにくいですよね。しかし半年経ったからこそ、一刻を争ってしなければい
けないことは少なく、そんなに遠くに行かなくてもできることもあるんです。
現地でやらねばならないようなことは、現地の人を雇用し、そこに生活が生
まれる仕組みにした方が良いんですから。ネトボラ宮城も毎日毎日をそんな
に熱血に活動しているわけではないんですよ(笑)。」

地震、津波、そしてそれに継いだ原発事故では、多くの方が多くを失いまし
た。私はいわゆる被害らしい被害を受けたわけではありませんでしたが、そ
れでも2ヶ月ほどは、経験したことのない緊張感の中で過ごし、5月初めになっ
て、ようやく節電などにも軽口を言う余裕が出て、「JPNICとしてできること
はなんだろう」などと考え始めました。そんな時、東北大学の曽根秀昭先生
から「ITで被災地を後方支援する」ネトボラ宮城の存在を教えていただき、
そこから、メールで佐藤さんに連絡を取って、JPNICメルマガに取り組みを寄
稿してもらう、ということを始めたのでした。

そのような形で、数度にわたりネトボラ宮城の活動をお届けしてきたのです
が、回を重ねるにつれ、そこはかとない居心地の悪さも募っていきました。
一度も被災地の様子をこの目で見たこともなく、東北の地理すらろくにわかっ
ていない私のような人間が、自分は何一つ手を動かさずに、活動している人
にさらに原稿を書くことを強いている。例え活動を広く世間に知らせるとい
う大義名分があるとしても。そんな思いがしていました。しかし、だからと
言って、ネトボラ宮城のメーリングリストを見ていても、自分に具体的にど
んな活動ができるかわからず、毎日、ボンヤリと眺めるだけでした。

しかし、そんな私にも、いよいよ機会がやってきました!2011年12月16日、
JPNIC総会後の講演会のためにいらっしゃった佐藤さんから、またタップリお
話を伺ったことに触発されて、何の気なしに見ていたWebサイトで、盛岡と宮
古の間に位置する「かわいキャンプ(*)」の書き込みを見つけました。「冬に
はボランティアが少なくなります、この情報を共有してください」と。はて、
このキャンプは、2月に出張で行くことになっている岩手大学から、さほど遠
くないところではないのか?そしてこれは、私に「行け」というお告げでは
ないのか?今までウジウジしていたものに一気に踏ん切りがついたように感
じました。

   (*) http://www.morioka-shakyo.or.jp/kawai/kawaiweb.html

そしてこの2月半ば、盛岡に出張になり、その間、何人かの同僚が、私のやる
はずの仕事を快く引き受けてくれて、無事、出張後の2日間、ボランティアに
参加できることになりました。路線バスに乗って、朝5時45分の真っ暗な盛岡
駅を出発し、7時20分に宿泊場所でもある「かわいキャンプ」に到着した時も
まだ薄暗く、私の不安がお天気と連動しているようでした。幸いだったのは、
途中の峠は凍結していたものの、キャンプのある場所は意外にも雪は数セン
チ程度しかなかったことです。勝手に「東北と言えば雪深い、北に行けばな
おさら」と想像していましたが、太平洋側は気温がマイナス10度と低くなっ
ても、雪はあまり降らないんだそうです。そんなことも知らず、スノーブー
ツで参上し、着脱がとても面倒で、自分の無知を恥ずかしく思いました。

必要な手続きをした後にオリエンテーションを受けて、8時過ぎには私の本日
の活動地となる津波による被害も大きかった、三陸沿岸の宮古市に向けて、
ワゴン車で出発しました。国道106号線に沿った1時間ほどの道のりは、うっ
すらと雪景色の山並みで、時に凍結はしながらも流れる閉伊川(へいがわ)に
沿って走る道並みは、ドライブ好きの私には心躍るものでした。閉伊川は鮭
も遡上する、川釣りファンの聖地だそうです。その日、私に与えられた仕事
は、宮古市内にある仮設住宅の談話室で住民の方をお迎えして一緒に語らう
という「サロン活動」というもので、宮古市のセンターでも、再びオリエン
テーションを受け、ラジオ体操をして、そこから2台の車を乗り継ぎ、担当の
仮設に向かいました。

仮設の一番端に設けられた談話室に着いた午前10時過ぎ、外気温はマイナス
3度ほどだったでしょうか。まず開口一番に出た言葉は「とにかく寒い!」。
わずか10畳ほどのプレハブのスペースでしたが、ここを暖めるのに家庭用エ
アコンに過度な期待を寄せるのは酷というもので、私自身が人心地つく温度
になるまでに、2~3時間はかかりました。幸か不幸か、午前にも午後にも訪
問客は誰もおらず、ちょうど談話室が快適な暖かさとなって誰かをお迎えで
きる状態になった午後3時過ぎには、私達は残念ながら後ろ髪引かれる思いで
その場所を後にすることになりました。実は午後2時ごろには、移動販売車が
やって来て、住民の何名かの方が買い物のために部屋から出て来られたので
すが、「今日は私達が談話室にいるんですよ!」などと押し付けがましくお
誘いするのは気が引けて、ほとんど話しかけられませんでした。

後から聞いた話ですが、こうした談話室を巡る状況は、場所によっても違う
ようです。私が訪れた一帯は、若い世帯が多く住み、昼間は働かれている方
が多いそうですが、高齢者が多い地域はもっと賑わっているようです。特に
「ボランティアが来ている」ということがわかると、被災された方々の方が
気を遣って談話室に来てくれることも多いのだとか。インフルエンザも流行
するこの寒さの中、入れ代わり立ち代わりやって来る、勝手も良く知らない
ボランティアの相手をするのは、正直、どちらが構ってもらっているのかわ
からない状態ではありますが、被災された方々にとっても、「あそこの談話
室は誰も来ない」などという噂が立ち、ボランティアが1人も来なくなってし
まえば、まるで自分達が見捨てられたようで悲しいという思いもあるのでは、
ということでした。だから、毎日談話室を開放することにも意味があるし、
こういうところからコミュニティの自主性が生まれ、時間を経て、自治会の
ようなものを育てていきたいと、市の社会福祉協議会の方はおっしゃってお
られました。

談話室からの帰り、「わざわざ東京から来たのだから」と言って、送迎の方
が、宮古湾近くのスーパー堤防や瓦礫置き場をドライブしてくれました。車
窓から流れ見るだけでも瓦礫の量は膨大で、「一つの自治体で、こんな量の
瓦礫を全部処分しきれるわけない」と素直に思いました。折りしも「どこの
自治体が瓦礫の受け入れを拒否」などというニュースがたびたび流れていま
す。何が正しく、何が間違っているとは一概には言えませんが、テレビの映
像からだけではリアリティに欠けるからか、被災地域が受けた痛みを共有す
るどころか、その地域にさらなる責めを負わせる論調の社会は、自己中心的
で悲しいと感じています。

次の日は写真の洗浄活動に参加しました。自衛隊によって回収された海水に
浸かったアルバムを解体してゴミを落とし、バクテリアによって侵食された
部分をアルコールなどで洗浄して整理し直すものです。このバクテリアを落
とさないと、今後、写真全体への侵食が進んで、変質してしまうんだそうで
す。

午前中は、教えてもらいながら、洗浄された写真をポケットアルバム等に整
理する作業を担当しました。展示した時に見つけてもらいやすいように、特
徴的な写真をポケットアルバムの上に貼ったり、写真の説明キャプションを
わかりやすい日本語にするよう、心がけました。写真が私の趣味でもあるか
らか、結婚式、お雛祭り、遠足……と誰かの一大イベントを、想像を巡らせ
ながら私なりに整理していくことは、とても楽しい作業でした。あらためて
写真というものは、人々の幸せな記憶に大きく結びついていることを感じま
した。

担当の整理作業が終わったため、午後は写真洗浄に参加することになりまし
た。バクテリアに侵食された部分はアルコール等で拭くと、簡単に色が落ち
てしまう(逆に言うと、侵食されていない部分は拭いてもそのまま)のですが、
悪い部分を全部きれいに拭いてしまえば、元々が何の写真だかわからなくなっ
てしまうことも起こり得ます。どの部分を徹底的にきれいにし、どこは傷ん
でいても残しておくべきか、傷みの具合や、人の主観によっても判断が分か
れるところです。私自身は「写真は構図がすべて」と思っているため、「少
しでも消して、撮影者の意図した構図を損なう」という作業には、少なから
ず抵抗がありました。「もう乾いているんだから、バクテリアがこれ以上に
侵食するには相当の時間がかかるのでは。だから、何も消さずに傷んだまま
返し、返された人がどうしたいか決めればいいんじゃないか?」などと、素
人考えで思ったりしました。

壁には「やりすぎるな、自戒を込めて」そんな言葉が貼ってありました。今
まで携わった方々が、悩み苦しみながら作業してきたことがとてもよくわか
ります。現に写真の洗浄や整理に関しては、それを行う組織や活動単位によっ
て、少しずつやり方やポリシーが違うようです。正解があるわけではありま
せん。その組織内で何人もの方が議論を重ね、コンセンサスを形成し、そこ
ではそうしたやり方が実践されているということです。

写真洗浄作業には、時に地元の高校生もクラス単位で参加しているため(私が
参加した日には高校生の受け入れはなく、大人ばかり10名弱での作業でし
た)、高校生にはさすがに担当させるのは酷だろうと、私に渡された写真は、
お葬式を撮影したかなり傷んだものでした。「消すところが最小限であるよ
うに!」と願いながら、傷んだところを恐る恐る拭いていると、喪服姿の多
い、黒を基調とした写真は、なんだかさらに黒ずみを増してしまい、「いっ
そのこと、傷んでいるところ全部をきれいさっぱり拭いて、真っ白にしてし
まった方が、写真としては良いかな?」と考えたり、しかしそうするために
は参列者の何名かの存在そのものを消さねばならず、そういう大切な記憶や
記録を消すという作業が、自分のまったくの一存にかかっていることに、不
思議な感覚がありました。

この写真洗浄作業は、2012年3月11日の慰霊式典の際に展示できるようにと、
急ピッチで作業が進められていましたが、1枚1枚に対してそんな調子で向き
合っているため、単なる作業効率の話としては片付けられず、その当時に残っ
ていたダンボール11箱分を、今月中に作業し終えられるかわからないという
ことでした。また、莫大な量の写真をどう展示するかについても、話し合い
が持たれていました。

ボランティアに参加している方々の経歴も、本当にさまざまでした。私のよ
うな日曜ボランティアもいれば、センターに住んで長期にわたり活動してい
る人、「退職後に四国のお遍路巡りで地元の方々に受けた数々のご恩を、ど
こかの誰かに返したい」というオジサマ、修行中の尼僧、自称「ヒマだから」
という冬休み中の大学生、「10日間の休暇」を家族にもらい参加している専
業主婦、東京から岩手に毎週末通うビジネスマンなど、「日常」と呼ばれる
世界ではなかなか見つけにくい一つ一つの個性が、同じ目的を得て、生き生
きと活動する様子が見て取れました。

週明け、そんな世界から、私の現実である会社に戻ると、みんなに「どうだっ
た?」と質問攻めにあいました。実はその日の朝礼でも皆の前でもどうだっ
たか尋ねられて、とても気恥ずかしかったくらいです。「ボランティアだと
か、絆だとか、その言葉の影に透けて見える、うそ臭い親切さ加減がどうも
好きになれない」などと言う人もいますが、実は多くの人たちが、私と同じ
ように、リアルな東北の情報や、それに接して自分はどう考えるのかにとて
も大きな興味を寄せていると感じました。ボランティアであるか、被災者で
あるかということは、実はある側面からは大きな違いではなく、「生きる」
という誰にも共通する命題の下、誰にとっても「今日という日に対して、自
分はどう向き合うのか」が一番重要なことなのかもしれません。

と、ここまでいろいろと述べてきましたが、私自身も、たった2日間で何かが
わかったわけではありません。私の今回のボランティアにおける一番の収穫
は、時の運と周りの支えのおかげで、このように少しだけでも語る機会が与
えられた、そのことだろうと今は考えています。


     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
       ネトボラ宮城の詳細については、http://netvol-myg.w3m.jp/
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 JPNIC News & Views vol.940 【特別号】

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