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【 2 】News & Views Column
「インターネット時代の思い出工学」
成城大学 社会イノベーション学部 教授 野島久雄
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インターネット、携帯電話、CATV・・・ 私達があふれるばかりの情報に取り
巻かれているのは言うまでもないでしょう。問題は、単に取り巻かれているだ
けでなく、私達自身が作り出している情報も膨大になっているということで
す。私自身の例で言えば、戦災で思い出の品をほとんど焼いてしまった母には
子どもの頃の思い出の写真はほとんど無いらしいです。私の子どもの頃の写真
は、アルバムにして1冊分くらいはあります。今手元にないものの、写真のひ
とつひとつを思い浮かべることができる程度のものです。それに比べると、今
高校生の娘は、生まれたときのビデオから、その後にたくさん撮りためた写
真、そして私のパソコンの中にあるデジカメの写真を含めると、写真だけでも
膨大なものになっています。
写真だけではありません。私達が大学生の頃(もう30年も前です)、手紙を出
す時にそれをコピーするという習慣はありませんでした。手紙は出してしまっ
たら、自分の元には記録が残らないものでした。しかし、電子メール時代に
なった現在、10年前からの自分のメールを全て保存しているという人は珍しく
ないでしょう。個人的な発言が記録され残るのは、昔ならば王侯貴族か芸術家
くらいのものだったでしょう。でも、今は、ごく普通の個人が個人的な記録を
残せる時代になったというわけです。
しかし、これが私達の個人的な思い出の保存と活用のためになっているかとい
うと、必ずしもそうはいえないのが問題です。思い出情報を保存する技術に対
して、思い出を活用するための技術、そして人にとって思い出とは何かを考え
るための思い出の心理学の発達がまだ不十分なのです。今、ITの世界で研究・
実践を行っている私達が、緊急に取り組む必要があるのは、人にとって意味の
ある過去を再構築し、それを未来につなげるための学問、「思い出工学」なの
ではないでしょうか。
■ 著者略歴
野島久雄
NTT電気通信研究所を経て、成城大学社会イノベーション学部教授。博士(情報
科学)。専門は、インタフェースの心理学、認知心理学、認知科学。
著書に、「<家の中>を認知科学する」新曜社、「方向オンチの科学」講談社
など。