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ニュースレターNo.35/2007年3月発行

巻頭言:e-Scienceの広がり

JPNIC理事/安達 淳

昨年4月にJPNICの理事を拝命しました。どうぞよろしくお願いいたします。20年程昔のインターネット黎明期に少しネットワークのことをかじりましたが、その後はデータベースなどの仕事を中心にしてきたことから、久し振りのネットワーク関連の仕事で少しドギマギしているところです。イーサネットの太い同軸ケーブルを引き回してコンピュータをつなげていた頃を思い返すと隔世の感があります。この間に、X.25、OSI、ISDN、ATM、FDDIなど多くの通信関係の装置や言葉が現れては消えていきました。近頃は、なぜ通信では音声が64kbpsなのかを知っている学生が珍しくなりました。一方、telnetやftpという言葉は今でも聞くことがあります。ハードウェアよりもソフトウェアやプロトコルの方が硬いのです。容易に変えることもできませんし、新しいものを普及させるのは至難の業です。

さて、私の所属する国立情報学研究所では、この20年程大学同士をつなぐネットワークを提供してきました。これはSINETという名称で呼ばれており、当初はコンピュータセンターを相互につなぐ網として生まれ、その後はキャンパスネットワークをつなぐネットワークとして広がっていきました。リサーチネットワークの勃興時に比べると、インターネットがごく普通のものとなってしまった今において、往時と比べるとその役割や意義も次第に変容し、それらを再定義しつつ、どうしたら大学のために貢献できるだろうと考えながらネットワークの提供を続けております。当初のつながればよい、速ければよい、という要求が強かった時代から、現在では何よりも運用の安定性が求められるという、本当のインフラとしての役割が強く求められています。

現在、国立情報学研究所が全国の情報基盤センターと協力して進めている活動にCSIというものがあります。これは、Cyber Science Infrastructureの略で、「最先端学術情報基盤」が正式名称です。2年程前から提唱している活動ですが、これは欧米で進んでいる学術情報環境の動きと呼応しているものです。

欧米では、すでにいくつかの次世代情報基盤であるCyber Infrastructureの実現に向けた活動が始まっています。このCyber Infrastructureを一言で言うと、高速ネットワークの上で研究活動を行うための基盤ということになります。このようなものは従来ありましたし、元々インターネットがそういうものだと言われれば正にその通りですが、もう少し大きな潮流の中に位置付けられているというのが私の強調したい点であります。なぜ、今Cyber Infrastructureなのかということについては、現在の科学技術研究の大きな流れの変化の兆しと密接な関係があると考えています。それが“e-Science”なのです。

e-Scienceとは、イギリスに由来する言葉です。OST (the UK Office of Science and Technology)の長官であるJohn Tailor氏が言い出したのが始まりです。この“e-Science”のポイントは、科学技術研究活動が国際連携や学際的なアプローチを必要とするものに変貌しつつあるという認識です。たとえば、典型例は天文学や素粒子物理学に現れています。

天文学では、望遠鏡により天空のいろいろな方向の画像を撮影してデータベースに蓄えています。従来はこのようなデータは個々の研究者が保持していたのですが、現在の望遠鏡作りには莫大な国費が投入されています。このような状況では、観測データの共有ということが必然となり、また国際協力も必要になってきます。世界中の研究者は、必要とする観測データの所在を探して自分の研究目的に使用できるように確保できるような環境を望むようになりました。

このような環境を実現するには、観測データに共有のためのメタデータを付与し、それを相互に参照して必要なものを迅速に転送できるようにしなければなりません。また、その解析にはスーパーコンピュータが必要になります。 この天文学の例に顕著なように、今後いろいろな研究分野で、観測機器、電子顕微鏡、地震計などのセンサーから発生する大量のデータを適切に蓄積し、それを探索できるようにしておくことが必要となるでしょう。一方で、研究者の必要とする情報を的確、迅速に転送でき、また処理できる環境を整備していくことが今以上に重要になると思われます。

また、研究が精緻なシミュレーションをベースにするような方向に動いていくことにも留意すべきです。特に産業界ではこの傾向が加速すると予想されています。そうなりますと、スーパーコンピュータを多用して得たシミュレーション結果のデータもまた、センサー出力のデータと同様にして共有する必要がでてきます。

このようなことを実現する環境として考えられているのが、Cyber Infrastructureなのです。

このようにして研究活動がどんどんサイバーな活動になっていくと何が起こるでしょうか? いずれにせよ、大量の電子データから必要なものを探しそれを処理するために、ますますソフトウェアが重要になります。研究者はソフトウェア処理に依存する割合がますます高くなります。

このような研究スタイルは、従来の個人単位や研究室単位で実験を行っていたような分野にも影響を及ぼすと思われます。サイバーな研究活動を支えるには、ネットワーク、スーパーコンピュータ、大規模ストレージなど、大がかりなインフラが必須で、これらの維持管理は、個別研究者が行うようなことではなく、国家的な投資により実現されることになると思われます。つまり、今後、科学技術における国際競争が激化する中で、国家的にはこのようなインフラへの投資がますます重要で、従来型の研究体制では競争できなくなると懸念されます。

道路や橋などの公共インフラは別として、学術的な情報インフラはずっと「総論賛成、各論反対」の対象でした。必要性は認めていただけるものの、実際にお金の配分を考えるときには二の次、三の次になってしまいがちでした。しかし、Cyber Infrastructureに関しては今後、国の研究の基礎体力に直結するものとして、もっと重視していただけるのではないかと期待しています。

e-Scienceに向かう流れの中で、情報基盤の役割を再定義しようとしているのがCSIなのです。従来の構成要素のネットワーク、スーパーコンピュータ、そして学術コンテンツを有機的に連携させることにより、強力な研究推進基盤ができると考えています。

我が国では、ややもすればハードウェアが優先されてきたと思いますが、これからのCSIの上では、従来以上にソフトウェアやスキルを持った人材など、ソフト面への投資が重要であると考えています。CSIでは、現在、基盤的なソフトウェアとして、GRIDと認証基盤を位置付けて開発を急いでいます。また、その上で活躍する人材を育成することも重要な課題として認識しています。

2007年の4月から新たな学術ネットワークとしてSINET3の配備が始まります。東京-大阪間は40Gbpsで運用を開始し、e-Scienceの拡大により早期にこの帯域を満杯にしたいと期待しています。また、IPサービスのみならず、レイヤ1、レイヤ2のサービスも提供し、実験装置などを接続する複合的な研究ネットワークとしての新たな役割を開拓していくことを狙っております。


執筆者近影 プロフィール●安達 淳 (あだち じゅん)
1981年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。東大大型計算機センター、学術情報センターを経て、現在国立情報学研究所教授。また同研究所の開発・事業部長を兼務。東京大学大学院情報理工学研究科教授を併任。情報検索、電子図書館システム等の開発研究に従事。また、現在、文科省の科研費による大規模な共同研究「情報爆発」の推進に参画している。

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