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ニュースレターNo.55/2013年11月発行

「JPNIC 会員感謝の集い」を開催~JPNIC20年に寄せて~

2013年9月6日、東京・パレスホテルにて、JPNICとして発足してから20年を機に、日頃私たちの活動を支えていただいているJPNIC会員に感謝をする「JPNIC 会員感謝の集い」を開催し、多くの方にご参加いただきました。集いは、講演会と懇親会の二つのパートに分かれ、そのうち講演会は、村井純顧問による特別講演「アフターインターネット時代」と、6名の講演者によるパネルディスカッション「インターネットが成すべきこと 〜将来、希望〜』で構成されました。

本稿では、その二つの講演会のエッセンスとともに、20年に際して作成された小冊子「JPNIC20年のあゆみ 〜日本のインターネットとともに〜」、Webにて正式版を公開した「インターネット歴史年表」についてご紹介します。

●特別講演:村井純『アフターインターネット時代』より

写真:村井純氏

「今日は『アフターインターネット』というタイトルをつけましたが、『ビフォーインターネット』と『アフターインターネット』とは一体どういうものでしょうか。例えば私の学生の世代は、『リアル』と『バーチャル』と言っても、バーチャルという概念がピンと来ない世代です」という出だしから、講演は始まりました。

1990年代にWorld Wide Webができるまでは、ビジネスのインターネットがなかった時代です。その後90年代後半に商用サービスが始まり、TCP/IPを実装したWindows 95が発売され、一般の人がインターネットを使うようになり、IT・インターネットバブルが起こりました。これが2000年のY2K問題を経て、2001年9月にはアメリカであの「9.11」事件が起こります。「ここにインターネットに携わっていてショックであった一つの転機があった」と話は続きます。つまり、「国を守るためなら、国民のコミュニケーションを傍聴してもよい」というような議論が始まり、インターネットの自由な発展に危機感を持ち始めた、というのです。

そのため、その後にはインターネットの中立性に関する議論が多くなりました。つまり、皆のためのアクセスを保障しようということになり、「インターネットのアクセスは人権だ」と言い出す人も増えました。それは一見、良いことのようにも見えます。しかし「人権」、すなわち公共政策の極みだという話になると、「国が積極関与すべきだ」というメッセージにもなり、リスクを孕んでいることが指摘されました。

こんなエピソードも紹介されました。インターネットは「グローバルは当たり前」と思われがちですが、実は「ローカル」という概念も切り離せないというエピソードです。

村井顧問が1986年に日本でドメイン名とIPアドレスの管理を始めるにあたり、Jon Postel氏と調整した時の話です。その時に先行していたJPとUKは、Postel氏からの委譲を受けてドメイン名の管理を始めることになりましたが、後に続く申請をどうするかという整理にあたり、ISO 3166-1を利用したccTLDという概念が考案されました。コミュニティベースにインターネットを拡げることが目的でccTLDが考案されたのに、それが結果的に「国」の概念を持ち込むことになったのではと述べられ、心残りな感じが見て取れました。

インターネットができる以前には、「International Society」はありましたが、「Global Society」は存在していませんでした。しかし、ビフォーインターネット時代にはない「Global Society」は、アフターインターネット時代には存在します。つまり、「Global Society」は、インターネットが作った世界です。 ではこのインターネットが作った「Global Society」は、どう維持していくべきなのでしょうか?例として、2000年に日本政府がIT戦略を提唱し、「IPv6」が戦略の一つの重要な柱として掲げられた時のエピソードが紹介されました。IPv6を日本で率先すべきかという議論になった際、「これからユーザーが増えるアジアの他国のため」という話をしたそうです。当時、インターネットユーザーは日本とアメリカに最も多く、特に日本のユーザー数は中国よりも多い時代でした。今は「マーケット=利用者が適切に決めていく」ことは普通のことになりましたが、Global Societyを維持していくにあたり、「利用者が適切に決める」というデファクトスタンダードの始まりだったのではないか、と述べられました。

また、今興味を持っていることとして、「ロシア経由で北極を通るケーブルのルート」の話がありました。遅延やRTT(Round Trip Time、信号を発してから応答が返ってくるまでの時間)を気にすると、最短距離でパケットが届くことはとても重要です。そのため、「ロシア経由で北極を通るルートは重要だ」とずっと多くの人に言い続けてきたそうです。それが今や、そこにいくつかの会社の船が通るようになり、光ケーブルの実現性も現実味を帯びてきており、2011年3月の東日本大震災を考えても、切れない、冗長性のあるネットワークを作るのは我々の役目だと思っている、と語られました。

今や、インターネットに求められる役割はますます重くなっています。例えば、放送業界は今、4K、8Kと呼ばれるスーパーハイビジョンのブロードキャストへの移行期にありますが、ここにインターネットの力を使えないか、IPで時報は放送できないのかなど、そういうリクエストもあるそうです。IPで遅延なく放送するというのは不可能に近いことに思われていますが、ありとあらゆる制限を超えていこうとするチャレンジができるのも、我々だけなのではないか、と述べられました。

このように、アフターインターネットの時代というものは、「インターネットは当たり前」だと信じている世代が、今までの基盤を支える数多くの努力を理解するどころか、さらに要求が高まる時代と言えるかもしれません。「無理ばかり言って」と、要求に応えられないのはつまらないことだ。そういう要求を受け止め解決するのが我々の使命である。だから北極ケーブルも欲しい、これが私にとってのアフターインターネットである、と講演は締めくくられました。

●パネルディスカッション『インターネットが成すべきこと 〜将来、希望〜』

パネルディスカッションのパネリストは、次の通りです。

  • モデレータ:江崎浩(JPNIC副理事長)
  • パネリスト:川村聖一氏(NECビッグローブ株式会社)
  • パネリスト:楠正憲氏(ヤフー株式会社)
  • パネリスト:田川義博氏(情報セキュリティ大学院大学)
  • パネリスト:田中邦裕氏(さくらインターネット株式会社)
  • パネリスト:中山雅哉氏(東京大学)

ディスカッションは、事前にパネリストに「今インターネットで気になることは何か?」「守るべき、どう成長させるか、必要なものは何か」「注目の技術」を質問し、その答えを披露しながら、主に次の二つの観点にフォーカスが集約する形で議論が展開していきました。

  • 論点1: 民間主導のインターネットのあり方は、今後どうなっていくのか
  • 論点2: 次の世代をどう育てていくのか
写真:パネルディスカッションの様子

以下に、2点に集約された議論をまとめるとともに、最後に「我々が目指すべき方向性とは」を記します。

○論点1:民間主導のインターネットのあり方は、今後どうなっていくのか

もともとインターネットは、「自律・分散・協調」の理念の下に自由な発展を遂げてきました。しかしそうした発展の一方で、インターネットのそもそものアーキテクチャや理念には理解も関心もなく、単に「使えれば良い」とする一般ユーザーや、悪意のあるユーザーも多く出現し、セキュリティの問題、特にプライバシーや安全保障上の問題が顕在化しています。

そうなると「安心・安全なインターネットをどう提供していくのか?」に焦点が当たります。そして、そこで同時に「誰がどのように意思決定することで、インターネットが健全に維持されていくのか?」ということが関心事となっているのです。

これまでのインターネットにおけるルール的なものの決め方は、市場の中で徐々に皆で対応策のコンセンサスを作り上げる形で問題に対峙し、結果として秩序ができてくるという市場的意思決定の色彩が濃いものでした。つまり、「対等なマルチステークホルダーが意思決定をしていくべきだ。それで結果として、秩序が生まれる」というものです。

しかし、こうしたルールのあり方と問題解決力だけでは、現実の世界では当然のように保障されていた権利や名誉が守れなかったり、問題解決ができない事象が実際に起き始めています。例えば、消費税を払わない企業が問題になっています。また、海外の踏み台を利用されてIDを盗まれたり、掲示板に書き込みされ、救済が難しいようなケースも増えています。このような、インターネットが国境を簡単に越えられる状況の中での秩序維持を考えると、どうしても「国家間の枠組み」の中でも問題をとらえて検討していかざるを得ない局面が増え、それにつれ、「政府の関与も反映した意思決定が必要ではないか」という管理的な考え方を持つ人も中には出てきて、それに同調する人もグローバルには出てきています。 市場的な意思決定の良いところは、間違えてもその部分をまたやり直せばよいという気軽さです。また、どういう問題があっても、市場における競争の中で、ユーザーの要求水準を満たすサービスを提供する事業者が現れるという利点があります。一方、管理的な秩序を求める場合、まずはグランドデザインを構築し、それを実装していくという演繹的アプローチとなるため、その最初のデザインがうまくいけば大きな利益が望めます。しかし逆に大きくデザインを間違える危険性もあります。また、国のレベルで1人1人までケアしていくことは実はそんなに簡単ではないという声や、インターネットが本当にうまく機能するのかという危惧も、パネルディスカッションではありました。

このように、自由を重んじて対等な関係を築くことを重視するのか、それとも問題解決や弱者の保護を最優先にするかのせめぎ合いは、これからも続いていくことでしょう。

インターネットには、RTTが短く誰もが安価に制約なく参加できるという、自由さと気軽さがあります。そうだからこそ、インターネットはこれだけ広がりました。こういう性質のインターネットに対して、過度に大きな期待があるのではないか、フィルタリングを入れてそこで安全保障をしよう、アタックされた時には通信網上のインターネットで何とかしようと、そういう方向にばかり議論が進むと、「インターネットがかわいそうだ」という意見もありました。

何が本当に市場競争の問題で、何が制度上の問題なのかは、切り分けて考えていく必要があります。インターネット上で本当に対応しなくてはいけないのか、他のもので対応すべきなのかを考え、可能なものについては、インターネットの周辺で適切に対応できる構造を、ここにいる我々が考えていくべきではないか、という壮大な問題提起でした。

○論点2:次の世代をどう育てていくのか

インターネットが存在しない時代にインターネットを作った世代には、ビジョンがあり、その世代はこれからも、その創設に込めた思いを積み重ねていけるはずです。しかし、インターネットがすでに存在するところからスタートした世代にとっては、ガバナンスにしてもルールにしても、どんどんがんじがらめになっていく印象ばかりがある中で、新しいビジョンをインターネットに注ぎ込むことが難しいのではないか、という問題提起がありました。

実際問題として、インターネット基盤のエンジニアは40歳代以上が多く、サーバやネットワークといったインターネットを支える基盤技術に興味のある若者は少ないという現実があります。技術に成熟し、素晴らしいアプリケーションを作れる若者は数多くいますが、それはすでにインターネットがあった上でのことです。サーバの作り方や配信方法などに対しては、ベーシックでコアな部分には必然性を見出せなくなっているのか、興味を持つ人が特に少ないとのことです。

インターネットの今後を議論する人の中に「10代20代の若者が入ってこないと、インターネットは変化せず、固くなっていくだけだ」という危惧が示されました。インターネットの運用を教え、それを引き継ぎ、インターネットの議論に対しても、新しい人材がどんどん入ってこられる仕組みやコミュニティがないと、インターネットは今の延長線上にしかなっていきません。「後から来る人に、どう次を担う人材となってもらえるのか」は、大変シビアな問題です。

今後、インフラとしてのインターネットは持つのでしょうか?これからますますトラフィックが増え、東日本大震災で国際海底ケーブルがかなり切れたように、また大地震などの災害が起こる可能性もあります。インターネットなしで経済活動ができないのに、まるで水か空気のようにあって当たり前としかとらえられていなかったら、不測の事態には対応できません。

また、人材の確保には波もあります。技術の波やビジネスの波に対してのリスク管理をどうするかの問題に対応するには、プロモーションも重要です。この業界に興味を持つエンジニアを引き入れ、活躍できる場を作るようにすることがもっと必要になります。

我々は基盤インフラとしてのインターネットに対しての責任を持っている一方で、創造性を発揮できるストラクチャーも同時に確保し、引き継いでいかないとなりません。この二つが、我々のこのコミュニティで考えていかなくてはいけない問題ではないかと提起されました。

写真:後藤理事長とJPNIC会員
●懇親会ではJPNIC会員に感謝の念をこめた記念の楯を後藤理事長より手渡しました

○まとめ:我々が目指す方向性とは

今までに出た二つの論点も踏まえて、我々が目指す方向性はどこにあるのでしょうか。パネルディスカッションの中でも明確な答えが出たわけではありませんが、パネリストの発言や質疑応答の主な発言をまとめます。

  • 意思決定プロセスを考察すると、アメリカでは企業が政府に対し政策的なアプローチをする一方、戦後の日本の慣習では、企業が官の意向を受けて実行するということが、往々にして行われてきた。しかしインターネットの普及で、地理的にもグローバルにサービスを提供し、また競争もグローバルな中で、言われたことをそのまま聞ける環境ではなくなっている。
  • こうした中で、インターネットの世界は、これまでの関係者の努力のたまものにより民主導が実現できているため、これを崩すべきではない。
  • インターネットの有益性が社会的に小さい時は、インターネット内での自治を考えていれば良かったが、そのやり方を守るには、今は社会的な影響力が大きくなりすぎているのは事実。そのためインターネットの現実を見ると、もどかしさは確かに存在し、秩序を保つにあたり、政府が入らざるを得ない局面もあるかもしれない。しかし利用者のことを考え、Win-Winの関係を築けるのは、民にしかできないことだ。
  • これから、市場的な決定より政策的な決定が増えるとしても、良きインターネットを保つためには、その決定について民がもっと発言をしていくべきだ。利用者の利便性を保ちながらアーキテクチャとしての透明性・公平性を確保するには、実際にインターネットを動かす人がもっと自ら動かないといけないのではないか。つまり、JPNIC会員のようにインターネットを動かす運用の立場から、経験に基づいた事実のもとに、適切な証拠と論拠を出し、ポリシーに適切に関与、立案していくべきである。
  • 民か官かという紋切り型で考えるのは間違いであり、それぞれがそれぞれの役割を果たす必要がある。適切なグループやコミュニティが増え、その立場で役割と責任を果たせることが理想だ。これがマルチステークホルダーである。単純に政府の役割が増えるというのは健全ではない。一緒に同じゴールを見て、皆にとって受け入れられる解にしていくためには、共に課題に向かい合い、お互いの役割をそれぞれが果たすということが必要だ。

パネルディスカッションの最後は、「こういう話題は、注意して話さないといけない。安易な『民主導』という言葉も気をつけないといけない。要は責任が変わっており、それが重くなっているということである。問題意識を共有し、我々の責任を果たしていくべきだ。これからも、皆で協力しインターネットを動かしていこう」と力強く締めくくられました。

●小冊子「JPNIC20年のあゆみ 〜日本のインターネットとともに〜」について

講演会の会場では、小冊子「JPNIC20年のあゆみ 〜日本のインターネットとともに〜」が配布され、佐野晋常務理事から、この冊子を作った経緯についても紹介がありました。

現在、インターネットに関わるありとあらゆる黎明期の情報、例えば当時にやり取りされたメーリングリスト、Web上の情報、会議資料、プロシーディングス、論文、そして関係者の記憶までもが、失われつつあります。また、インターネットが創設された頃の状況や理念を知らない人もどんどん増えています。

正しい理解が、これからの発展には必要だとすると、変遷を伝えるための情報の保全と整理が必要になります。そこでJPNIC内に「歴史編纂委員会」が2011年に組成され、メンバーとして株式会社日本レジストリサービスの協力も得て、活動を行っています。

その一環として、IPアドレス、AS番号、JPドメイン名という日本の資源管理の経緯・沿革をまとめ、作成したのが、今回の小冊子です。

目次は次の通りです。必ずしてもすべてが時系列ではなく、各トピックスに分けて解説しています。

  1. 資源管理とレジストリ
  2. JNIC発足以前の資源管理からJPNICの設立まで
  3. JPNICによる資源管理への本格的な体制整備
  4. 本格的なインターネット時代に向けた資源管理の変遷
  5. グローバルなIPアドレス管理体制の確立へ
  6. ICANNによるグローバルなドメイン名管理体制
  7. 汎用JPドメイン名とJPRSの誕生
  8. IPv4アドレス在庫枯渇とIPv6
  9. 課題と今後

この小冊子については、JPNIC Web上でもPDFを公開していますので、ぜひご覧ください。

https://www.nic.ad.jp/ja/history/#20th

写真:小冊子「JPNIC20年のあゆみ 〜日本のインターネットとともに〜」の表紙

●「インターネット歴史年表」正式版公開

この「JPNIC 会員感謝の集い」の開催に合わせて、それまで準備していた、インターネット資源管理の歴史を中心にまとめた「インターネット歴史年表」を“正式版”として公開しました。

この年表については、2013年6月19日に一度ベータ版を公開したのですが、その後、皆様から100件以上のご意見をいただいた上で改善を図り、正式版では新たに約150件の出来事を追加しました。同時に「法制度」「セキュリティ」の両カテゴリーを新たに追加し、さらには日本のインターネットの歩みを海外の方にも知っていただけるよう、日本語版と合わせて英語版も公開することにしました。特に「セキュリティ」カテゴリーの追加については、一般社団法人JPCERTコーディネーションセンターのご協力を得て実現したものです。

この歴史年表の作成にご協力くださいました皆様に、この場を借りてお礼申し上げるとともに、同時に、今後も年表の精度を上げ、より充実した内容としていくため、ご意見、情報、資料を今後も引き続き募集しています。年表についてお気付きの点、またはご提供いただける情報や資料がありましたら、JPNICまでお寄せください。

  1. インターネット歴史年表 URL
    ・日本語版 https://www.nic.ad.jp/timeline/
    ・英語版 https://www.nic.ad.jp/timeline/en/
    写真:インターネット歴史年表のwebサイト画面
  2. 情報提供方法
    必要事項を記載の上、次のあて先にお送りください。
    history-comment@nic.ad.jp
    ・インターネット推進部 歴史編纂担当 宛

(JPNIC インターネット推進部 根津智子)

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