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ニュースレターNo.59/2015年3月発行

インターネットワークの起こりと広がり ~林英輔先生の功績を中心に~

東京大学 情報基盤センター ネットワーク研究部門 准教授
中山 雅哉

日本国内では、1980年代半ばまでは大学や研究所などの組織内部においてLANの構築が行われるようになり、1980年代後半から徐々に、組織のLAN同士を相互に接続した「インターネットワーク」という組織間接続が進められるようになりました。

1984年10月には、UUCPプロトコルによるJUNET(Japan/Japanese University NETwork)の実験が、また同年にはDECnetプロトコルによるHEPNET-J(High-Energy Physics Network Japan)の構築が、さらに1985年4月にはRSCSプロトコルによるBITNETJP(Because It’s Time Network in Japan)の運用が始められたことが、これらの代表です。

その後、米国などで1981年頃から研究が進められてきたIPによる「インターネット」が、国内でも 1988年のWIDE(Widely Integrated Distributed Environment)、JAIN(Japan Academic Inter-university Network)、1989年のTISN(Todai International Science Network)などで始められました。さらに1992年には学術情報センターによるSINET(Science Information NETwork)が全国の大学研究機関を相互接続する運用ネットワークとして発足することになります。

一方、JAINの活動は、旧帝大の大型計算機センターなどを中核として各地の大学等をUUCPやIPによる相互接続する「地域ネットワーク」を構成する形に進展しました。

東京大学を中心として1992年に運用が始まった地域ネットワークがTRAIN(Tokyo Regional Academic InterNetwork)です。それまでの「インターネットワーク」は、共同研究などを中心とした「実験」として組織間を相互接続するものが多かったのですが、TRAINは「運用ネットワーク」をうたった最初の「インターネットワーク」の一つでした。当時は、各大学はN1プロトコルを用いて大型計算機同士を接続する形態がとられていましたが、組織同士をIPによる接続形態に切り替えるようにプロモーションを進めたこともあり、関東甲信地区の多くの大学等が、TRAINに接続されることとなりました。

TRAINを円滑に運営するために、各組織が「共通経費」と呼ばれる分担費用を支払うための仕組みを検討したり、相互接続するネットワークの「AUP(Acceptable Use Policy)」に配慮した加入承認の仕組みを作るなど、さまざまな課題の解決が必要でした。これらに尽力された、後述する故林英輔先生の貢献は大変に大きなものでした。

特にTRAINでは、初等教育機関として山梨大学付属小学校(1994年)を日本国内で初めてIP接続することが承認され、その後も、100校プロジェクトや山梨県・アイオワ州国際教育交流プロジェクトの参加校などの、初等中等機関の接続を受け入れてきました。学術研究ネットワークが多かった当時では、教育機関を接続組織として受け入れてインターネットの利用推進に尽力されたことは、現在の教育機関でのインターネット利用にも大きな影響を与えることになりました。

100校プロジェクトが終了する頃からは、各自治体で教育用ネットワークの構築が行われるようになりましたが、山梨大学を定年退官された故林英輔先生は、その後、勤務された麗澤大学において、NPO法人「柏インターネットユニオン(KIU)」を創設され、千葉県柏市の学校でLAN環境の整備をする「Net Day」の活動や、柏市の学校をインターネットに接続する地域ネットワーク環境の提供活動などに尽力されています。

さて、話をTRAINに戻しますと、各参加組織におけるインターネット利用の需要拡大に伴うトラフィックの増加が主な要因で、設立から7年後の1999年にTRAINは解散に至りました。既に国内でも各種商用ISPが増えてきており、「共通経費」による運営形態だけでは十分な運用が困難になることが予想されたためです。

TRAINの解散にあたり、「東京地域アカデミックネットワークの歩み-TRAIN活動報告書-」(2000年3月発行)がまとめられましたが、林英輔先生の書かれた巻頭の挨拶を最後にご紹介します。

『かつて我が国にインターネットが普及しはじめた初期、TRAINという名の学術系地域ネットワークがあった。それは、当時の大学にインターネットの安定した利用環境をもたらすのに貢献し、7年間活動すると、活動を止め、組織を解散した。その活動の痕跡は何も残っていない。ただ、当時そのネットワークの構築や運用に携わった人が残っていて、未だにネットワークをやっている。間もなくこんな風に語られることになるだろうと思います。今ではインターネットの利用は飲み水がほしければ水道の蛇口をひねるのと同じように、容易に利用環境が手に入る時代になりつつあります。その昔、美味しい水を求めて澤の源流の泉をたずねたり、深く井戸を掘る人達がいました。TRAINが解散して一年経って、TRAINに関わった人々によるTRAINの活動の歩み、すなわち活動報告書をお届けします。』

このように1990年代後半、商用のネットワークが未発達だった頃、日本全国でいくつか地域ネットワークが生まれ、この地域ネットワークから初等・中等教育の現場や自治体へのネットワーク作りが広がり、そして地域IXへの展開まで至り、ネットワークが広がってきました。2014年5月に急逝された麗澤大学の林英輔先生は、これらの活動に尽力されてきました。

先生のご冥福を心よりお祈りいたします。

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