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ニュースレターNo.60/2015年7月発行

APRICOT-APAN 2015開催報告 「福岡へきんしゃい」開催までの道

APRICOT-APAN 2015への道

2011年2月末から3月にかけ香港において、APRICOTとAPANというアジア太平洋地域のインターネットに関わる二つの国際会議が初めて共同開催されました。その前後からAPRICOTの日本の常連参加者の間で、そろそろAPRICOTを日本で開催してはどうかという話題が出されるようになっていました。その直後に東日本大震災が発生し、その大災害の中でインターネットの有用性は再認識されましたが、一方でアジア太平洋地域における日本の存在感の希薄化を危惧するようになりました。

そのような状況を少しでも好転させ、アジア太平洋地域での日本のプレゼンスを向上させるために、国内の5社が中心となって、APRICOTを日本に招致するために2012年の春ごろより準備を始めました。開催のターゲットとした年はさまざまな調整や準備も考え、2015年としました。また、APRICOTを招致するだけではなく、あわせてAPANとの2回目の共同開催を模索していくこととなりました。開催地もいくつかあった候補の中から福岡に決定し、正式に招致に乗り出すこととなりました。

その後、インターネットマルチフィード株式会社の細谷僚一氏を実行委員長としてオールジャパンの体制を構築し、またJPNICは実行委員会の事務局機能を担当するということで形式を整えていきました。また、それぞれの国際会議の主催者であるAPIAやAPANとのコンタクトや協賛企業の勧誘、さらにはイベントそのものの認知度向上のための活動も同時並行的に開始することとなりました。徐々に準備を開始した結果、まもなく主催者それぞれから開催にOKが出ました。

APRICOTとAPANとは何か

APRICOTとはその名の通り、アジア太平洋地域のインターネットの運用技術のための国際会議であり、主にインターネット基盤の運用技術に関して議論が交わされています。また、あわせてAPNIC Meetingも開催されるために、資源管理や、直近ではインターネット・ガバナンスに関しても取り上げられています。しかし、それはこのカンファレンスの持つ一面でしかなく、別の一面として、その場でヒューマンリレーションシップが形成され、さまざまなネゴシエーションやコーディネーションが行われています。その中には、もちろん営業活動も含まれます。このため、APRICOTにはアジア太平洋のみならず北米やヨーロッパからも著名な参加者が毎回参加しており、その場で横のつながりを広げていくことで運用にもビジネスにも広がっていきます。

一方のAPANは主に学術系を中心としたものでありますが、インターネットそのものの研究開発ばかりではなく、医学・農業・芸術といった応用分野の研究者も多数参加してWorking Groupを作り、それぞれのWGでの活動も非常に盛んです。特に医療の分野においては遠隔医療のさまざまな実験をAPANの運用しているネットワークを介して行い、またこれまでにはAPANのミーティング中に商用のサービスでは実現できないようなデモも行われてきました。

APRICOT-APANは性格が異なる二つの国際会議を共同で開催する試みであり、2011年に香港で初めて行った際には、共同開催としては大成功という評価となりました。共同で開催するにあたっては、さまざまな調整事項が発生はしますが、一方でアジア太平洋地域のインターネットに関わるさまざまなプレイヤーが一堂に会することにより生まれる相乗効果も期待されていました。これらの環境の中で、APRICOT、APANのいずれもしばらく日本で開催されていなかったこともあり、共同開催という提案につながりました。

準備そして会期中

1,000人規模の国際会議では、その準備には数年を要します。まず、当地での実行委員会を組織し、事務局を設置し、予算の目途をつけ、会場を予約し、さらに主催団体との交渉を行うことになります。それぞれが相互に依存関係があるために、立ち上げ当初には一気呵成に進められるものではなく、それぞれを少しずつ丁寧に進めなければなりません。最初に開催に向けて動き出したのが2011年の秋ごろでしたが、その後、候補となる各地の会議場の空き具合などを確認し、地元からの強力な支援が得られる福岡を主催者へ提案する候補地として選定し、会場の下見を行ったのは2012年の夏のことでした。その後、準備委員会として着実に準備を進めて、実行委員会としての設立は2014年3月のことになります。福岡での開催のアナウンスは2013年には開始しており、直前の開催となるAPRICOT 2014でも広く宣伝を行いました。ただ、そのAPRICOT 2014がバンコクで開催予定であったものが、タイにおける政情不安の影響を受けて直前になってマレーシア・ペタリンジャヤに開催地が変更となり、それによる多少の混乱を受けて、事前準備を怠りなく行っている福岡開催に対する周囲からの期待も高まりました。そして、直前の台湾・南投でのAPAN 38やオーストラリア・ブリスベンでのAPNIC 38においても実行委員が事前の宣伝を行い、参加への呼びかけを行いましたが、そのいずれにおいても、期待の高まりを感じるものでありました。

日本実行委員会を中心に国内の準備を着実に進めていきましたが、とりわけ入念な準備を行ったのは会場に提供するネットワークでした。二つの国際会議を共同で行い、しかもそれぞれの要求も異なるものになることが予想できたので、会場ネットワークの構築運用にあたるネットワークチームを構成しました。エンジニアと学生からなる総勢40名強となる大所帯のチームが一丸となって素晴らしいネットワークを構築し、またそれが今後にもつながっていくポテンシャルを有しているものでありました。

今回の会議の開催準備中である2014年4月8日に、ISOCから故平原正樹博士のインターネットの殿堂入りメンバーへの選出が発表されました。平原氏はJNIC(JPNIC)やAPNICの設立に深く関わっており、これらの業績がインターネットのグローバルな成長に顕著な貢献を果たしたということが理由でした。また平原氏は2003年に福岡で開催されたAPAN 13で中心となって働かれておりました。そこで、APRICOT-APAN 2015の開催に合わせて、平原氏に関係の深い有志によるパーティも会期中の3月4日に開催されました。パーティにはご家族を含めて90名弱の参加者があり、またAPNICを含め海外の参加者も多く、氏の幅広い交流関係がうかがえるアットホームなパーティとなりました。

写真: 故平原氏に送られたインターネットの殿堂入りを記念したメダルと盾
● 故平原氏に送られたインターネットの殿堂入りを記念したメダルと盾

今後に向けて

APRICOT、APAN、およびAPNICのミーティングは日本で5年以上開催されていませんでした。今回の開催において登録者数1,000名以上(うち日本人が350名弱)、参加者として報告されている数が54の国と地域から835名となっており、真の国際会議となりました。参加者の声も、内外を問わず非常に好評であったと認識しています。プログラムの中身の作りこみやAPRICOTとAPANの融合、交流の強化などいくつか反省すべき点もありますが、ひとまず成功であったと言えます。ただ、これを一過性の成功に留めるのではなく、今後アジア太平洋地域さらにはグローバルに対する日本の貢献の出発点とすべく関係者一同で気を引き締めて進めたいと考えています。

(日本インターネットエクスチェンジ株式会社/JPNIC理事 石田慶樹)

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