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ニュースレターNo.60/2015年7月発行

JPNIC会員企業紹介

「会員企業紹介」は、JPNIC会員の、興味深い事業内容・サービス・人物などを紹介するコーナーです。

今回は、北海道の発展に寄与・貢献したいという理念のもとに設立され、創立27年目を迎えた、北海道総合通信網株式会社(HOTnet)を訪問しました。同社が情報通信サービスを提供するにあたっては、光ファイバーネットワークを用いた巨大なインフラを構築していますが、その裏には、広大な土地に人々が分散していたり、長く厳しい冬の季節があったりという土地柄ゆえの厳しさがあるようです。大変なご苦労をされていることが、対談の際に垣間見えました。

またこうした地元への貢献は、北海道のインフラを地元でしっかり支えるという側面のみならず、北海道以外の地域から北海道へと経済効果をもたらそうとする同社の姿勢にも現れています。持ち前の技術力の高さ、ニーズをつかむ営業、そして人との関係性を重視するコミュニティ活動への参画や連携によって、同社の事業が形作られていると感じることができる対談となりました。

豊かさと厳しさを併せ持つ環境に育まれた同社ならではの特色について、詳しくお話をおうかがいしました。

北海道総合通信網株式会社
住所: 〒060-0031 北海道札幌市中央区北1条東2丁目5番3 塚本ビル北1館
設立: 1989年4月1日
資本金: 59億円
代表取締役社長: 取締役社長 宮本 英一
URL: http://www.hotnet.co.jp/
事業内容: 1. 電気通信事業法に基づく電気通信事業
2. 電気通信設備およびこれに附帯する設備の工事ならびに保守
3. 電気通信および情報処理に関する機器ならびにソフトウェア
の開発・製作・販売・賃貸
4. 前各号に関するコンサルティング
従業員数: 246名 (2015年4月1日現在)
北海道、厳しさと豊かさを併せ持つ環境で培われた強みを活かして

事業概要と主力サービスについて

写真:池田正信氏
お話しいただいた方:
北海道総合通信網株式会社
右:取締役 営業推進部長 佐藤 哲夫 氏
左:理事 ソリューション運用部長 馬場 聡 氏

―まずは、貴社についてご紹介ください。

佐藤:すでに他の電力系NCC(New Common Carrier)を取材されているのでご存じかと思いますが、当社も同様に電力系NCCとして設立された会社です。親会社は北海道電力株式会社(以下、北海道電力)で、100%の子会社になります。会社の設立は平成元年(1989年)で、私はその時点ではまだ入社しておりませんが、馬場は設立後間もなくの入社です。

北海道を基盤とした通信事業者として、札幌に本社、旭川・帯広・函館の3ヶ所にサービスセンターを設けてビジネスをしており、ユーザー数としては650社強のお客さまにお使いいただいています。他の電力系NCCと違うところは、企業ユーザー向けのサービス提供が100%であることです。過去には、PHSやFTTHなどコンシューマー向けのサービスや、特定の市町村で家庭向けISP事業を扱ったこともありますが、今は手がけていません。

―個人向けサービスを扱わなくなったのは、どういった理由があるのでしょうか。

佐藤:社内でもいろいろと検討してきましたが、事業採算の観点で厳しいだろうという判断のもと見送ってきました。もちろん、その事業採算性の見方もいろいろあると思いますが、当社としてはそういう判断をしています。北海道は地域特性から人口密集度も低く、事業的には大変厳しいものがあります。コンシューマー向けには、なんと言ってもNTT東日本さんが頑張っているので、我々はそのインフラも活用させていただきながら事業展開をしています。

こうしたわけで、金額ベースで一番事業規模が大きいのは通信事業者向けサービスとなります。特に、携帯電話事業者向けの基地局の回線やその他の企業向け回線提供の部分です。また、中継系通信事業者についても、その足回りに我々のインフラが利用されています。北海道の光ファイバーについては、当社とNTT社との二択となっている感じです。

―「テレビ放送向け中継回線」も提供しているということですが、これはどういうものでしょうか。

佐藤:要は、デジタル放送を配信するためネットワークです。地上波デジタル放送は、民放5社が送信所から電波を出していますが、我々が回線を引き、その足回りを提供しています。

関東平野だと、スカイツリーが一つ建てば、それで人口の9割以上をカバーできるとのことですが、北海道の場合、土地が広いという特殊性ゆえ、多くの送信所が必要です。いわゆる「広域分散型」ですね。そういう意味で、北海道の放送事業者は、コスト的に多くの負担を強いられます。おそらく日本国内で、NTT以外の通信事業者が地上放送波を光ファイバーで中継しているのは、北海道だけではないかと思います。

北海道で事業展開する上での特殊性

―なるほど、土地が広大な北海道ゆえに、事業上大変な思いをされていることなど、もう少し詳しくお聞かせください。

佐藤:ご想像の通り、北海道は人口密度が低い地域です。一般的に、インフラ事業の利益は人口密度に比例すると思いますので、そうなると人口密度が濃い東京が1番儲かるということになるでしょうね。広さに対応するには、大変な苦労が伴うのです。これは、親会社である北海道電力にも同じことが言えます。電気も引いていかないと通信機器も動きませんからね。「北海道は広い」と言っても実感を得づらいと思いますが、九州と四国を足すと北海道と同じぐらいの面積になります。北海道には500万人強の人口しかいませんから、意外と広い所に少数の人がいる、という感じです。もっと数字的な例を挙げれば、当社が引いた光ファイバーは2万2千キロの長さになります。2万2千キロと言われてもピンとこないかもしれませんが、日本全国にあるJR 6社の鉄道営業キロ数が2万キロですので、それを超えるのです。鉄道と光ファイバーを単純に比較はできませんが、どれだけ長いか、というイメージはつかんでいただけるのではないでしょうか。これを北海道内だけで引いています。

―その広大な土地に住む人口の分布は、やはり札幌に集中しているのでしょうか。

佐藤:そうですね。札幌で約200万人、周辺も含めると、札幌圏で北海道の人口の半分ぐらいと言えます。

―そうなると、売上の比率も、やはり札幌近辺に集中しているということになりますか。

佐藤:需要という意味では、やはり札幌圏に集中していますね。しかし、単純に「売上」という観点では、本州企業からの引き合いの方が多いと言えます。

道内企業は直接のお客さまですから、やはり採算の取りづらい地域への提供も重要であると思っています。そういったところで貢献するのも、当社の存在意義ではないかと思います。当社も20数年間で徐々にエリアを拡大していますが、いまだに100%のカバー率ではありません。ただ、179市町村に対し残り10数市町村を残すのみで、平成30年(2018年)をめどに北海道全域をカバーすることをめざしています。もちろんこの平成30年は確約したものではなく、カバー率だけを考えてやみくもにサービスエリア化しようということでもなく、ニーズや事業採算性を検討しての話ではあります。いずれにしても、この広大な土地の中でインフラを引いていく苦労は強く感じていますね。

―2013年度は大幅増収でしたが、どのような理由ですか。

佐藤:移動体事業者の設備投資が大きく増えた結果です。今や、北海道の山岳地域にも携帯電話の基地局がぼんぼん立てられている状況です。こうした移動体3社の競争が間接的に利益をもたらしました。携帯電話事業者は、本当に大変だと思います。北海道という土地柄、山では熊が出たり、メンテナンスに行きたくても、豪雪のために何日も近寄れなかったりと、いろいろと苦労があります。

北海道は、産業面で見ても非常にハンディを背負っている部分があります。製造業は限られているし、公共事業に依存してきた歴史的背景もあります。そういう意味で、他の地域のように企業が発展してきたかというと、厳しい側面がありますね。しかし最近では、北海道から全国規模に展開する小売業のチェーンが出始めています。彼らに言わせると、「北海道のような厳しい所で生きてきたので、本州で商売をするのは簡単」だそうです。そういうことを見るにつけ、人間や組織というのはそのポテンシャルを発揮しようという意志さえあれば、厳しい環境で生きてきた経験を活かして拡大できるものだと思っています。

「北海道」をアドバンテージに

―クラウドコンピューティングの事業にも力を入れていらっしゃるようですね。それについて教えてください。

佐藤:決してクラウドコンピューティングに特化しているわけではなく、売上のウェイトとしてもまだ大きくはありません。しかし、割と早い時期から取り組んできたこともあり、他の通信事業者と比較しても、取り組みのスピードも意気込みも勝っているという自負はあります。そうなるに至った理由を考えてみると、2点挙げられます。1点目は、ビジネス基盤としての北海道の脆弱性があります。つまり、我々自身は北海道を基盤としていますが、北海道のお客さまからお金をいただくよりも、北海道にいかにお金を運んでくるか、そのための商品やサービスを作らなければならないという、ある種の使命感があるのです。

また2点目としては、技術的な進歩が可能にさせているという点があります。当社は技術に立脚した会社で、新しい先進的なテクノロジーを取り込むことを大切にする文化があります。他の地方にもいろいろと顔を出しながら、そして、そこでの技術的なプレイヤーとの接点を図りながら、こうしたコミュニティの中でそれを自分たちのビジネスにどう反映させるかということを、普通にやってきた結果と言えるかもしれません。

もともと電力系ですので、社風として堅実さが際立つ時もあるのですが、ただ、それと同じぐらいベンチャースピリッツもあり、その両面で成り立っている会社であるような気がします。拡大していかなければならない中で、ハンディをどう逆手に取るのか、そして技術的に前進していくための選択の結果として、クラウドコンピューティングへの早期の取り組みがあったのだと思います。

―そういった先進的な取り組みをしてみたところで、どのような発見がありましたか。競合他社と比較した際の感想は、どのようなものでしょうか。

佐藤:想像していたほど競合他社と言えるところが多くない、というのが率直な感想です。というのも、顧客が満足するようなソリューションをきちんと提案できているかという点で見ると、仮に首都圏の名だたる大手の会社であっても、お客様の多様なニーズにきめ細かく対応できるだけの売る側の成熟度は、まだ過渡期ではないかと我々は思っているのです。

現在首都圏では、SIerなどとタッグを組んで、一つのソリューションを組み上げたりしています。タッグを組む際、我々の技術的な優位性を認めてくださり、ゆえに我々と組みたいと考えるSIerが多くいます。つまり、大手だからと言って、うまくいくことばかりでもなく、我々がお手伝いできることがたくさんあります。

最近の例で言うと、大手スポーツ用品会社のバックアップシステムを総合的に組むという話があったのですが、その時には大手と競合しました。提案した結果、我々が採択されました。「スペースの安全性」「データセンターの堅牢性」「いざという時も含めた運用技術」という、物理的および人的スペックを満たしていると考えられたのでしょう。こうした複合的なきめ細かな提案は、大手でも必ずしもできるわけではないでしょうし、当社は、そのような体制を構築できる強みがあると思っています。現在そのシステムは、当社の札幌―東京10Gリングを介し、北海道と首都圏との2ヶ所に分散し相互運用されています。

―そのような運用力は、通信事業者を長年されていることによるのでしょうか。

佐藤:そうですね。運用力は大きな柱です。当社には今までのベースがあります。24時間365日対応可能な体制で運用できる会社というところだけを見ても、実は限られているのかもしれません。当社にその体制があるということだけでも、大きな差別化要因であると思っています。ですから、Webサイトにも書いているこの「運用支援サービス」をどう広めていくか、これを明確な強みとしてどう提示していくか、これが問われているのかもしれません。

―運用力以外に、強みに感じているところはありますか。

佐藤:電力系NCCによる連携回線だったり、中継系との相互接続連携もあったりと、以前からたくさんの連携を持っていることがあるかもしれません。近年で意図的にやっているのは、データセンターとクラウドの連携です。近年はパブリッククラウドが花盛りですが、市場はマルチクラウド的なソリューションへのニーズに大きく変化してきています。さまざまな連携形態を実現可能な当社には、大きなビジネスチャンスと捉えています。

またそれだけでなく、「地域性」が重んじられている気もしています。つまり、仮に超大手のサービスだとしても、「場所がわからないから使わない」、そして「札幌に置きたい」という、場所を指定してそれを重視するお客さまが結構いらっしゃるということです。
東日本大震災直後は、そのような需要は一気に膨らみ、ほとんど首都圏にしかデータを置いていなかった企業や組織も、大阪や福岡まで広げたところが多かったのではないでしょうか。そのため、地方にたくさんの中規模データセンターができています。その地域性を重視する過程で、札幌は寒冷で地震もなく、スペースも潤沢ということもあいまって、魅力的ということなのでしょう。現在もたくさんのご相談を受けているところです。

それに加えて、データセンターにも「人が行く所としての場所の魅力」が必要なのではないか、と考えています。我々にとっては苦痛なだけの寒さや雪、日本でも最大級の歓楽街といった、見る人にとってはとても魅力的なコンテンツが存在します。これからは、場所が明確になったソリューションが求められており、その中では北海道に優位性があると考えています。

―お客さまからの要望で、今もっとも多い要望とはどういうものでしょうか。

佐藤:首都圏からは、ディザスタリカバリ、いわゆるDR需要が多いです。また高速化したバックアップサービスの引き合いも多いです。

展示会に1回出展すると50社くらいから引き合いがあり、数件が成約します。展示会には自治体関係者や大学関係者も多くいらっしゃって「こんなことがあって、データをクラウド上に持っていきたい」「札幌に持っていきたい」「DaaS(Desktop as a Service)を札幌で動かしたい」などという話を聞きます。こうした話を聞いていて感じるのは、誰もが相談相手を探しているということです。ソリューション営業という観点では、会社規模の大小に関わらず、需要を満たす営業力を身につけることは本当に難しいものだ、ということを感じています。

想いを込めたブランド展開

―Webサイトのいたるところに「S.T.E.P」の文字が出てきますね。この意味を教えてください。

佐藤:もう7〜8年前になりますが、いわゆる「ブランド」を作ろうということになったのです。サービスはたくさんあって、サービス単位でのネーミングはもちろんあるわけですが、これからはサービスもその名前も、際限なく増えていくだろうという予感がありました。その中で、一つのサービス名で展開するという時代は終わったと感じ、「全体を俯瞰したブランド名を打ち出そう」ということになり、登場したのが「S.T.E.P」でした。

「S.T.E.P」は、S=Selective(選択できるもの)、T=Trusted(信頼に足るもの)、E=Enhanced(拡張できるもの)、P=Proactive(予見可能なもの)の頭文字を取ったものです。そういった想い、またもちろん「ステップアップしたい」という意味も込めて、この言葉になりました。

―「S.T.E.P」と見たら貴社をイメージする、ということにしたかったということですね。

佐藤:はい。商売としてこのブランドがどこまで浸透しているかは不明ですが、少なくとも新卒採用で面接する学生は「S.T.E.P」のことを熱心に調べてきていますので、浸透している部分もあるように思います(笑)。

―このような「S.T.E.P」と名がついたクラウド提供サービスと、最初に説明いただいた通信回線提供サービス割合は、それぞれどれぐらいなのでしょうか。

佐藤:通信回線提供サービスが事業規模上は8〜9割を占めており、クラウドは、規模という意味では小さいです。ただ、この議論は社内でもよくされるのですが、専用線を提供しているお客さまがなぜ当社の回線を使ってくださるかというと、「S.T.E.Pのようなサービスがあるから」ということも多いのです。

そのため、純粋な通信事業者相手の商売を抜きにすれば、営業担当は回線もその上で走るサービスも一体で取り扱っています。このように当社の営業は完全にソリューション型の目線になっているので、事業規模の割合を分解することにはあまり意味はないと考えています。ただ、収益という観点で分ければ、確かに回線の割合が多いということになりますね。

よりよいインターネットに向けて

―最近の課題について教えてください。トラフィックの問題などは起こっていませんか。

馬場:そうですね、先ほどお話ししたように、当社のサービスは企業向けです。企業向けのトラフィックは右肩上がりということはないので、そこの心配はありません。一方移動体関連のお客さま向け回線はコンシューマー向けであり、どんどん増速しています。そのため、幹線系を増強したり、リプレイスも含めた設備設計をきちんと考えたりせねばと思っています。しかし、幹線系の帯域幅が増えても収入は上がらず、投資判断が、ますます厳しくなるところが悩みどころですね。

―セキュリティに向けた課題や取り組みはいかがでしょうか。

馬場:定常的に課題があると言えばありますが……、お客さまサイドではマルウェアなどを意識したり検知したりしづらい、という印象があります。お客さまが個々に対応する、というのは難しさがありますね。そこで、総務省で行われる実証実験などに当社が参画しながら、最新の動向を把握し、お客さまと連携して対策に取り組んでいます。

2年ほど前にも、児童ポルノサイトのブロッキング実験に参加しました。やはり地方のISPが個々に対応するのは厳しいところもありますが、たとえお金は出せなくても、力を合わせてブロッキングサービスなどで地域連携ができないか、というようなことを、積極的に取り組んでいます。

―2020年の東京オリンピックにも向けて、セキュリティ面で国や警察などが有機的に動いてきた感じがありますね。

馬場:警察のサイバー犯罪対策課などとの連携は、地方にも展開されてきているように思います。通信事業者が全面的にサイバー犯罪対策に協力するというのは、「通信の秘密」を確保する意味で難しさもありますが、北海道警察とは、まずは犯罪事例などの情報連携を中心に行っています。

コミュニティ活動がビジネスへ結実するためには

―JPNICへの期待があれば教えてください。

馬場:やはり、地方からですと、総会などに行くのは正直大変ですので、物理的な距離に関係なく、少なくとも心理的な距離は近い存在であってほしいですね。

―JPNIC主催の技術セミナーは、今年は東京以外の地域でも開催しようと考えていますが、技術セミナーに限らず、エンジニアが出会える機会が増えるとよいのでしょうか。

馬場:そうかもしれません。札幌駅の北口にはソフトハウスが多く、ひと頃は「サッポロバレー」と呼ばれて交流が活発な時期もありました。13年ぐらい前には地域活性化の一環として、同じグループ会社である、ほくでん情報テクノロジー株式会社などとともに、exaプロジェクトというものを立ち上げました。これは、実は佐藤が先導したプロジェクトで、北海道にIX(Internet Exchange)やデータセンターを作り、道内のトラフィックを快適にしようという発想でした。Giga(109)×Giga(109)=Exa(1018)、すなわちGトラフィックをクロスコネクト可能とするネットワークの構築を目指す、という意味です。当時としては割と先進的なことをやっていて、面白かったですよ。北海道における情報流通のIXになりたいという想いは、当時から持ち続けていることなのです。

佐藤:ただ、地域ISPで何かをやろうというのは難しさがありますね。特に昨今は、技術者のコミュニティ活動は難しい局面になってきていることを感じます。コミュニティで何でも解決できるわけではなく、技術的な側面とビジネスとが有機的に回らないと、うまくいかないように思います。昔、Internet WeekのBoFやJANOGで話をしたこともありますが、その当時はできたことでも、今はそれがお金を生むのか、ということが常に問われる難しい側面があります。馬場も、JPNICの理事を務めていますが、社内的に簡単にできているわけではありません。

コミュニティ活動の最大の命題は、ビジネスへどう結実するか、ということではないかと思います。ビジネスとコミュニティとの融合を図りたいと人々が集まりはしますが、その中では「仕組みを維持できるのか」ということが絶えず議論されています。うまくやるのはなかなか難しく、常にそのあり方が課題になっています。当社としては、ビジネスとコミュニティが連携・融合できる仕組みを作っていかねばならないと感じています。

―そういった中では、JANOGはうまく運営されており、参加している人も、会社への正当化がきちんとできているように思います。もちろん、それは今の運営委員による努力のたまものではありますが、他国のNOGを見ると、あれほどの自立的運営は希有で、コミュニティ活動の難しさは想像に難くありません。

佐藤:JANOGは世代交代しているということですから、それがキーなのではないでしょうか。かつて盛り上がったコミュニティでさえも「次世代が出てこない」という話が多く、それに漏れず、地方もそうなっています。世代交代、それが最大のポイントなのではないでしょうか。組織は、すべからくそうなのかもしれないですね。

インターネットの出現を歓迎し、これからも共に歩む

―ところで、貴社の社風は、どのような雰囲気でしょうか。

佐藤:大きく分けて、3種類の人間がいます。親会社のように堅実を旨とする人々、主に中途採用社員を中心とした多様なバックグラウンドを持つ人々、そしてプロパー社員として採用された人々です。バックグラウンドが異なる、そのような三つの人々が混ざり合って、我が社の社風ができていると思います。それぞれに相乗効果を発揮して、プロパー社員はそれぞれの良さをうまく吸収しているのではないかと個人的には思います。ただ、今の若い世代には物足りなさを感じることもあるのですが、これも世代交代を進めていければ変わっていくことでしょう。

馬場:設立当初と今とでは、社風も変わってきています。通信事業の自由化とともに当社を立ち上げたのが、私達の世代です。当時は新しいことをいろいろやれましたが、収入や基盤が落ち着いてきた今となっては、チャレンジングなところがなくなってきているのを危惧しています。掘り起こしてチャレンジをさせたいですね。

佐藤:そういう意味では、我々は一番楽しい時代だったのかもしれません。それは時代がそうさせていたのかもしれないですが。だから、若い世代にも自分で楽しいことを探してほしいです。我々にしても単に与えられたわけではなく、自ら探してやってきたんですから。ただ、上司や先輩に恵まれて、チャレンジすることの敷居は、今よりも低い時代だったことは確かですね。

―最後に、貴社にとって「インターネット」とは何でしょうか。

佐藤:会社としては、結局のところ、ビジネスツールであり、主戦場ということが言えます。そういう意味では、インターネットの出現によって、とてつもなく世界が変わりました。相互接続性も、ある時はIXで、ある時はデータセンターでと、多くがインターネットの接続に変わりつつあります。その中で、ビジネススキームの連携の仕方が変わっていっていると思います。今もまだ大きく変化し続けていて、終着点ではないという意味で、これから先が楽しみです。

個人としては、インターネットに触れたのは30歳になる前、今から25年ほど前でしょうか。その時には、人生を変えるくらいのショックを受けました。とてつもないものが出てきたと。これまで目に触れることができなかったものが、目の前に出てくるなんて、という衝撃がありました。この会社に縁ができたのも、インターネットのおかげです。凄まじい変化のスピードをもたらしたインターネットについては、ユーザー目線になりますが、この先の変化についても楽しみにしています。

馬場:インターネットに触れたのは、当時の企画部長(後の前社長)が若手を集め、「世の中に、インターネットというものが出てきたから調べろ」という話があったことがきっかけです。それがなかったらこの場にはいないと思います。

その頃は、割と好きなように取り組めて、JPNICにも電力系としては早い時期に入会申し込みをしました。だから、私のJPNICハンドルも「SB001JP」なんですよ。そこから仕事として携わってきて、研究会、コンソーシアムなどいろいろ参加して、人とのつながりもインターネットを介してできたと言えます。そういう意味で、会社人生のすべて、と言えるかもしれません。

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