メインコンテンツへジャンプする

JPNICはインターネットの円滑な運営を支えるための組織です

ロゴ:JPNIC

WHOIS 検索 サイト内検索 WHOISとは? JPNIC WHOIS Gateway
WHOIS検索 サイト内検索

ニュースレターNo.61/2015年11月発行

JANOGの設立

株式会社まほろば工房 代表取締役
近藤 邦昭

JANOG=日本ネットワークオペレーターズグループ。このJANOGは、1997年の11月の「JANOG1」の場で、その参加メンバーに承認され、設立されました。2016年1月にはJANOG37が開催されますが、JANOG1から18年が経とうとしています。今でこそ7,000名強のメンバーから成る日本最大のネットワークオペレーターのコミュニティとなっていますが、今の形になるにはJANOGを設立し育ててきた、運営委員や支えてくださったメンバーの皆さんの、多大な協力があったことは言うまでもありません。そこで、すべてには触れられませんが、JANOG誕生の混沌とした裏話を少しお話ししてみましょう。

JANOGは、JANOGではなかったかもしれない!

まずJANOGがなぜできたのか? 米国には1994年から開催されている、研究団体のMeritが主催するNANOG(North American Network Operators' Group)があります。年3回開催され、JANOG設立の前後は、日本からも多くの技術者が参加していました。私もここで多くの方と知り合い今でも交流があり、技術論だけでなくインターネットの将来について議論します。当時私は、この業界に入って1年も経っておらず、後にJANOG初代会長となる石黒邦宏さんに勧められてNANOGに参加していました。

NANOGは参加者も広範で、日本にはない活発な議論やインターネットの運用のための相互協力や問題解決に向けた活動が特徴的でした。そして、ミーティング後は日本人同士で集まるのが恒例で、NANOG 9(1997年2月、サンフランシスコ開催)では私も参加させていただきました。そして、ふと私は「日本でも日本語でやり取りできるこんなミーティングあったらいいのになぁ〜」と口走ってしまいました。多少の酒の勢いもあり、「お!Japan Network Operators' Meetingだから“JANOME”だよな!」とか。笑いの種となる一方、「いやぁ、そんなのいらないよ。NANOGに来ればいいんだし」と、ご意見もさまざま。しかし、私にとっての一撃は翌朝、某○越氏が「あってもいいかもね」との伝言を私に残してくれたということでした。

日本に帰国した私は、恐れも知らず、自席の足元にあったFM-VにFreeBSDをインストールし、FMLを立ち上げ、JANOGというMLを作ったのです。このため、当時のMLは“janog@neptune.dti.ad.jp”でした。石黒さんに連絡すると、関係各所にアナウンスをしていただき、作成から1日で300名もの登録が行われました。

こぢんまりと開催されたJANOGプレプレミーティング、そしてJANOG1へ

初日の300名に続いて、その翌日も続々とMLへ登録がされていきます。「これはまずい、ちゃんとやらないと!」と、当時、WIDEのNSPIXPミーティングでご協力いただいていた方々に協力を要請しました。総勢10名程度です。そこから、JANOGプレプレミーティングで、今のJC1の原型となるポジションペーパーを作成。そして、JC2の会則の原案を作成し、「janog.gr.jp」のドメイン名登録も行われました。多くの準備、そして今のインターネットを支える人たちの協力によって、JANOGが形作られていきました。

そして、JANOGプレミーティング。会則、ポリシー等の最終確認、運営委員が選出され、初代会長には石黒さんが就任しました。JANOGが会として成立した瞬間です。1997年7月25日のことです。これらの議事録等は今でのJANOGのサーバに残されています(一部アクセスができないものがあるようですが)。

続いて、JANOG1が開催されました。参加者は233名。懇親会でも136名で、1回目のミーティングにもかかわらず、多くの方に集まっていただきました。

会場がない!

しばらくして、石黒さんから、何の脈絡もなく「そろそろいいよね?」という言葉が突然発せられました。私が会長に推薦されたのです。2000年12月のJANOG7の時で、ミーティング参加者は400名を超えていました。当時、JANOGミーティングは大手企業のホールなどをお借りして開催していましたが、世界的には経済が落ち込んでいた時期で、多くの企業が大きなホールは手放していく時期に当たりました。つまり、私が会長の任を仰せつかった時期はちょうど、ミーティング会場も減ってきた時期でした。

そこで、ミーティングの先輩であるNANOGのやり方を一部見習い、JANOG8からスポンサーシップを始めたのです。スポンサーからお預かりした費用を会場費等に充てたのですが、これには当時の運営委員からもきついお叱りを受けたこともあります。そして、この仕組みに大きな問題があることもこの時点で分かったのです。JANOGが任意団体であり、そもそも法人ではないということ、そして、お金を扱うための基盤がそもそもないことです。

これを解決するために、多くの可能性を模索しました。特に、運営委員にいたT氏には多くの助言をいただき、そして苦肉の策として「JANOGではお金を持たない。だから会場を全部借りる際にも、ホストさんからJANOGミーティング会場を提供してもらったという形にすれば問題ない!」というホスト制が生み出され、富山でJANOG9が開催されました。

以降、JANOGは世界的に見ても珍しい、一切のお金を持たず、扱わない団体として運営されています。これは、インターネットの技術・運用などに関わるすべての方々の理解と協力により、成立している手法です。前会長の川村聖一さんが、会長時代にアジア各国でJANOGの運営について多く発表したそうです。文化などの壁はあるものの、この運営方針は世界にも類を見ない方式だそうです。

結び

JANOG1の時代から見ると、今のJANOGはとてつもなく大きな団体になりました。しかし、毎回JANOGに参加して思うことは、今でもJANOGはメンバーの相互協力で成り立っているんだと分かることです。これからも、関係者の方々には頑張ってほしいなと思います。

このページを評価してください

このWebページは役に立ちましたか?
ページの改良点等がございましたら自由にご記入ください。

このフォームをご利用した場合、ご連絡先の記入がないと、 回答を差し上げられません。 回答が必要な場合は、お問い合わせ先をご利用ください。

ロゴ:JPNIC

Copyright© 1996-2020 Japan Network Information Center. All Rights Reserved.