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ニュースレターNo.93/2026年9月発行

インターネット10分講座
IPv4在庫枯渇後、IPアドレスポリシーの変化とRIRの役割
ー「配る」から「循環させる」へ、APNICポリシーの15年ー

01 変化の日

2011年2月3日、 IANAが保有していた最後のIPv4アドレスブロックが各地域インターネットレジストリ(RIR)へ分配されました。 この日は「IPv4アドレス在庫枯渇の日」として知られています。

写真:合同記者会見
IANA IPv4在庫枯渇時の合同記者会見

しかし、APNICのポリシーSIGでその後に続いた議論を振り返ると、 この日はIPv4の終わりではありませんでした。 むしろ、「IPアドレスをどのように管理するか」という考え方が大きく変化し始めた出発点だったと言えるかもしれません。

※ポリシーSIG:IPアドレス/AS番号のポリシーに関する事項を取り扱うSIG。 ミーティングにおいて参加者によるコンセンサスが得られた提案事項は、 一定の手続きを経て、APNICによってルールとして実装される。 SIGとは、Special Interest Groupの略。

IPv4在庫が十分にあった時代、 ポリシーSIGの主要な関心は「どのように効率よくアドレスを配るか」にありました。 しかし在庫が尽きれば、 新しいアドレスを生み出すことはできません。 そこで議論の中心は、 「限られた資源を誰に配るべきか」「既に配った資源をどのように再利用するか」へと移り、 「RIRは何を管理する組織なのか」を問われる時代になっていきました。

15年以上にわたるポリシー提案を振り返りつつ、 ポリシーが何をめざしてきたのか、 レジストリの在り方の変化を考えてみたいと思います。

02 在庫枯渇前のテーマは「いかに長く配るか」

IPv4在庫枯渇を見据えた議論は、 実際の枯渇より数年前から始まっていました。

2008年に提案されたprop-055は、 IANAに残された最後のIPv4アドレスを各RIRへどのように分配するかを定めたグローバルポリシーです。 それまで需要に応じて順次分配していた方式を改め、 最後に残る5個の/8ブロックを各RIRへ均等に分配することを定めました。 この提案によって、 後に「最後の/8」と呼ばれる考え方の基礎が築かれました。 続くprop-056では、 IPv4在庫が枯渇する直前に大規模な申請が集中することを避けるため、 追加割り振りの条件を段階的に厳しくする「ソフトランディング」が提案されました。

この頃の提案を見ていると、 議論の中心はあくまで「割り振り」であったことがうかがえます。 どうすれば在庫を少しでも長く維持できるか、 どうすれば枯渇までの時間を稼げるか。 「完全枯渇をできるだけ先送りすること」が主な関心でした。

03 最後の/8がもたらした価値観の転換

その流れを変えたのが、 2009年に提案された“prop-062 "Use of Final /8"”です。 この提案では、APNICが通常在庫を使い切った後、 最後の/8ブロック(103.0.0.0/8)を、 それまでとは異なるルールで分配することが提案されました。 従来は、申請者が利用計画を示し、 必要性に応じた規模のアドレスを受け取ることができましたが、 最後の/8に関しては各組織1回限り、 最大/22までとされました。 最後の/8は、特定の事業者の需要を満たすためではなく、 誰もが最低限のIPv4アドレスを確保できるよう、 APNICコミュニティ全体で共有すべき資源と考えられました。

この提案は、単に分配サイズを変更しただけではありません。 コミュニティが重視する価値観が、 「効率的に配ること」から「公平に分け合うこと」へと移ったことを象徴する提案だったと考えられます。

もっとも、 最後の/8分配に関するポリシーは一度作って終わりとはなりませんでした。 APNICが2011年4月に最後の/8分配フェーズへ移行すると、 実際の運用を通じてさまざまな課題が見えてきました。 そこでポリシーSIGでは、制度そのものを否定するのではなく、 「現実の運用に合わせて改善する」提案が続けて提出されることになります。

例えば、prop-088では、最後の/8開始後に返却されたIPv4アドレスや、 将来追加で取得するIPv4アドレスも、 最後の/8と同じ考え方で取り扱うことが明確化されました。 また、prop-093では、限られた在庫をより多くの組織へ届けるため、 最小分配サイズを見直す議論が行われました。 さらにprop-094では、 新規ローカルインターネットレジストリ(LIR)に求められていたリナンバリング要件を撤廃し、 最後の/8をより利用しやすい制度へ改善しています。

これらの提案を通して、 最後の/8は公平な分配という基本理念を維持しながら、 実際の運用に適した制度へと少しずつ調整されていきました。

04 「配る」から「流通させる」へ

「最後の/8をどう公平に分配するか」という課題には一定の答えが示されました。 しかし、 それはあくまでAPNICが保有する最後の/8在庫についてのルールについてです。 2011年以降、 在庫枯渇を見据える中で大きな問題が懸念されていました。

APNICの在庫がなくなった後も、
IPv4アドレスへの需要はなくならない。

IPv6は推進されていましたが、 既存サービスではIPv4需要が依然として継続していました。 この現実に対し、 ポリシーSIGは「新しい在庫を配る」ことだけではなく、 「既に存在するアドレスをどう流通させるか」という方向で議論が行われることとなります。

05 移転市場を制度として受け入れる

そこで登場したのがIPv4アドレスの移転制度です。 実は、IPv4アドレスの移転制度そのものは、 在庫枯渇後に突然現れたものではありません。 2008年に提案された“prop-050"IPv4 address transfers"”では、 APNIC会員間でのIPv4アドレス移転が一定条件の下で認められることとなりました。

それまでのAPNICでは、 IPアドレスは「必要性を審査した上でAPNICが割り振る資源」であり、 一度割り振られたアドレスを利用者間で権利移転することは想定されていませんでした。 prop-050は、この前提を大きく変える提案となりました。 もっとも、この提案が認めたのは自由な売買ではありません。 移転先にもアドレスの利用計画を確認し、 APNICが登録情報を更新することで、 資源管理の透明性を維持することが前提とされています。 つまり、ポリシーSIGが受け入れたのは「市場への全面的な委ね」ではなく、 「ルールの下で管理された移転制度」でした。 ただし、この時点ではあくまでAPNIC地域内での移転を想定しており、 RIRを飛び越えた移転は想定されていませんでした。

06 「地域」を越える移転という発想

IPv4在庫が枯渇すると、 地域ごとの需給差は無視できなくなっていきます。 北米では歴史的経緯から比較的大きなIPv4ブロックを保有する組織が多く存在する一方、 アジア太平洋地域ではインターネット利用の拡大に伴い、 依然として高い需要が続いていました。

これを受けて提案されたのが、 “prop-095"Inter-RIR IPv4 address transferproposal"”です。 この提案は、APNIC域内だけでなく、 他のRIRとの間でもIPv4アドレスを正式に移転できる制度を提案しました。 IPアドレスは地域ごとに管理される資源なのか、 それとも世界全体で有効活用されるべき資源なのかという、 RIR制度そのものにも関わる問いを投げ掛けた提案でした。 大量のアドレスが域外へ流出する可能性や、 各RIRで異なるポリシーとの整合性など、 懸念の声は少なくありませんでした。 それでも、「現実に国際的な移転需要が存在する以上、 それを制度の外に置くより、 透明性のある仕組みとして管理した方がよい」という考え方が徐々に支持を集めていき、 実装につながりました。

07 市場と必要性は両立できるのか

移転ポリシーが実装されると、議論はさらに一歩進んでいきます。 移転制度を認めるとしても、 「どこまで市場に委ねるべきなのか」という問題が上がりました。

APNICでは、 従来からアドレスの割り振りに際して「アドレスの必要性」=利用計画の提出を求めてきました。 では、移転でも同じ考え方を維持するべきなのでしょうか。 もしこれを求めなければ、 市場原理だけでアドレスが流通することになります。 一方、厳格な必要性審査を維持すれば、流動性が落ち、 実際に必要としている組織へアドレスが移りにくくなる可能性がでてきます。 ポリシーSIGでは、このバランスを巡る議論が行われました。 例えばprop-104では、 移転時に審査する需要を「今後24ヶ月以内」と明文化し、 運用基準を整理しています。

また、最後の/8で分配された103/8アドレスについては、 割り振り後すぐに移転されてしまうと、 「誰もが最低限のIPv4を確保する」という最後の/8の理念が損なわれるとの懸念が生じました。 これに対し、prop-106では2年間の移転禁止やデポジット制度が提案されたものの、 制度が複雑であることなどからコンセンサスには至りませんでした。 しかし、この問題意識そのものは共有されていました。 その後、prop-116が実装され、 現在では103/8から割り当てられたIPv4アドレスは、 5年間移転できない仕組みとなっています。

08 ポリシーSIGが守ろうとしたもの

移転制度に関するポリシー提案を眺めると、 「市場を認めるか否か」という議論が続いていたようにも見えます。 しかし、提案全体を通して読むと、 ポリシーSIGがめざしていたものは少し違って見えてきます。 市場取引そのものを推進したかったわけでも、 否定したかったわけでもありません。 ポリシーSIGが一貫して議論してきたのは、 「流動性」と「公平性」をどう両立させるかにあります。 アドレスを必要とする組織へ円滑に移転できることは重要です。 一方で、投機的な取得や、 最後の/8の理念を損なうような利用は避けなければいけません。 そのため、IPv4アドレス移転は市場を自由化する制度ではなく、 「コミュニティが市場をどのようなルールで管理するか」を定める制度として発展してきたと言えます。

09 「返却」が新しい供給に

移転ポリシーの整備によって、 IPv4アドレスは必要とする組織へ移転できるようになりました。 かといって、IPv4アドレスの総量が増えるわけではありません。 市場によって利用者が変わっても、 世界全体で利用できるアドレス数は変化しません。 そこでポリシーSIGが次に向き合ったのは、 「返却されたIPv4アドレスをどう再利用するか」という課題でした。 IPv4在庫が豊富だった時代には、 返却されるアドレスはイレギュラーな存在でした。 しかし在庫が枯渇すると状況は一変します。 契約終了や事業統合、 ネットワーク構成の見直しなどによって返却されるIPv4アドレスは、 もはや単なる回収資源ではなく、 返却アドレスは新しい供給源とみなされるようになっていきました。

返却されたらどう配るのか、この課題を正面から扱ったのが、 prop-105です。 最後の/8ポリシーでは、 103/8から各組織へ一度だけ最大/22を分配する仕組みが定められていました。 一方で、事業者からIPv4アドレスが返却された場合、 それをどのようなルールで再分配するかについては、 まだ十分整理されていませんでした。 そこでprop-105では、 返却されたIPv4アドレスを103/8とは別の「返却プール」として管理し、 最後の/8とは独立して再分配する制度が提案されました。 移転制度に続き、 返却されたアドレスも新たな供給源として扱う議論がここから始まりました。 ポリシーSIGの関心は、新規割り振りから、 移転や返却といった資源のライフサイクル管理へ移り始めていました。

10 制度は運用しながら磨かれていく

返却プールの制度も少しずつ調整が行われています。 最後の/8から分配されたアドレスが返却された場合、 それを返却プールへ入れるべきなのか、 それとも最後の/8プールへ戻すべきなのか。 制度を運用して初めて見えてくる細かな課題が現れ始めました。 こうした点を整理したのがprop-117です。 この提案では、返却されたIPv4アドレスは、 「元のプール」へ戻すことが提案され、実装となりました。 大きな変更には見えないかもしれませんが、 ポリシーSIGが制度を作るだけではなく、 運用を通じて制度を改善していることをよく示しています。

11 「在庫がなくなった後」を考える

さらに議論はその先へ進みます。 返却プールの在庫も、安定して存在するわけではありません。

では、「返却プールがなくなったらどうするのか。」

この問いに答えようとしたのがprop-120でした。 提案では、最後の/8が枯渇した後の待機リストなど、 運用ルールを整理することが試みられました。 しかし、 ポリシーSIGでは「待機リストを増やすことが本当に解決策なのか」「プールを分けたままでよいのか」といった、 より根本的な議論へ発展していきました。 結果として、この提案はコンセンサスとなりませんでした。 しかし、この議論が無意味だったわけではありません。 むしろ、ここで交わされた議論が、 その後の制度見直しにつながっていくこととなります。

12 返却アドレスも「最後の資源」である

その後、ポリシーSIGは、 返却プールという考え方そのものを見直していくこととなります。 返却アドレスも最後の/8と同様に扱い、 限られたIPv4資源として一体的に管理した方が分かりやすいのではないか。 この考え方は2019年のprop-129で制度化され、 返却プールは廃止されて、 返却アドレスは最後の/8プールへ統合されました。

この時点で、議論されているのは、

  • どう返却してもらうか。
  • どう保管するか。
  • 誰へ再分配するか。
  • どうすれば公平性を維持できるか。

で、IPv4アドレスを単に「消費する資源」ではなく、 「循環する資源」として管理する方法を考えています。

ここまでくると、ポリシーSIGで議論されている対象は、 もはやIPv4アドレスそのものでだけではありません。 限られたインターネット番号資源を、 長い時間をかけてどのように維持し、循環させていくかという、 資源管理へと関心が移っています。

13 「配る組織」から「管理する組織」へ

返却アドレスを再利用する制度が整備されても、 IPv4アドレスが増えるわけではありません。 移転しても、返却されても、 世界全体で利用できるIPv4アドレスの総量は変わりません。 そのため、ポリシーSIGの議論は次第に、 「どれだけ配るか」ではなく、 「限られた資源をどう管理し続けるか」へと重心を移していきました。 この変化は、ポリシー提案の内容にも表れています。

2010年代後半以降になると、 ポリシーSIGではIPv4アドレスそのものだけではなく、

  • WHOISやRDAPなど登録情報の管理
  • Abuse Contact(不正利用連絡先)の整備
  • RPKIなど認証基盤
  • 登録情報の品質向上

といったテーマが目立つようになりました。

これらは一見、IPv4在庫枯渇とは関係のない話に見えます。 しかしIPv4アドレスが移転され、返却され、 再利用されるようになるほど、

そのアドレスを現在誰が管理しているのか

という情報が、これまで以上に重要になっていきます。

登録情報が古いままであれば、 障害やセキュリティインシデントが発生しても連絡先が分かりません。 権利関係が不明確であれば、移転制度そのものが成立しません。 つまり、アドレスの流通が進むほど、 「レジストリ」の役割は重大になっていくと考えられます。

14 提案から見える15年間の変化

ここまで見てきた提案をあらためて振り返ると、 その関心は大きく四つの段階を経て変化しています。

最初は、
「どうすればIPv4在庫を長く維持できるか」という議論でした。
続いて、
「最後のIPv4をどう公平に配るか」
という最後の/8の議論に続きます。 その後は、「既に配られたIPv4をどう流通させるか」というIPv4アドレス移転へと関心が移りました。 さらに近年では、「返却されたアドレスをどう循環させ、 登録情報をどのように維持するか」という、 資源管理全体へと議論が広がっています。

提案ごとに扱うテーマは異なります。 ここまで紹介してきたポリシー変遷も完全に1本の道になっているわけではなく、 重複し、前後しながら、少しずつ、改善、前進を続けています。 ポリシーは、IPv4在庫枯渇に対応するためだけに、 その都度制度を作り替えてきたのではありません。 「今という現実」に合わせて、 IPアドレス管理の考え方そのものを少しずつアップデートして今の形になっています。

この15年間で変わったのは、IPv4ポリシーだけではありません。 インターネットレジストリという組織に期待される役割も変わっていると考えられます。 IPv4在庫が十分にあった時代、RIRの役割は利用計画を確認し、 適切な規模のアドレスを割り振ること、いわば「分配組織」でした。 しかし現在のRIRは、それだけではありません。 移転の審査、登録情報の維持、RPKIやRDAPなどの運用基盤の提供、 返却アドレスの再利用、そして資源の権利関係の管理など、 多様な役割を担うようになっています。 2026年現在でも、 IPv4アドレスの新規割り振りは最大/23とサイズを小さくしながらも継続しています。 しかし、それはレジストリの業務全体から見れば一部に過ぎません。 現在のレジストリは、「アドレスを配る組織」というよりも、 インターネット番号資源のライフサイクル全体を管理する組織としての性格を強めていると言えるのではないでしょうか。

15 終わりに

2011年のIPv4在庫枯渇は、 しばしばインターネット史における大きな節目として語られます。 しかし、ポリシーSIGの提案を読み返してみると、 重要だったのは「枯渇した」という事実だけではありません。 その後もコミュニティは、 限られた資源をどのように公平に分配するか。 既に利用されている資源をどのように流通させるか。 不要になった資源をどのように再利用するか。 そして、その資源を誰が責任を持って管理するのか。 こうした問いに対して、 一つひとつ提案を積み重ねながら答えを探してきました。 その意味で、 ポリシーSIGは単にIPアドレスのルールを決める場ではありません。 インターネットという共有資源を、 コミュニティの合意に基づいて持続的に管理していくための場になっています。

IPv4在庫枯渇から15年以上が経過した現在でも提案が出され続けているのは、 IPv4問題が終わっていないというだけではありません。 クラウド、モバイル、IoT、AIなど、 インターネットを取り巻く環境が変わり続ける限り、 番号資源の管理もまた変化し続けるからであると考えます。 提案は一見すると制度の細かな修正に見えることも多くあります。 しかし、それらを長い時間軸で眺めると、 ポリシーSIGが一貫してめざしてきたものが見えてくる気がします。

それは、新しいルールを作ることではなく、 限られたインターネット番号資源を、 コミュニティの合意のもとで、持続可能な形で管理していくこと。 この考え方こそが、IPv4在庫枯渇後の15年間を貫く、 APNICポリシーの変わらない理念だったのではないかと思います。

(JPNIC IP事業部 中川香基)

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