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ニュースレターNo.93/2026年9月発行

JPNICトークラウンジ
APNICチーフサイエンティスト Geoff Huston 氏

写真:対談するHuston氏と前村
インターネットはどこから来て、どこへ向かうのか
Geoff Hustonが語る 通信の進化とIPの革命
― 半導体技術の発展と「過剰と希少」の物語 ―

今回は2025年9月APNIC 60(ベトナム・ダナン)会場でAPNICチーフサイエンティストであるGeoff Huston氏にお話をうかがいました。 Huston氏は、 オーストラリアの学術研究ネットワークAARNetの立ち上げに関与し、 APNICでは創設時から2003年まで理事を務めた後APNIC事務局に参加、 現在に至るまでチーフサイエンティストとして活動を続けている、 "グローバル・インターネットの先駆者"の一人です。 2012年にはインターネットの殿堂入りを果たしています。

ご自身のWebサイト(https://www.potaroo.net/)に研究成果や論考を公開しつつ、 APNICの研究プロジェクトを牽引し、 世界各地のインターネットカンファレンスで幅広いテーマについて発表を行っています。 IPv6やDNSを中心としながらも、 卓越した大局観と本質的な指摘により、 常にコミュニティの注目を集めています。

今回のインタビューでは、 インターネット誕生前から現在に至る通信技術の歩みを、 半導体技術の発展とともに振り返ります。 コンピュータの小型化と回路集積技術の進展による交換機能の置き換え、 ムーアの法則がもたらした急速な技術革新、 そしてコンピューティング資源と電気通信資源の「過剰と希少」がネットワークアーキテクチャに与えてきた構造的な変化など、 現在のクラウドやCDNにつながる歴史的背景が立体的に語られています。

インターネットの発展は、電話網の黎明期にさかのぼる

―インターネットの仕組みや、 私たちがどのようにしてここまで到達し、 そしてこれからどこへ向かうのかについて、 お話しいただけますか。

インターネットの発展の道筋は、 電話網の黎明期にまでさかのぼることができます。 電話が登場したことで、人々は手紙や電報を送る代わりに、 相手が同じ部屋にいるかのように直接話せるようになりました。 しかし、初期の電話網は非常に高価でした。 そのため、複数の会話を1本の回線に集約する多重化や、 自動交換機の導入など、 通信のコストを下げるための技術が発達していきました。

その後、通信の世界に大きな変化をもたらしたのがコンピュータです。 トランジスタや集積回路の進歩により、コンピュータは小型化し、 消費電力や発熱も抑えられ、 より多くの人が利用できるようになりました。 アーキテクチャは変わっていないのに、 はるかに安価な電話網を構築できるようになったのです。

このモデルは約30~40年間持続しました。 その間にもコンピュータは進化し、 1970年代後半にはパーソナルコンピュータが登場します。 企業は1台の大型コンピュータだけでなく、 何千台ものコンピュータを持つようになりました。

そこで出てきたのが、 それらをどうやって通信させるかという課題です。

―電話機は当初、非常に単純な構造で、 スピーカーとマイクが二本のワイヤーで直列接続され、 知能はすべて網側に集中していたのですよね。 その後コンピュータが登場し、小型化して、 手ごろに個人で手に入れられるようになったのは大きな変化ですね。

もう一つ変化があります。 人間はデータを再構成するのがあまり得意ではありません。 人間が言葉を理解するには、 時間と順序が保たれていなければなりません。 しかし、コンピュータなら、 データを小さな単位に分けて番号を付け、 受け取った側で並べ直すことができます。 これはネットワークの歴史上、 最も大きな発想の一つだったと思います。

電話網でこれを実現する時分割交換機は、非常に複雑で高価でした。 しかし、知能を端末側に配置すれば、データが混ざったり、 到着時間がずれたりしても、 ヘッダー情報に基づいて再構成できます。

そして、パケット交換技術です。 データの流れを切り替える代わりに、 末端のコンピュータからパケットを投げるだけです。 ネットワークから状態管理を取り除くことで、 ネットワークを大幅に安価にできる兆しが見えたのです。

当時、ネットワークを必要としている人は電話会社が考えられました。 しかし、すでに電話網を持ち、投資サイクルも長かったため、 新しい技術の採用には時間がかかりました。 一方、コンピュータは毎年のように高性能化し、 同じ価格でより大きな処理能力を得られるようになっていきました。 ムーアの法則ですね。 電話会社が検討している間に、 私たちは別の道を切り開いていったのです。 意識的な決別ではなかったと思いますが、 実際にそれは起こりました。

イーサネットとIPが示した、単純で安価なネットワーク

イーサネットは本当に革命的でした。 「大きなネットワーク」ではなく、 単なるケーブルと、 それに接続された複数のコンピュータだけで成立しているからです。 マスターコントローラーはなく、同期信号がありませんし、 パケットは独立同期でした。 すべてが同じイーサネット・アクセス・プロトコルを実行するのです。

それ以前、コンピュータ同士はポイント・トゥ・ポイントで接続する必要がありました。 しかしイーサネットでは、交換機に求めていた機能の一部を、 端末側に持たせることができました。 すべての端末が正しく動作していれば、大がかりな交換機や、 多くの機能を持つネットワークは必要ありません。 最小限の機能を持つネットワークで良いのです。 IPモデルも、この考え方を受け継いでいます。 パケットの順番が入れ替わったり、一部が失われたりしても、 受け取る側のコンピュータが整理し、再構成します。 ネットワーク側ではなく端末側で処理することで、 ネットワークを安く、速くできました。

アメリカでも連邦政府プログラムの一環として、 国立科学財団ネットワーク (NSFnet)が立ち上がり、 他国にも接続が開かれました。 また、IETF (Internet Engineering Task Force)やRFC (Request For Comments)のように、誰でも参加でき、 仕様を自由に利用できるオープンな技術プロセスも、 IPの普及を後押ししました。 それがインターネットの発展につながりました。 IPの勝利は、ほぼ偶然で、 ムーアの法則とうまくかみ合った結果だったと言えます。 ネットワークをできるだけ安価に保ち、 コストを端末側のコンピュータに寄せる。 そのモデルが、 より高性能になっていくコンピュータとともに機能したのです。

そして、通信業界ではなく、 学術界で働いていた私のような非専門家が全国規模のネットワークを構築できるようになりました。 通信工学の知識ではなく、 コンピューティングの知識に基づいています。

―それは、AARNetに関わるようになったときの話ですか。

そうですね。私がネットワークに関わるようになったのは、 コンピューティングの側からでした。 コンピュータは、より速く、より安くなっていきました。 デスクトップからノートパソコン、 さらにスマートフォンへと進化し、 膨大なコンピューティング能力がポケットの中で動くようになったのです。 毎年、驚くべき出来事が起きます。 そのような業界で働きたいと思わない人がいるでしょうか。

この変化の根底にあるのが、シリコン技術の進歩です。 これは、コンピュータだけでなく、 通信システムにも大きな影響を与えてきました。 たとえば、光ファイバーシステムでも、 膨大なデータを伝送するには高度なデジタル信号処理が必要です。 チップが高性能になればなるほど、光ファイバーを通る信号から、 より多くの情報を取り出すことができます。 この業界は、何度も自らを作り変えながら発展してきました。 そこが非常に魅力的なところです。

豊かさが変えた、コンテンツ配信の考え方

―コンピューティングの力は増してきた一方で、 光の速度には限界があります。 その点はどう見ればよいのでしょうか。

コンピューティングは、もはや不足しているものではなく、 豊富にあるものになりました。 ストレージも安価になり、通信容量も飛躍的に増えています。 ケーブルのコストは大きく変わらない一方で、 世界中のシステムが伝送できる容量は大きくなりました。

―つまり、光の速度の限界は変わらないけど、 多重化が進化するのですね。

そうですね。 かつてマイクロソフトがWindows 95のパッケージを売っていたとき、 遠くのサーバにあるそれを、 利用者がネットワークを通じて取りに行く形が一般的でした。 しかし現在では、 あらかじめ利用者の近くにコンテンツのコピーを置いておく方が、 安く、速い場合が多くなっています。 YouTubeやNetflixのような動画配信は、その典型です。 多くの場合、 利用者の近くにあるデータセンターにコンテンツのコピーが保存されています。 「念のため」モデルとでも言いましょうか。 あなた方がこのビデオを見るかどうかは分かりませんが、 念のためすでにここに置いてあります。 どうぞご自由に、というモデルです。 世界中にパケットを運ぶよりも、 自分がいる場所で事前にロードしておく方が安上がりですよね?

その結果、ネットワークは再び短くなっています。 コンテンツ配信ネットワークは、 公共インフラとしてではなく、 実際には民間のインフラとして、 長距離の負荷を引き受けています。 通信において距離はコストであり、問題の要因でもあります。 ネットワークを短くすれば、速く、安く、簡単になります。 だからこそ、利用者の近くにコンテンツやサービスを置き、 ローカルハブから職場や家庭までのラストマイルに特化することが合理的なのです。

ルーティングの重要性は変わっていくのか

では、ルーティングは重要でしょうか。 そうでもないかもしれません。 なぜなら、ラストマイルにはなにもなく、 長距離ネットワークの多くはプライベートになっているからです。 私たちが重要だと思っていたインターネットの部分は、 もしかすると、以前ほど重要ではなくなっているのかもしれません。 これから世界には、 数兆ものシリコンデバイスが存在するようになるでしょう。 その一つ一つに、 グローバルに一意の番号を付ける必要があるのでしょうか。 答えは、ノーです。

衝突が問題になる近隣の範囲で一意に識別できれば十分な場合もあります。 一方、セキュリティシステムやサービス基盤、 コンテンツ配信ネットワークは名前をベースに動いています。 IPv4かIPv6かという議論以上に、 DNSや名前が重要になる可能性があります。

IPアドレスの役割はどう変わるのか

―IPアドレスに関してはどうお考えですか。 私たちは今APNICカンファレンスにいます。 APNICはアドレスを扱っています。 IPアドレスはどうなっていくのでしょうか。

1980年代初頭にパケット交換網が使っていたモデルは、 電話のパラダイムに基づいていました。 電話番号のように、アドレスが重要だと考えられていたのです。 グローバルなネットワークを構築するにあたり、 グローバルに一意なアドレスが必要だと考えました。 それは当時としては自然で、妥当な結論でした。

しかし、ネットワークは大きく、 安くなる方向へ変化し続けています。 極めて多くのデバイスが接続しているインターネットにおいて、 アドレスはグローバルにはそれほど重要ではないと私は考えています。

衝突を避ける必要がある場面では一意性が重要ですが、 常にグローバルに一意である必要はありません。 アドレスは、 小さな領域の中で区別する役割を果たせれば良い場合もあります。

一方、グローバルに一意であることが重要なのは「名前」です。 名前は、セキュリティやサービス環境の基盤となっています。

インターネットの未来を左右するシリコンチップ

―インターネットの世界の将来に関してはどうご覧になりますか。

ムーアの法則の終わりを主張する人は多くいますし、 私もそう考えています。 チップが小さくなればなるほど、電子の振る舞いも難しくなり、 これまで通りの進化は限界を迎えつつあるからです。 しかし、シリコンチップメーカーはまだ諦めていません。 平面的により小さくしていくだけでなく、 3次元的にシリコンの城を築き始め、 新しい処理方法を編み出しました。 もしそれがうまくいけば、 ムーアの法則とシリコンの継続的な進化には新しい可能性が開かれるでしょう。

一方、このような多層構造を実現できなければ、 シリコンチップはこれ以上速く、 良くならないかもしれません。 だからこそ、さらなる高速化に向けた基礎的な取り組みに、 私は強い関心を持っています。 シリコンの成長を維持できれば、 現在のモデルをさらに力強く推進できます。 チップメーカーはいま、 その課題に取り組んでいます。 頑張ってもらいましょう。

―どうもありがとうございました。 とても良いお話でした。 いつも通りの深い洞察とあなたの叡智は私たちコミュニティメンバー全員が享受しています。


JPNIC トークラウンジはYouTubeチャンネルでも公開しています。 JPNIC事務局の前村昌紀が、インターネットとその未来について、 第一人者にお話をうかがう対談シリーズです。 あわせてご覧ください。

https://youtu.be/JIpuJ9Wks28

※本記事は、 JPNIC YouTubeチャンネルで公開している動画をもとに、 発言の趣旨を損なわない範囲で再構成・編集しています。 動画本編もあわせてご覧ください。

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